第2話あせり。
親は、世間から子供を守ってやらなければならないのに、学校は絶対行かなければならないという思い込みと、同居していた夫の両親への気兼ねがあった。当時は息子を高校へ進学させなければならないという焦燥感にさいなまれ、部活顧問とクラス担任に連絡をした。先生達は直ぐに家に来て、良夫に理由を聞いた。良夫は、「後輩が自分を追い越してレギュラーになり嫌なことを言われるのだ。」と言った。部活の顧問の先生は良夫が名指しした生徒を呼んで事情を聴いた。それから三日程、良夫は学校へ行ったが、今度はクラス担任から来ていないと電話があった。そうなるかもしれないという予感はあった。
恵理子は、一人っ子だった。父敬三は母芙美子と十六歳も年が離れていた。恵理子が中学生になった頃には敬三は六十歳を超えていて当時は老人だった。働きもせず酒を飲んで暴れる敬三が大嫌いだったが、芙美子が薬剤師で薬局を経営し、できの悪い恵理子を私立の薬学部に進学させてくれ薬剤師になることができた。二十六歳で正夫とお見合い結婚し、その頃までは。二人の息子に恵まれ幸せだった。こんな幸せは長くは続かないだろうという予感はあった。恵理子の予感は当たり、良夫が生まれてすぐ正夫は心筋梗塞で倒れた。その後も心筋梗塞と脳梗塞を二度ずつ繰り返し、その度に半年ほど入院し、度々経済封鎖に襲われた。亡くなる半年程前に糖尿病性壊死で右足をひざ下から切断した。頼りにしていた芙美子も、十五年前、恵理子が新規開店した直後から認知症になり、自宅兼店での介護が始まった。追い打ちをかけるように、中学二年生と高校一年生の二人の息子が不登校になった。恵理子は押し寄せて来る荒波に一人で立ち向かうしかなかった。
恵理子は、心配する実母芙美子に事情を説明して店を任せ自宅に帰った。前のように家中の押入れを見て回ったが、良夫は見つからなかった。心配して来てくれた担任の佐藤先生と家の周りを探していると、庭から山に続く草むらに良夫の姿が見えた。良夫は恵理子と佐藤先生の姿を見つけると、山の方に走り出した。佐藤先生は剣道部の顧問で体力には自信があるらしく難なく山道を駆け上がり良夫を追いかけて行った。その頃から肥満気味だった恵理子は到底追いつけず、後から二人の走って行った急な坂道を息せききって追いかけた。やっとの思いで山道を登ると、竹藪の中に佐藤先生と良夫が立っていた。
今思えば、何度も脱走するほど学校へ行きたくないのなら、無理して行かせなくても良かったのだ。かわいそうな事をしたと悔やまれる。それから良夫は学校へ行けなくなった。
恵理子は良夫を連れてあすか薬局へ通った。芙美子は良夫の気持ちを理解し、うるさいことは言わず、寄り添い受け入れてくれた。そうして月日は流れ良夫が不登校になってひと月が経過した。五月の連休明けには学校へ行くと言っていた。良夫を部屋に起こしに行くと布団をかぶって起きなかった。中学三年生になって殆ど学校へ行っていなかったので恵理子には「このままだと高校進学できない。」と、言う恐怖感があった。
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