第21話◇若者サポートステーション◇

「そうでしたね。デパートの三階にあるのですけど、行ってみられたらいかがですか?私も時々カウンセングのお手伝いに行っているのですよ。就職に必要なスキルを身に着ける所なのです。自己紹介の仕方や職場体験などいろいろなセミナーがあって無料なのです。自分で選ぶのですよ。」

「そうですか。ありがとうございます。早速連絡とって行ってみます。

「お母さん今までよく頑張られましたね。」と井上さんはもう一度褒めてくれた。嬉しくて涙が出た。

井上さんに低調にお礼を言って電話を切ると早速、愛媛若者サポートステーションへ電話をした。

「もしもし愛媛若者サポートステーションです。」

 電話の向こうの声は涼やかで若い女性のようだった。恵理子はこれまでのいきさつを手短に説明した。

「それでは予約を取りますね。ご都合の良い日をお知らせ下さい。」

 恵理子は、最短の都合の良い日を告げた。

「それでは明後日の十時にお待ちしております。デパートが開くのが十時なので一番早くて十時になります。丸越デパートの新館の三階です。エスカレーターを上がったところに看板が出ているのでわかると思います。」

 電話を切ってから、良夫の都合を聞かずに予約を取ってしまった事に気付いたが、良夫にとりたてて用事があるとも思えなかったので、事後承諾で許して貰った。ただ心配なのは予約の時間が十時だと言う事だった。店の方は芙美子に任せるとして、十時に松山へ行くとなると八時過ぎには家を出なければならない。森の家と違って今度は自分が行くと言ったのだから、少々朝早くても起きるだろうと思った。正夫が亡くなってから良夫と恵理子は店で芙美子と一緒に暮らしていた。早速二階の良夫の部屋へ行き、明後日に十時に予約を取ったことを伝えた。

「朝八時には起きられる。」

「うん。ありがとう。」

「丸越デパートの三階にあるのだって。デパートの中行ける?」

「うん。」

その日、芙美子に事情を説明し恵理子は明後日松山へ行くことにした。朝七時過ぎに良夫の部屋に起こしに行くと、すでに起きて身支度を整えていた。固い決意を感じた。

「起きとったん?ごはん食べる?」

「ううん。」

 良夫は首を振った。良夫は何か特別な事がある時は緊張が高まるのか、殆ど食事をしなかった。良夫の場合、他人と接触したり人混みに出るのが苦手なので、移動はたいてい春子が運転する車だったが、食事をしていないせいか、道中、毎回のように車酔いして気持ちが悪いと言った。恵理子は出かける前には、良夫の好きなメロンパンを二つ買って茶と一緒に必ず持って行った。

「メロンパン食べや。」

恵理子は、助手席に置いていたパンの入った袋を後部座席の良夫に渡した。デパートは早く行っても開いていないので、十時に着くように八時半に家を出た。良夫は以前、森の家に通っていた頃のように自分が使っている毛布を抱えて車に乗った。道中は殆ど話をしなかった。デパートに着くと、開店直後とはいえ、人が結構いる通路を良夫と歩いた。 

良夫は引きこもるようになってから緊張するとこめかみに汗をかいて顔が青ざめてくる。もっとひどくなるとトイレに駆け込むのだ。この日もこめかみから汗が流れていたが今回は決意が固いようで、何とか三階のサポートステーションにたどり着いた。腕時計を見ると十時十分だった。事務所の中に入ると女優のように美しい長い髪の三十代くらいの女性が現れた。

「おはようございます。」

 女性が挨拶したので恵理子も答えた。

「おはようございます。電話した小林です。」

 恵理子は頭を下げた。

「ハイ、お待ちしておりました。」

 恵理子達は、事務所を入った所の受付の机の前の椅子に並んで座った。良夫は固まったまま何も言わないので恵理子は良夫が引きこもりになってからここにたどり着くまでの経緯を説明した。

「よく来て下さいましたねえ。私は伴野といいます。」

伴野さんはパンフレットを見せた。

「この施設の説明をさせて頂きますね。ここは愛媛県と国が共同で経営しているのでご利用料は無料です。四十歳まで利用して頂けます。カウンセリングをしたり、就労に向けていろいろなセミナーを受けることができます。」

 伴野さんはパンフレットを開いた。そこには一週間のセミナーの予定が書かれていた。

「職場体験もあるのですね。自己紹介の仕方とかも。」

「そうなのです。職場体験は、現地に行くまでの電車代は実費なのですけどね。セミナーは基本無料です。カウンセラーと相談しながら、受けて頂くとよいと思います。」

「ありがとうございます。」

恵理子は伴野さんに礼を言うと良夫に聞いた。

「どんな?来られそう?」

 良夫はこめかみから汗を垂らしながら頷いた。

「一人で来られそう?お母さんが車に乗せて来てあげようか?」

「一人で来るよ。」

 良夫の返事に決意を感じた。

「大丈夫?」

「今治駅からデパートの前までバスは出ているけどね。」

 恵理子が良夫に尋ねていると、伴野さんが言った。

「やってみよう。できるよ。迷子になったら電話して。私が迎えに行くから。」

 良夫には一応携帯電話を持たしていたが、使わないので解約してくれと言っていた。ようやく役に立つ時が来たのだ。五週間後初めての予約を入れて帰路に着いた。良夫は久しぶりの外出で疲れたのか、相変わらず無口だったか助手席に置いていた袋にメロンパンが入っているのを知っていて、後部座席に持っていって食べていた。

「疲れた?」

「うん。」

「行けそう?」

「うん。」

「受付のお姉さんは優しかったね。」

「うん、」

 それから、恵理子と良夫はサポートステーションに行く準備を始めた。松山にあるサポートステーションに行くには今治駅から出でいるバスに乗ってデパートの前にあるバスセンターで降りて行くのが一番早くて安かった。

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