第29話

次の月曜日、ハルの友達が勤めてるホテルに行き、結婚式の衣装合わせをした。

 ハルと選んで、何着かウエディングドレスを試着すると、ハルは、着替える度に写真を撮って、どれも、いいねとカメラマンのようだった。

 ハルは、白いタキシードに決め、ハルの撮った写真を見ながら、ドレスとティアラも決めて、式の後の食事の内容も決めた。

 ホテルをあとにすると、私の免許証や銀行口座の名前の変更をしに行った。

「いろいろ変える物あるね。少し休もう」

 とハルは言って、久しぶりにエルフに行く事にした。

 エルフに入ると、ともみちゃんがいて、

「いらっしゃいませ。ご無沙汰ですね」

 と言って、私達は、カウンターに座った。

「マスターは?」

 ハルが店内を見渡すと、カウンターの奥から、マスターが、顔を出した。

「ハルとゆりちゃんか、久しぶりだな」

「マスター、俺達入籍した」

 マスターは、少し驚いた顔をして、

「そっか、おめでとう」

 と言ってくれた。ともみちゃんにも、

「わあ、おめでとうございます」

 と言われ、拍手された。

「式とかは?」

 マスターに聞かれるとハルが、

「来月の28日に、結婚式だけ。お互いの両親だけ呼んでする。今日衣装合わせしてきた」

 私達は、カフェオレを頼んで、ハルが、

「なんかやる事いっぱいで、ここに休憩に来た」

 と言うと、マスターが、

「久しぶりに来たかと思ったら、惚気か」

 と笑いながら、カフェオレを出してくれた。

「マスター、佐藤さんとは、どうなんですか?」

 と私が聞くと、マスターは、

「今夜、食事に行くよ」

 と言って、少し微笑んだ。ハルが、

「マスター良かったね」

 と言い、私も、

「良かった。職場で聞きづらくて」

 と言うと、マスターは、

「まだ、付き合ってない」

 と言った。私達は、え?と言って、ハルが、

「なんで?」

 と聞いた。マスターは、

「相談相手みたいな感じだよ」

 と言った。ハルが、

「いやいや、クリスマス一緒だったじゃん。告らなかったの?」

 と言うと、マスターは、

「あれは、ゆりちゃんのお見舞いだったから…」

 と言って言葉を濁した。ハルが、

「今日告りなよ」

 とマスターに強めに言った。するとマスターは、頷くだけだった。

 カフェオレを飲み終わり、帰ろうとすると、ハルが、

「マスター、絶対告って、付き合いなよ」

 と念を押すように言ったが、マスターは、頷くだけだった。

 帰り道、ハルは、

「マスターが、あんなに男らしくないと思わなかった、もう1ヶ月くらい経ってるのに」

 と言っていたので、私が、

「でも私、なんとなく分かる、臆病になってるんだよ」

 と言ってハルの気持ちを宥めた。その後も、ハルは、部屋につくまで、ぶつぶつ言って歩いていた。

 夕食後、ハルが、マスターにLINEでちゃんと告ったか、メッセージを送っていたようだったが、未読スルーされているようで、

「ゆりも、マスターにLINEしてみて」

 と少し、イラついた感じで言った。私が、

「そんな、夫婦で、責めたらキツくない?」

 と言うと、

「そっか、一緒にいるから、俺が言ってるって、わかっちゃうか」

「うん、そういう風に思っちゃうと思う」

 私が言うと、納得したようで、

「そっとしとくか」

 と言って、食器を片付けていた。

 二人で、ベッドに潜る前に、ハルがスマホで、マスターから、返事が来てないか見ていたが、まだ未読のようだった。

「マスターは、付き合ってないと思ってるけど、佐藤さんは、どう思ってるのかな?」

 私が呟くと、ハルが、

「それ、一番心配」

 と言ったので、私が、

「大人だから、いいのかな?」

 と言うと、ハルは、

「イヤ、ダメでしょう、そこは、はっきりしておかないと」

 と、スマホを見ながら、

「あ、既読になった」

 と、言った。私も、ハルのスマホを覗くと、メッセージが来た。

"付き合ってると思ってたって、言われた"

 私の不安が当たっていた。続けて、

"これからもよろしくって、言ってくれた"

「良かった」

 私が言うと、ハルが、ホッとした顔で、

"良かった"

 と、メッセージを送った。すると、

"変な心配させて、ごめん"

 と、マスターから、メッセージが来たので、

"また、4人で映画行こう"

 と、ハルが返信して、眠りについた。

 2月になり、寒さが厳しくなってきた最初の月曜日、私は厚着をして、病院に向かった。病院で『近藤ゆりさん』と呼ばれ、少し違和感もあったけれど、結婚した事を実感していた。

