第25話

今日の仕事は、チケットを販売する機械の補助をする担当だった。券売機の使い方がわからない人がいたら、操作を手伝っていく。発券に手間取っている人が、多かった。

 クリスマスが近いせいか、人気作の公開初日だったせいか、今日も忙しかった。結構足腰に疲れがきていた。

 今日は、18時10分くらいに、仕事をあがる事が出来た。着替えて、ハルにLINEで、

"今、終わった"

 とメッセージを送った。

 ハルがもう来てるかな?と思いながら、ショッピングモールから外に出てみた。少し雪が降りだしていた。

 駅前の道を進んでいくと、横断歩道の手前に、未来堂書店の車が停まっているのを見付けた。

 私が手を振って、近付いて行こうとした時、ハルも気付いて、車の中で手を上げていた。そのままハルは、車を降りてきた。私が小走りに走り出したその時、反対車線から、凄いスピードで、私の方に白い車が向かってきた。

 あ、私きっと、轢かれると一瞬だったが、感じた。怖くはなかった。いつも感じていた、冷静な私がいた。

 次の瞬間、私は、車に跳ねられていた。

 身体のあちこちに、激痛が走った。私の靴が飛んでいくのが見えた。全てがスローモーションのように、見えた。どれくらい、飛ばされていたんだろう?飛ばされていたかもわからない。気付くと私は、雪道に横たわっていた。

