第14話

7時に、朝の支度を始めて、出勤した。今日は、9時から5時までだった。

 仕事を終えて、帰り道エルフの看板は出ていなかった。未来堂書店は、開いていて、近藤くんが、ちゃんと働いているか、見に行った。

 書籍と文房具が置いてある、昔ながらの本屋さんという感じだった。雑誌をチラッと見て、近藤くんが、居なかったので、店を出ようとしたら、エプロン姿の近藤くんが、入ってきた。 

「ゆりさん!」 

「こんばんは!」 

「ちょっと、配達に行ってました、仕事帰りですか?」 

「うん、近藤くんが、ちゃんと働いているか、見にきたの」

 私は、笑って言った。 

「働いてますよ!もうすぐ、閉店ですけど」 「そうなんだ」 

「エルフ、暫く休むみたいです」 

「え?今は、看板出てなかったけど」

 近藤くんが、手招きをして、レジカウンターの陰に私を連れていった。 

「父です」

 と近藤くんは、カウンターにいるお父さんを紹介してくれた。 

「こんばんは、仲原です」

 とだけ、言った。事務所のようなところに案内されて、椅子に座った。 

「マスターの元奥さん、亡くなったって、電話きました」

 近藤くんは、小さな声で言った。 

「それで、お休みしてるんだ」 

「マスター、結構ショックだったみたいで…」

 昨日、二人であった事は、言えなかった。 「そうなんだ」 

「いつから、店開けるか決めてないみたいでした」 

「そんなに?」 

「詳しくは知らないけど、入院してたみたいです」 

「そうだったんだ」

 近藤くんは、沈黙した。 

「ゆりさんは、大丈夫ですか?」

 おそるおそる聞く感じだった。 

「もし、旦那さんだった人が死んじゃったら?」 

「もう、全く連絡とってないから…」 

「そうなんだ」 

「うん。会わないように、この街に引っ越してきたの」 

「そうだったんだ」 

「だから、わからないままじゃないかな?でも、知ったら悲しいと思う」 

「マスター、大丈夫かな?」 

「うん」 

「あ、ちょっと待っててください」

 と近藤くんは、事務所を出た。閉店の準備をしているようだった。 

「ゆりさん、送りますよ」 

「いいよ」 

「遠慮しないで」

 と、店先に私を連れていくと、シャッターを閉めながら言った。 

「ゆりさん」 

「ん?」 

「ゆりさんは、大丈夫ですよね」 

「え?」 

「俺の前から、急に居なくなったりしないでくださいね」 

「うん」

 近藤くんは、マスターの元奥さんの病気の事を知っているようだった。 

「引っ越しちゃうとか」

 近藤くんは、誤魔化すように言った。

 私の家に着いて、 

「送ってくれて、ありがとう」

 と言うと、近藤くんが、名残惜しそうな顔で、手を振った。私も、手を振った。

 部屋に入り、冷蔵庫の有り合わせの食材で、簡単な食事を作り食べた。明日は、休みだ。何も予定は、なかったので、部屋の大掃除でもしようと思っていた。

 coldrainのLIVEDVDを観ながら、ベッドに潜った。マスターは、大丈夫だろうか?暫く休むって、どれくらいだろうと思っていた。 近藤くんから、LINEが来た。 時計を見ると9時だった。 

 "ゆりさん、何してます?"

 "coldrainのLIVE観てた"

 "そうですか、俺も観たいな"

 "あ、さっき貸せば良かったね"

 "いやいや、一緒に観たいな"

 "今度ね"

 "絶対ですよ"

 "うん、わかった"

 "うちでもいいですよ!"

 "近藤くんて、お父さん似だね!"

 "あんまり、言われた事無いな"

 "そう?すぐわかったよ"

 "ゆりさん、また、ファミレスでゆっくり話したいな"

 "これから?"

 "はい"

 "もう、着替えちゃったし、布団に潜ってるし"

 "そっか…"

 "うん"

 "ホントは俺、ゆりさんの部屋のところに来てます"

 "え?"

