第18話
目が覚めると2時だった。
「ゆり、起きた?」
「うん、いつの間にか寝てた」
「露天風呂付いてる良さそうな温泉見付けた!」 「探してたんだ」
「うん、こんなとこ」
スマホの画面を見せてくれた。
「綺麗なとこだね」
「結構新しいみたいだよ」
「初旅行だね」
「俺、きっとゆりとは、一緒に暮らせると思うな」
「何?急に」
「だって、こんだけ一緒に居ても、居心地がいい」
「ハルが、気を遣ってくれてるからだよ」
「そうかな?昼食べよ」
二人で、ハルが作ってくれたうどんを食べた。
「ホントハル、何でも作れるね、美味しいし」
「味覚が合うっていうのも、大事だよね」
とハルが言った。
熱を測るとまだ、37.8℃だった。
「ハルも測ってみて?」
「ん?」
ハルは、36℃だった。
「ほら、大丈夫でしょ?」
「うん、良かった」
私は、ホッとした。
するとハルが私にキスをした。そして、
「ゆりにキスすると、目の下が赤くなるんだ」
と言った。
「そうなの?」
「うん、可愛い」
「知らなかった」
そんな事、初めて言われた。
「ハルは、恥ずかしいと耳赤くなるよね。今、赤いよ」
ハルが両耳を触った。
「よく、言われる」
「可愛い」
ハルは、困ったような顔をしていた。
「俺、ゆりの部屋に引っ越して来てもいい?」
と、急に聞いてきた。
「えっ?」
「だってさ、ゆり外、出れないじゃん。俺、いた方が良いでしょ?」
「ありがたいけど、それはやめよう?」
「どうして?」
「だって、うち狭いし…」
「平気だよ」
「ご両親も心配するよ?」
「俺もう、25だよ。親は関係無いよ」
「でも…」
「何か、嫌な事あったら言って」
「何もない」
「もう俺、ゆりがいたら、他に何も要らないくらいなんだ。少しでも一緒に居たい」
私は、涙が溢れていた。
「どうして、泣くの?」
私の頬に落ちた涙を手で拭いながら、ハルが言った。
「ずっと心細かった。一人で、頑張ろうって、思ってたけど」
「頑張らなくても、いいんじゃないかな?人は一人じゃ、生きていけないよ?」
「うん」
「二人で仲良く暮らそうよ!」
ハルの気持ちは、よくわかったけれど、このまま暮らすのには不安の方が大きかった。
「ねぇ、ハル?」
「なに?」
「結婚とか考えてる?」
「ゆりとなら、考える。結婚したいよ」
「思ってるより、結婚って、大変だよ?」
「ゆりは?」
「もう、結婚は…凄く考える」
「辛かった?」
「そんな事ないけど」
「結婚は、いつだっていいよ。俺は、ゆりと暮らしたい」
「じゃあ、私がインフルエンザ治るまでは、一緒に居て」
「もちろん!」
「一緒に暮らすのは、ゆっくり、考えよう」
「うん、わかった」
ハルは、ニコッとして、私を抱き締めた。
「苦しい」
「ごめん」
私は、また泣いていた。
「どうした?」
「ハルが、優しいから」
「普通だよ」
「そうかな?まだ、熱あるから、寝てなよ」
「うん」
私は、ベッドに潜って静かに泣いた。
「ゆり、泣かないで」
ハルは、背中をポンポン優しく叩いた。
「ゆりは、もっと俺に甘えていいんだよ。我慢してるでしょ?それとも、頼りない?」
「そんな事ないよ。ハル、居なかったら私、どうなってたか、わかんない」
「そう?」
「うん」
「少し寝て」
「うん」
私は、眠気は無かったけど、目を閉じた。
ハルは、私の横で米津クンの曲を口ずさんでいた。
ハルは、毎日食事を作ってくれて、お洗濯までしてくれた。
病院に行ってから3日目、私の熱は、平熱に戻っていた。
ハルも熱が出るような事は、無かった。
毎日、抱き合って眠って、一緒にお風呂に入ってのぼせていた。
「もう、熱も無いし、ハルは仕事行って大丈夫だよ」
私がお昼を食べてる時に、言った。
「明日から、行こうかな?」
ハルが言って、私は、頷いた。
「俺の居ない間、ちゃんと食べるんだよ!」
「わかった」
次の日の朝、ハルは仕事に出掛けて行った。
「6時半までには、帰ってくるから」
と言ってキスをした。
「行ってらっしゃい」
と私は、言って手を振った。
私は、少し不安だった。前みたいに、誰かを送り出して、部屋に一人きりになる事に。
薬を飲んで、ベッドに横になった。孤独を感じると胸が苦しくなる。
大丈夫、ハルは、この部屋に帰ってくる、と自分に言い聞かせた。
気付くと3時半だった。
お昼を食べ損ねた。
私は、ホットミルクを飲んで、誤魔化した。
ハルが、買ってきておいてくれた冷蔵庫の食材で、夕食の準備をした。
スマホを見ると、ハルからLINEで、
"昼、ちゃんと食べた?"
