第15話優しい婆ちゃん。
「ちょっと降りや。ポテトチップスあるよ。」
良夫は毛布を頭からかぶって応じなかった。芙美子は毛布から出ている良夫の足をなでながら言った。
「しんどかったねえ。」
その様子を車の外からアイスクリームを食べながら見ていた恵理子が言った。
「今日は帰るわ。詳しいことは明日話すけん。学校へは当分行かんと思う。今日行った病院の先生が進めてくれたカウンセリングに通おうと思うの。」
芙美子は恵理子の言葉に、撫でていた良夫の足から手を放し、戸を閉めてガラス越しに言った。
「よっちゃん、またおいでね。ばあちゃん待ちよるけん。」
良夫はかすかに頷いた。恵理子はゆっくり芙美子と話す事も出来ず自宅に帰った。自宅に着くと午後五時を過ぎていた。正夫の車が車庫にあった。
「お父さん帰っとるわ。着いたよ。」
良夫は返事をせずに毛布を抱えて住居のある二階への外階段を上がって行った。長男和彦はまだ帰っていなかった。恵理子は良夫の後から階段を上がり家に入った。子供部屋は正夫の部屋の隣なので、正夫が何か言わないかひやひやしたが、恵理子は心身共に疲れ果て、当分学校へ行かない事を直ぐに正夫に説明する元気がなかった。正夫は怒らないとと思った。恵理子は、とりあえず、心を落ち着けるために夕食の支度を始めた。冷蔵庫の中からじゃがいもとキュウリとニンジンを出してポテトサラダを作り牛肉を焼いた。正夫は恵理子より八歳年上で家事を全くしなかった。たいてい正夫の方が先に帰宅していたが、自室でゲームをしたりテレビをながら菓子を食べて恵理子が帰って来るのを待っていた。仕事で帰りが遅くなると機嫌が悪かった。ご飯は常に炊けているのだからふりかけでもかけて食べれば良いと思った。正夫は小林家の四人兄弟の末っ子の長男で両親や姉達に特別待遇で育てられていた。恵理子は正夫とは見合いで結婚した。恵理子は一人っ子だったので、遠くへ嫁に行きたくなかった。父敬三は、恵理子が物心ついたころからアルコール中毒で仕事はしていなかった、芙美子は片足が小児麻痺で不自由で障害者だった。そんなハンディはもろともせず一人で店を切り盛りしていた。大学時代に結婚を考えた彼氏がいたが、どうしても芙美子と敬三を置いて嫁に行く事ができなかった。
決して良い条件とは言えない農家の四人兄弟の末っ子で長男の正夫と結婚したのは転勤がないからだった。恵理子は毎日実家に帰って店を手伝っていた。正夫と始めて食事に行った時、突き出しの小さなエビを残しているので、「嫌いなの?」と聞くと、「剥くのが面倒くさいので食べない。」と、言った。甘やかされて育った二人の結婚生活は、正夫が糖尿病性壊死で右足を切断し、その半年後に五十五歳で亡くなるまで意外にも二十二年続いた。
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