 窓の外を見ると、近藤くんが、車の中から手を振っていた。これじゃあ、追い返す事も出来ない。そして、電話が鳴った。近藤くんからだった。 

「すいません、会いたくなっちゃって」 

「ズルいよ」

 私は、言った。 

「ダメですか?」 

「わかった、今着替えるから、ちょっと待ってて」

 と電話を切った。私は、急いで着替えて、階段を下りた。近藤くんは、車から出て、待っていた。 

「強引なんだから」

 私は、ちょっとキレ気味に言った。 

「店、来てくれたじゃないですか?だから余計に、会いたくなっちゃって」

 と、私を助手席に乗せた。 

「今日は、ファミレスじゃなくて、お洒落なカフェ行きましょう!」 

「えー、ファミレスでいいよ。ちょー普段着だし、ちょっとボサボサだし」

 と、髪を触りながら言った。 

「いいからいいから」

 私は、頷いた。coldrainが、かかっていた。 

「眺めがいいんですよ!」 

「結構遠く?正直言うと、不安なんだけど」 「もうすく、着きます」

 どんどん、家から、離れて行った。ポツンと灯りが付いていて、ロッジのような建物があった。 

「ここです」 

「うわぁ、街が、見下ろせるんだ」 

「ね、いいでしょ?」

 と近藤くんが、言った。 

「キレイだね」

 ちょっと不安がなくなった。

 店内に入ると、窓が大きくて、夜景がよく見える席に、案内された。カウンターのようになってて、二人で並んで座った。 

「これを見せたかったんです」 

「ロマンチックだね」

 近藤くんは、コーヒー、私は、ミルクティを頼んだ。 

「ゆりさん、明日休みですよね?」 

「うん」 

「ちょっと夜更かししても大丈夫ですか?」 「ここ、何時まで?」 

「12時です」 

「シンデレラみたいだね」 

「そうです」

 飲み物が、運ばれてくるまで、二人で無言で夜景を見ていた。 

「俺、ゆりさんが隣に居てくれるだけで、幸せです」 

「そう?」 

「ゆりさん、睫毛長いですよね」 

「近藤くんも、長いよ」

 私は、笑った。近藤くんは、ニコっとするだけだった。 

「ゆりさん、俺の彼女になってください」と、リボンのついた小さな箱を出した。 

「え?」

 近藤くんは、私の右手に箱を持たせた。 

「開けてください」

 言われた通り、リボンを外して、箱を開けると、キラキラした可愛い三日月の形のペンダントが入っていた。 

「え、貰えないよ」 

「二人が出会えた記念です」 

「ゆっくりでいいって、言ってたじゃない」 「ゆっくりでいいです、俺の気持ちです」

 と言って、ペンダントをつけてくれた。 

「やっぱり、似合う」

 私は、正直困った。 

「貰えないよ…」

 私は、泣きそうだった。鼻がツンとした。 「でも今、彼女になってもらわないと、俺、心配で、眠れません」 

「心配?」 

「はい、他の誰かに、ゆりさんの事好きになられたら困るから」 

「大丈夫だよ」 

「お願いします、俺と付き合ってください!」 

「今のままで、いいの?」 

「今のゆりさんが好きです」 

「困らせると思うよ」

 私は、慎重だったと思う。 

「一緒にいたら、大丈夫。俺がずっと側に居ますから」

 近藤くんの顔は、真剣だった。 

「近藤くん?」 

「はい」 

「私、初めて話すけど、ちゃんと聞いてくれる?」 

「はい、何でも」

 そして、私は、元夫との出逢いから別れまでを、全て話した。近藤くんは、黙って聞いていた。私は、泣いていた。 

「近藤くんの前から、居なくなろうとするかもしれないよ、それでもいい?」

 と聞いた。 

「そんな、寂しい思いはさせません。大丈夫」

 と、近藤くんは、また、ハンカチを渡してくれて言った。暫く夜景を見ていた。 

「わかった、近藤くんの彼女にしてください」

 と、私は、言った。 

「本当に?」

 私は、頷いた。 

「やった!」

 近藤くんは、私の右手をぎゅっと握って言った。本当に嬉しそうだった。 

「幸せにしてね」

 と言った。暫くすると、お店の人がラストオーダーですと言いに来た。 

「じゃ、帰りますか?」 

「もう、敬語はいいんじゃない?」

 と、私は、言った。 

「そうだね、帰ろう、ゆりさん」 

「ゆりで、いいよ」 

「じゃあ、ゆりさんもハルって、呼んで」 

「うん、わかった」

 お店を出ると、少し肌寒かった。月が綺麗だった。ハルは、私を助手席に乗せエンジンをかけると、私に付けたペンダントを触りながらキスをした。

 ちょうどcoldrainの8AMが、かかっていた。私は、ハルの宝物になった気がした。

 私の部屋に着くと、ハルが、 

「明日は、何するの?」

 と聞いてきた。 

「大掃除」

 と私は、言った。 

「そっか、じゃあ夜、一緒に食べよう、俺が作るから」 

「うん、わかった、楽しみにしてるよ」

 と言った。 

「じゃあ、おやすみ、ハル」 と言って車を降りようとした時、右手を捕まれて、 

「ゆり、愛してるよ」

 と、キスをされた。

 車を降りると、手を振った。 

「早く部屋に入って!」

 と、ハルは、私が部屋に入るまで、車を出さなかった。ハルとの恋愛が、始まった。

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