 間違いなくハルだろう、何度もゆり!と叫んでいる声が聞こえる。その声も、とてもゆっくりで水の中にいるような、耳が詰まって遠くから聞こえているようだった。

 そして私は、視界が真っ暗になり、何も聞こえなくなった。

 おばあちゃんが、私を起こす。 

「ゆりちゃん、遅刻するよ!」

 両親が共働きだった頃、おばあちゃんが、同居していて、家事をやってくれていた。 

「今、起きるから~」

 と、私は、起きずに寝ていた。 

「ハルくんが、心配してるよ!」

 おばあちゃんに、言われた。

 ハル?なんでおばあちゃんが、知ってるの?と思った。

 おばあちゃんは、私が18歳の時に亡くなっている。ハルを知っているわけがない。  

 あ、また、いつもの遅刻の夢かと思っていた。 

「いつまでも寝てないで、そろそろ起きなさい」

 おばあちゃんが、まだ喋っている。

「分かった、今、起きるから…」

 と言って、私は、目を開けた。

 一瞬、どこに居るのか分からなかった。 頭は固定され、両手足も、固定されている。口にも、機械が付いていた。いろんな機械音がうるさい。

 天井しかみえない、それもなんだか、ぼんやりしている。私の目は、涙が溢れていた。

 瞬きをすると、だんだん白い天井の小さい穴がみえてきた。

 病院だと、分かった。 

「ハ…ル…」

 私は、声が出るのか、分からなかったが、言ってみた。

 すると、頭がボサボサで、目を真っ赤にして、青ざめた顔のハルが、私の左手を握りしめていた。 

「ゆり…」

 ハルが、うつろな目で私の顔を覗きながら呟いた。 

「ゆり!俺分かる?」 

 今度は、ハッキリと聞かれた。

「うん」

 私が言い、左手をぎゅっと握ると、 

「先生呼んでくる!」

 ハルが病室を出て、すぐ医師や看護師さんが、ぞくぞく病室に入ってきた。その中に、私の父と母もいた。

 みんな、茫然と私を見ている。

 医師に、 

「お名前は、言えますか?」

 と聞かれた。 

「仲原ゆりです」

 と、ハッキリ言えた。

 私は、車に跳ねられ、頭を打って、ろっ骨にヒビが入っているらしい。3日間意識が戻らなかったそうだ。そうゆう説明を医師にされた。

 ハルが、 

「両手足の外しても大丈夫ですか?」

 と医師に聞いていた。

 医師は、看護師さんに、外すよう指示をして、手足が自由になった。

 精神科の先生もいた。

 私がいつも通っている病院だと、分かった。

「仲原さん、気分はどうですか?動悸はない?」

 と精神科の先生に、聞かれた。

「はい、大丈夫です」

 と私は答えた。

 ハルの安堵した顔を見て、また涙が溢れた。

 「ゆり、良かった…」

 ハルが、私の涙をふいてくれた。

 顔には、ガーゼがあちこち貼られていた。

 ハルが促すように、私の両親に、声をかけた。 

「ゆり、分かるか?」

 父が私に言った。 

「お父さん。おばあちゃんがね、早く起きなさいって、言ってくれた」 

「そうか…」 

「お母さんも、久しぶりだね」

 母は、泣いていた。 

「近藤くんに、感謝しなさい。ずっと付いていてくれたのよ」

 母が言った。 

「うん」

 私は、言って、 

「眠たいから、もう少し眠るね」

 と、言って目を閉じた。 

「ゆり!」

 母が、慌てたように、言った。 

「あ、今日は、何日?」

 私は、目を開け言った。 

「21日よ」

 母が言った。 

「嘘?…ハル?」

 ハルが身を乗り出した。 

「昨日、お誕生日だったね。1日遅れたけど、おめでとう。ごめんね」

 と言った。 

「ゆり、ありがとう!目を覚ましてくれた事が、一番のプレゼントだよ」

 と、言ってくれた。

 そして私は、目を閉じ再び眠りについた。

 また目を覚ますと、ハルが居てくれた。さっきよりは、良くなったが、まだ顔色が悪い。 

「ハル?」 

「起きた?」 

「ハル、ずっと付いててくれてて嬉しいけど、少し休んで?顔色が悪いよ」 

「いや、ずっと側にいる」

 こういう時のハルは、頑固だった。 

「あのね、お父さんとお母さんに話したい事があるの」 

「俺、邪魔?」 

「そういう事じゃないよ。ハルに少し休んでほしいだけ」

 私は、ハルの顎を触った。薄く髭が生えている。 

「ハルの髭、初めて触ったかも」 

「あ、俺そういえばずっと、風呂入ってない」

 私は、笑って、 

「私、大丈夫だから、家に帰って。ご両親も心配してるよ、絶対」 

「うん、分かった。すぐ戻るから」 

「うん」 

「ゆりのご両親、呼んでくるわ」

 ハルが、ボサボサの頭で、言った。

 暫くすると、 

「じゃあ俺、風呂入ってくるから、すぐ戻るから」

 と言って病室を出た。

 代わりに私の両親が、入ってきた。 

「ごめんね」

 私が二人に言った。 

「ハル、頑固だから、家に帰す理由にして」 「いい青年じゃないか」

 父が言った。 

「うん、私には、もったいないくらい、いい人」 

「事故の時すぐ、電話をくれたよ。ご挨拶が遅れてすみません。結婚を前提にお付き合いさせていただいています、近藤ですって。ゆりの番号からだったから、どうしたかと思った。そしたら、交通事故にあってしまいました、ってね。病院の住所を聞いて、お母さんと飛んできたよ」 

「頭の出血が、酷いって言われて、お母さんもうダメかと思ったのよ」

 母は、泣いていた。 

「雪山とゆりの背負ってたリュックと被っていたニット帽が、クッションになって、頭の出血は酷かったけれど、頭の骨や脳の損傷は、免れたってお医者さんは言ってた。良かったよ」

