第23話◇合格◇
「うん。」
良夫は、さっきよりは落ち着いていた。移動しているのか一度電話が切れた。しばらくして春子は心配で電話をしてみた。
「もしもし、サポステに着いたの?」
「うん。まだ閉まっている。」
「廊下に椅子があったでしょ?座って待っていたら。」
「わかった。」
良夫はしっかりとした口調で答えた。それからしばらく電話がなかった。恵理子は気をもみながら待つしかなかった。カウンセリングは一時間の予定だった。その間気もそぞろで仕事も手につかず、店の時計とにらめっこをしていた。カウンセリングが始まれば、カウンセラーがいるので大丈夫だと思った。二時十分に恵理子の携帯電話が鳴った。
「終わったよ。」
カウンセリング前の様子とは一変して落ち着いていた。
「そう。良かったわ。心配していたのよ。」
「二時半のバスで帰るから。日切り焼き買って帰ろか?」
日切り焼きは松山の名物で俗にいう太鼓饅頭や大判焼きと言われるお菓子だ。恵理子は良夫の様子に、一人で帰って来られそうなので安堵した。良夫はそれから二時間程して元気に帰ってきた。ほのぬくい日切り焼きを恵理子に手渡した。その後はトラブルもなく二か月ほど通うと、ハローワークで見つけてきたコンビニの朝の掃除の求人の面接を受けると言った。
「カウンセラーの高木さんが就職面接受けてみたらって言うんよ。」
「エーもう?」
「うん。それでね、人に会わない仕事がええと思うのだけど、今のところこれしかないんよ。」
それがコンビニの朝五時から七時までの二時間の店舗掃除のアルバイトだったのだ。
良夫は、その週の土曜日の午後、この間買ってやったジャケットを着て、コンビニへ就職面接に出かけた。薬局からコンビニまで自転車で片道十分程だった。恵理子は仕事をしながら良夫の帰りを待った。良夫が出かけて四十分経った頃、自転車があすか薬局の駐車場に入ってくるのが見えた。良夫は、店の中に自転車を入れると出迎えた恵理子と一緒に奥の台所へ行き食卓の椅子に座った。恵理子は冷蔵庫から冷たい茶を出して良夫に渡した。良夫は一口飲むと言った。
「優しそうな人やったわ。店長の武井さん。」
実は、面接の前に良夫と恵理子はコンビニに下見に行っていた。良夫が「店長らしき人の様子を見て来い。」と、言うので恵理子一人で買い物をした。レジには中年の男性と若い女性がいた。男性の名札を見ると武井と書いてあった。優しそうな顔をしていた。車に戻って良夫に伝えると安心したようだった。
「良かったねえ。」
「オレの履歴書みてね。今まで何していたの?って聞くんよ。最終学歴が中学卒だからね。」」
「うん。」
「引きこもってました。って言うたらびっくりしとったわ。」
恵理子は良夫の前に座り、茶を飲みながら聞いていた。
「それで、雇ってくれるって?」
「明日の朝に返事くれるって。」
「何時?」
「聞いてない。」
「聞いてないの?」
良夫は自室に戻って行った。次の日、午前十一時を過ぎても武井さんから電話はなかった。その日は日曜日で恵理子は休みで家にいた。良夫は九時過ぎから台所へ来て水を飲んだり、居間でソファーに寝転んでテレビを観たりして、心ここにあらずだった。
「連絡ないの?」
「うん。」
「今日に間違いないの?」
「うん。」
「時間、聞いといたらよかったねえ。」
恵理子が話しかけると、良夫はソファーに座り、恵理子に背を向けたまま吐き捨てるように言った。
「オレみたいなヤツを雇う所なんかない。」
恵理子は、良夫の脇に座って言った。
「そうだとしても、連絡はしないといけないよね。武井さんも。電話して聞いてみたら。」
「もう放っておいてくれ。」
良夫は、ソファーに置いてあった毛布を頭から被った。その様子を見るに見かねた恵理子が言った。
「じっと待ちよっても余計イライラするから出かけよう。携帯持っとったら、武井さんから連絡あっても電話に出られるやん。」
良夫は毛布を被ったまま言った。
「そんな気になれない。」
「お母さんお腹空いたわ。トンカツ食べに行こ。ゲン担ぎや。」
「オレ腹減ってない。」
渋る良夫をなだめすかし、恵理子は近くのトンカツ専門店に強引に連れて行った。席に座ってメニューを見ながら声を掛けた。
「なんにする?」
「オレは食べたくない。」
「朝ごはんも食べてないやん。お腹が空いているとね、気分が滅入るよ。なんか食べや。」
良夫はぞんざいにメニューを手に取ると言った。
「一番安いのでええ。収入ないんやけん。」
恵理子は、何を言っても無駄な気がして、良夫が指さしたこの店で一番安いチキンカツ定食を頼んだ。良夫は料理が運ばれて来るまで、椅子の背もたれに深く腰を掛け、この世の終わりのような顔をしてスマホに目をやりながら何度もため息をついた。
「オレなんか雇う所はない。」
良夫はまた同じことを言った。
「それにしても約束守らんのはいかんわ。雇い主として。君がこんなに辛い思いしているのに。お母さん腹立ってきた。電話してやろうか。」
恵理子も同じ返事をした。
「やめてくれ。もうええんや。」
良夫はそう言いながらも、料理が出てくると残さず食べた。結局この日はコンビニの店長武井さんから連絡はなかった。お互いに言葉も見つからず、良夫は食事も摂らず、淀んだ一日が過ぎた。恵理子はどうする事もできなかった。
翌日はいつも通り店を開けた。午前十時過ぎに良夫が勢い良く店に入ってきた。
「電話あった!合格やって!」
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