と来ていた。
私は、
"大丈夫だよ!今日は夕食作るからね!"
と送った。
すると、マスターから、
"ゆりちゃん、インフルエンザ大丈夫?ハル、店に顔出さないし、実家にも居ないって、親父さんに言われたから"
とメッセージが、きた。
"熱は、下がりました。ハルは、私の家にいて、看病してくれてたけど、今日から仕事行ってます"
と、返信した。
"同棲するの?"
と、マスターから返信がきた。
"いえ、まだそこまでは"
"そっか。でも心細くなくて、良かったね"
"はい"
"じゃあ、お大事に"
"ありがとうございます"
マスターを思い出していた。でも、顔がボンヤリして思い出せなかった。
6時10分に、ハルが帰ってきた。
「ゆり~!ただいま!」
「お帰り、お疲れさま」
なんだか、ハルの顔を見れてホッとした。
「何?何?なんか旨そう」
ハルが、テーブルの上を見て言った。
「冷蔵庫の中の物で作ったよ。さ、食べよ!」
「手、洗ってくる」
ハルが、リュックを下ろしながら言った。
「いただきます」
二人で言って、食事をした。
「旨いよ。ゆり、指切らなかった?」
ハルが、ニコニコしながら言った。
「うん、大丈夫」
私は、両手を出して言った。
食事を終えて、私が、食器を片付けながら、
「マスターから、LINE来てた」
と言った。
「なんて?」
ハルが振り向いて、言った。
「インフルエンザ大丈夫?ってハルも来ないしって。マスター、ハルに会えないの、寂しいんじゃない?」
「おれもマスターに送ろ」
ハルは、スマホを出して、メッセージを送っていた。
「俺が居るから、マスターは、気にしないでって、送っといた」
マスターに嫉妬している雰囲気だった。
ハルは、ずっと一緒にいたけれど、インフルエンザには、かからなかった。
インフルエンザの休みが終わって、久しぶりに職場に出勤した。
皆さんに、お礼を言うと、労ってくれた。
これからも、仕事を頑張ろうと思った。
仕事が終わり、家に帰るとハルが台所で料理をしていた。
「おかえり」
「ただいま」
スマホを充電しようと見ると、眠れない友人ゆづきから、LINEのメッセージが、来ていた。
"ゆり、インフルエンザ大丈夫?"
"大丈夫。今日から働いてる"
と、メッセージを送ると、すぐ返信が来た。
"良かったね"
"ありがとう"
"最近、病気は、どう?"
"調子いいよ!"
"私、入院するかも"
"大丈夫?"
"この前、薬飲みすぎちゃって、救急車に乗っちゃった"
"私でよかったら、話、聞くよ?"
"うん"
"旦那さんは?"
"付いてくれてる"
"それなら、ちょっと安心した"
「ゆり、どうした?」
ハルに聞かれた。私は、スマホの画面を見せて、
「友達、入院するかもって」
「え?」
「私と同じ病気」
「大丈夫?」
「旦那さん、付いてくれてるって」
「そっか」
"入院した方がいいと思う?"
"うん、家の事しなくていいから、負担は、少なくなると思うよ"
"そうだね"
"でも、旦那さんには、あんまり会えなくなっちゃうけど"
と、送って、彼女の旦那さんが、遅く帰ってくる事を思い出した。
"いつも、そんなに、一緒じゃないけどね"
"今は、一緒でしょ?"
"うん、でもわからない"
"わからない?"