 診察が終わり、家に着くと、寒くてベッドに潜り温まっていたが、いつの間にか眠ってしまっていた。

 部屋の照明を付けず、カーテンも開けたままだったので、帰ってきたハルに、

「具合悪いの?」

 と、聞かれ、目を覚ました。

「ううん、寒くてあったまってたら、寝ちゃってた」

 と答えると、ハルが、ストーブのスイッチを入れながら、

「ストーブ付けたら良かったのに」

 と言われた。私が起き上がると、

「ゆり、今少し話していい?」

 と、ハルが言ったので、頷くと、

「もう、引っ越して、子ども作らない?」

 と言われた。私が、

「私も少し考えてた。この部屋じゃ、狭いもんね」

「来月、病院行く時、俺も一緒に行くから、先生に相談しよう」

「うん、わかった。そうしよう」

 私が頷くと、ハルが私の頭を撫でた。

 その夜、珍しく夢を見た。ハルと眠るようになってから、殆んど夢を見ていない気がした。見ていても、覚えていないだけかもしれないけれど。それくらい、毎日よく眠れていた。

 私は、知らない部屋のベッドで、一人で眠っている。客観的な夢だった。しかし、その私は、どんどんベッドに吸い込まれるように、沈んで行く。私は、それに気付いていなくて、ただ眠っている。寝返りをうっても、まだ沈んでいる。これは夢とわかっているのに、怖くて眠っている自分に声をかけられない。早く気付いて!と思った瞬間、ベッドの私は、ベッドの中に落ちて、見えなくなってしまった。まっさらなベッドを見つめ、なんて夢なんだろうと思いながら、目を覚ました。時計を見ると2時だった。隣でハルは、静かに眠っている。

 のどが渇いて痛かった。ハルを起こさないように、ベッドから出て、冷蔵庫から炭酸水を出して飲んだ。炭酸がのどを刺激した。

 こんな私が、子どもを産めるのだろうかと、急に不安になった。考えだすと、ネガティブな思考しか、出てこなかった。

 あの流産した夜を思い出していた。怖くなって、泣いていた。ベッドで眠るハルに、

「ハル、怖いよ」

 と話しかけた。ハルは起きない。

 鼓動が、激しくなっていた。私は、ベッドの横で踞ると、涙が止まるまで、泣こうと思っていた。

 最近は、いろいろ慌ただしかった。きっと、疲れがたまって、あんな夢を見たんだ。もう、しゃっくりのようになるくらい泣いていた。

「ゆり?」

 ハルが、ベッドに私がいない事に気付いて、起きたけれど、私のしゃっくりは、止まらなかった。

「ゆり?どうした?」

 ハルが、ベッドから出て、私の背中を撫でた。私は、しゃっくりが止まるように、ゆっくり呼吸をしてみる。ハルが、

「大丈夫、俺がついてる」

 と、私の肩を抱きしめ言った。私は、頷き、深い呼吸を繰り返した。

「大丈夫、大丈夫」

 ハルが、私の頭を撫でる。

「ハル」

 私はやっと、声が出せるようになった。

「私、こんな感じになっても、ハルはずっと側にいてくれるの?」

 私が聞くと、

「言ったよね、俺がいれば、大丈夫だって。ゆりから、離れないよ」

 そう言うと、私の頬を撫で、

「さあ、ベッドで寝よう。また瞼腫れちゃうよ」

 と言った。私が頷くと、ベッドに潜り、ハルは私を抱きしめた。

 私は、目を閉じ、眠れますようにと、自分に言い聞かせて眠りについた。

 6時のアラームで目覚めると、ハルが私を見ていた。

「おはよう」

「おはよう。ハル珍しく起きてる」

「さっき目覚めて、ゆりの顔、観察してた」

 私は顔を両手で覆い、

「観察しなくていいよ」

 と言った。

「ゆり?」

「何?」

「ゆりの事、絶対幸せにするから。昨日みたいになっても、絶対離れないから」

「ありがとう。私も離れないよ」

 私はまた、泣きそうだった。ハルが両手で私の顔を包んで、

「泣いてもいいよ?」

 と、言った。

「ううん、もう起きる」

 と、言って、洗面台に向かった。

 いよいよ、結婚式の行われる前日の土曜日になった。私の両親は、土曜から、式をするホテルに泊まる事になっていた。

 私は、仕事終わりに電話で、父から、チェックインした事を聞き、安堵していた。

「明日は、よろしくお願いします」

 と言うと、父が、

「お母さんも、楽しみにしてるぞ」

 と言った。

「じゃあ、明日の11時に。お母さんにもよろしく言っておいてください」

 と言い電話を切った。

 日曜日、ハルと9時にホテルに着いた。私とハルは、着替えて、写真を撮ってもらい、式の進行を聞いて、二人で、リハーサルをした。

 ハルのご両親が、ホテルに着いて、私の両親と挨拶を交わした。両方のお母さん共に和装で、お父さん達はタキシードだった。

 11時になり、私と私の父が、チャペルのドアの前に、立った。

 ドアが開かれると、祭壇の前で、微笑むハルの笑顔が見え、私と父は、祭壇へ続く通路に向かって一歩足を踏み出した。


おわり

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インソムニアムーン 須藤美保 @ayoua_0730

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