第16話夫に報告
恵理子は後にも先にもこんなに長く付き合った男性は正夫だけだった。正夫は、良夫が不登校になっても世間体を気にして責めたりしなかった。正夫は結婚生活二十二年間で心筋梗塞と脳梗塞を二回ずつ発病し、その度に半年程会社を休んだので、だんだん窓際に追いやられ、良夫が不登校になった直後に五十五歳で会社を辞めた。自分もあまり強くないし、我慢するのが嫌いな為か、息子に学校へ行けと無理強いする事もなかった。自分が出来なくても同調しない親もいるが、正夫は良夫には優しかった。正夫は良夫を愛していた。言葉で表現するのは下手だったが恵理子にはそう思えた。夕食の支度をしていると、高校に通っていた和彦が帰ってきた。
「お帰り。ご飯できとるよ。」
実は、この頃和彦も学校を休みがちになっていた。和彦は無理をして進学校に入ったので、あまりにも多い宿題と、どんどん進んでいく学習速度についていけなくなっていた。不登校ぎみの男たち三人と向き合うのは骨が折れた。恵理子は、良夫が学校へ行かない事を黙っているわけにもいかず、意を決して正夫の部屋をノックした。
正夫は布団に寝そべって菓子を食べながらテレビを見ていた。
「あのね。良夫なんやけど。」
正夫の部屋と子供部屋は薄い引き戸一枚で仕切られていたので、きっと子供部屋にも聞こえているだろうと思いつつ、できるだけ小声で話した。
「今日もね。良夫は学校行けんかったんよ。」
「ほうか。」
「連休明けに学校へ行くってお父さんと約束しとったんやけどね。行けんのやって。」
「ほうか。」
正夫は、菓子を食べるのを止めて、上体を起こして恵理子の方を向いて胡坐をかいた。隣の部屋にいた和彦は話が聞こえたようで、子供部屋と正夫の部屋の間仕切りの扉を開けて入ってきた。
「よっちゃん学校へ行かんの?」
開けられた扉の向こうに見えた子供部屋には良夫の姿は見えなかった。
「良夫は?」
「納戸で寝よる。」
子供部屋の隣には二畳ほどの比較的広い納戸があった。
「今日ね、どうしても学校へ行けないと言うから、お母さん、どうしたらええかわからんなって喧嘩してしもてね。殴られたのよ。」
「殴られたん。」
和彦が恵理子の顔を見た。
「それでななんとかせないかん思って、松山の心療内科探して連れて行ったのよ。そしたら、病院では治らんって。星野クリニックって言うのやけど、そこの先生が言うのよ。」
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