"別れるかも"
"そんな"
"二人とも、疲れちゃって"
"ダメだよ!変な風に考えちゃ"
"そうだね"
"旦那さんと、ゆっくり話した方がいいよ"
と、私が送ってから、返信は、来なくなってしまった。
「どうしよう。電話してみようかな?」
「どうしたの?」
「別れるかもって」
「ゆり、心配かもしれないけど、そっとしとくのも、いいかもしれないよ」
「離婚した事ある私がなんか言っても、説得力ないか…」
「会えないの?」
「千葉に住んでるの」
「そっか」
ハルが、後ろから、抱き締めてくれた。
その夜は、友達が気になって寝付けなかった。
何度もLINEを見たが、彼女からの返信はなかった。
明日、また連絡してみようと思った。
「ゆり、寝れないの?」
ハルが私を抱き締めながら、眠そうな顔で、私を見た。
「うん」
「気になるんだね、友達」
「うん」
「ゆりは、優しいね」
ハルが私の頭を撫でた。
「そうかな?」
「俺はそう思うよ」
「ありがとう」
「明日、久しぶりにエルフで、ご飯食べようよ」
「そうだね」
「快気祝い」
「うん」
「ほら、目、閉じて」
とハルが言った。そしてキスをした。
6時のアラームで、目が覚めた。いつの間にか寝ていた。ハルは、魔法使いかと思った。
昼休み、思いきって昨日の友人に電話してみた。
なかなか出ない。もう切ろうとしたとき、男性の声で、もしもしと聞こえた。画面を見ても友人の番号だった。
「ゆづきのご主人ですか」
とわからないが言った。
「そうです」
と返事された。
「はじめまして、仲原と申します。ゆづきは、どうしてますか?」
「今、寝ています。入院しました」
「そうですか…」
「家内がお世話になっているようで、ありがとうございます」
「いえ、とんでもないです」
「最低でも、3ヶ月は入院と言われました」
「そうですか…」
「家内は、あなたの事をよく話してます」
「そうですか…」
「何でもいいので、話し相手になってやってください」
「はい、私で良ければ」
「なるべく、側に居てやろうと思ってます」
「そうですか。安心しました」
「では、また。家内をよろしくお願いします」
「はい。では、失礼します」
と、電話を切った。
落ち着いた感じの人だなと思った。確か、かなり年上の旦那さんと言っていた気がする。
私は、早くハルに逢いたくなった。
仕事が終わる少し前、ハルが職場に迎えに来てくれた。
「彼氏ですか?」
と、年下の先輩の佐藤さんに言われた。
「羨ましい!お友達でも紹介してもらいたいです」
と言われた。
「本気でですか?」
私は言った。
「今私、フリーなんで」
と言った。
「今度、最近私が通ってるカフェに、一緒に行きませんか?」
と聞いてみた。
「へぇ、近くですか?」
「近いですよ。彼と出会った場所です」
「そうなんですね」
「マスター、かっこいいですよ」
「気になります!」
「じゃあ、一緒に仕事あがれる時にでも、行ってみませんか?」
「よろしくお願いします!」
と佐藤さんは、言った。
主任にあがってくださいと言われたので、お先に失礼しますと言って、あがった。
ハルと合流して、エルフに向かった。
「さっき一緒にいたコ、ハルの友達紹介してほしいって言ってた」
「どんなコ?ゆりしか、見てなかった」
とハルは、笑った。
「可愛いコだよ。優しいし。今度エルフに一緒に行こうって約束した」
「ゆりは、エルフの営業?」
「違うけど」
と私が笑うと、
「マスター喜びそう」
とハルが言った。
「そうだね」
とエルフに向かって歩き出した。
エルフに着くと、ともみちゃんもいた。
「ゆりちゃん、元気になった?」
マスターに聞かれた。
「はい、今日から働いてます!」
「そっか。良かったね」
「はい」
と私は、頷いた。
ハルと二人で、奥のテーブル席に付くと、ともみちゃんが、お水を持ってきた。
「ハルさん、全然来ないから、どうしたかと思ってました」
「ちょっとね」
ハルが、言った。
「マスターに聞きました。ゆりさん、インフルエンザだったんですね」
「こんな季節なのにね」
私は、笑った。
「一緒に住んでるんですか?」
ともみちゃんが、聞いてきた。
「まだ」
ハルが、答えた。
「この前、ミカさん来てましたよ、ハルさん、来てないの?って、聞かれました」
とともみちゃんが、ハルに言った。
「そう…元気だった?」
「結婚するって、言ってましたよ」
「そうなんだ」
私には、わからない会話だった。
二人で、オムライスを頼んだ。
「元カノ」
ハルが、言った。
「え?」
「ともみちゃんが言ったコ」
「そっか」
私は、なんて答えるのが正解なのか、わからなかった。
「嫌な気分になった?」
「全然。私だって、元旦那とかいるし」
私は、笑った。
「ゆりは、全部教えてくれたよね」
「元カレについては、言ってないけど…キリないよね」
「うん」
「あ、でもマスター言ってた。ハル目当てで来てるコいたって」
「マジか…マスターおしゃべりだな」
「ハル、モテそうだもん」
「そんな、もてないよ。ゆりは、はっきり言うと、俺なんか相手にしないって、雰囲気だったよ」
「恋愛は、まだと、思ってたからね」
「人、好きになるって、理窟じゃないと思うよ」
「そうだね」
私達は、オムライスを食べながら、そんな事を話していた。
「マスターのオゴリだそうです」
と、ともみちゃんが、アイスクリームを持ってきてくれた。
私達は、マスターにありがとうと手を振った。
私は、なんとなく、マスターが泣いていた事を思い出していた。
「ゆり?どした?」
ハルは、もう私の表情を見抜いているような気がした。
「何でもないよ」
「具合悪いの?これ食べたら帰ろうか?」
「大丈夫だよ、帰ろう」
私達は、アイスクリームを食べてから、席を立って、マスターのいるカウンターのところに行った。
「ごちそうさまでした」
私達が言うと、
「一緒に暮らしてるの?」
マスターに聞かれた。
「まあね」
ハルが、言った。
「嘘です。私が、インフルエンザの時限定です」
と、私が、訂正した。
「でも、これから正式に同棲するから」
ハルは、マスターに言った。
「そっか、お幸せに」
マスターが言った。
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