 父も目が潤んでいるように見えた。 

「近藤くんを見ていたら、ゆりに近より難くてね。どれだけゆりを大切にしているか、よく分かったよ」 

「こんな形で、会わせるつもりなかったよ。ちゃんと年明けには、二人で会いに行こうって、話してたの」 

「ゆりが、そういう事を蔑ろにしないの、わかってるわよ」 

「うん」 

「青木くんの時だって…」 

「お母さん、その話は止めよう。近藤くんが、居るんだから」

 父が母の言葉を遮った。私は、 

「ハル、青木さんの事知ってる」

と言った。私の両親は、不思議な顔をしていた。

「偶然なんだけど、ハルのお店の担当だったの。仙台に転勤するって言ってた」

「話したのか?」

 父に聞かれたので、

「うん。ハルと3人で話した」

「そうだったのか」

 父は言うと、私は、

「まだ、早いかもしれないけど、本気でハルとこれからずっと一緒に居たいって思ってるから。子どももね、欲しいんだ」 

「そうか。お父さんもお母さんも応援するからな」

父は言った。 

「まず、身体を治してからね」

と母が言った。 

「はい」

 私は、笑って言った。

 父と母は、安心したようで、次の日ハルに、

「近藤くん、ゆりを頼みます」

と父が言い二人で頭を下げて、札幌に帰っていった。

 職場への連絡も、ハルがしていてくれていた。

 もっとも、職場の敷地内での事故だったので、話はすぐ、伝わったらしい。

 私を轢いたのは、70歳の男性で、アクセルとブレーキを踏み間違えてしまったという事だった。

 入院は、1ヶ月程だった。

 ハルは、毎日お見舞いに来てくれた。

 クリスマスイヴには、ハルがマスターと佐藤さんを連れてお見舞いに来てくれた。

 マスターと佐藤さんは、クリスマスを一緒に過ごす約束をしたと言っていた。そして、病室で4人でケーキを食べた。

 お正月は、2日に1日だけ外出許可が出て、ハルと初詣に行った。

 まず私の部屋に寄って、遅れたけれど、ハルへの誕生日プレゼントを渡すことが出来た。

 思いの外ハルは、喜んでくれて、プレゼントのマフラーをして、一緒に神社に行った。おみくじを引くと二人とも大吉で、私は、ハルとずっといつまでも一緒にいられるように、神様に祈った。

 あまりにも元気だった私は、再検査しても、幸いどこにも異常はなかった。

 でも、ハルが居てくれなかったら、私は、どうなっていただろう?

 いつも、ハルに助けられてる。

 退院が、あさってに決まった日、ハルに手紙を書こうと思いついた。

 病院の売店に、レターセットがあったので、買った。

 何から書き出そうか迷った。

 『Dearハル

 ハルに、手紙を書くのは、初めてですね。 いつも側で見守って居てくれてありがとうございます。

 その感謝を、形に残したくて手紙を書いています。

 始まりは、突然で、私は、ハルを愛するようになるか、愛するようになっていいのか、不安だらけでした。

 でも、そんな心配は、すぐに消えてしまう程、ハルからの愛を深く感じ、私もハルを愛しく、大切に思うようになっていきました。

 今まで、自分は世の中には、必要のない存在のような気がしていました。

 けれど、私がいないと生きていけないって、思われるほど、誰かに必要とされたいとも思っていました。

 この街に来た事、あの日エルフに立ち寄った事は、ハルに出逢うための、必然の事だったのだと思っています。

 私は、一度男性を愛する事が、理解出来なくて、失敗したんだと思います。だから、臆病になっていました。でも、今は、堂々とハルだけを愛していると、誰にでも言えます。全てハルからの愛の力です。

 これからも、ずっと、側で私を愛してください。私は、その愛を大切にして、ハルだけを愛し続けます。

 ひとつ例外がありました。

 それは、私達の子どもです。

 もしかしたら、ハル以上に愛してしまうかも知れません。

 ハルのことだから、もしかしたら私が嫉妬するくらい、愛情を注ぐかも知れないですね。

 二人の愛の証に、早く会いたいです。

 これからも、ずっと、一生、一緒に居てください。

Fromゆり』

 その日、お見舞いに来てくれたハルが帰るときに、「ラブレター」と言って、その手紙を渡した。ハルは、少し照れ臭そうに、受け取ってくれた。

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