第10話この子病気でしょうか?
「お待たせしましたね。」
女性は、足が痛いのか、歩きにくそうに盆に湯飲みを二つ乗せて、お茶を持ってきてくれた。
「ごめんなさいよ。私、見ての通り膝が悪くて正座できないのですよ。失礼なのですけど椅子に座らせてもらっていいですか?」
「いいですよ。どうぞ。」
恵理子が答えると女性は、椅子に腰を下ろした。
「今日はよく来て下さいましたね。丁度予約のキャンセルがあってよかったです。ここは愛媛県の色々な所から利用されている方がいるので、お待ち頂かない様に、完全予約制にしているのですよ。今治から来られたのですか?」
「そうなのです。今朝息子と学校へ行くとか行かないとかで喧嘩してしまって。自分たちではどうにもならないって思ったのです。病院しか思いつかなかったのですけど、今治は知り合いに会っても嫌だなって思って。電話番号案内で松山の心療内科を探して星野先生の所へたどり着いたのです。星野先生は病院では治せないっておっしゃって、ここを紹介して下さったのです。」
「そうだったのですね。星野先生は良くうちを紹介して下さるのですよ。」
女性は、切羽詰まった様子で矢継ぎ早にしゃべる恵理子の話を頷きながら丁寧に聞いてくれた。
「お母さんそのマフラーすてきですね。私グリーン好きなのですよ。」
恵理子は白いジャケットの上に水色と緑色で編まれたニットのストールを巻いていた。
「ありがとうございます。」
ストールを首から外し、ハンドバッグの上に置いた。
「お手数ですが、この紙にご記入頂けますか?」
女性が机の上に置いた紙には住所と名前と電話番号を書く欄があるだけで、問診票のようなものはなかった。恵理子と良夫に一枚ずつ渡された。記入した紙を渡すと、女性は引き換えに名刺をくれた。「カウンセリングスペース森の家・カウンセラー井上千恵子」と、書かれていた。井上さんは恵理子達が渡した名簿を見て言った。
「良夫君っていうの。私ね。良いという字、好きなんですよ。」
井上さんは始終笑顔で話しかけた。その笑顔を見ていると恵理子はなぜか急に不安が込み上げてきた。
「この子病気でしょうか?」
井上さんは細い目を一層細くして静かに言った。
「お母さん。息子さんが書かれたこの字を見て下さい。しっかりした字ですよね。病気に見えますか?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます