第5話 病院では治らない。
芙美子に了解を得た恵理子はすぐに電話番号案内ボタンを押していた。恵理子は不登校の子供の薬を調剤したことがある。子供の処方箋を持ってきた母親が言った。
「この薬を飲むと眠たくなって、学校へ行きたくてもだるくて行けないのです。」
処方を見ると精神安定剤が出ていた。
「先生に相談してみたらいかがですか?お薬の量を調節してもらうとか他に方法はないか聞いてみるとか。」
恵理子がそう言うと、母親はどこへ行っても同じ事しか言われないのに落胆したのか無反応で店を去った。薬剤師としては他に言う事を思いつかなかった。恵理子は良夫が不登校になったからと言っても病気だとは思わなかったし、副作用の多い精神病薬をまだ年端もいかない我が子に飲ませる気にはならなかった。大好きな良夫を何とか救ってやりたかった。でも、どうして良いかわからなかった。良夫が不登校になり始めた頃に、不登校関連の本を読んでカウンセリングが良いと知ってはいたが、今治には専門のカウンセラーがいる施設があるかどうかわからなかった。以前、定年退職した校長先生が不登校教室を開いていると聞いた事がある。そこは学校へ戻すのを前提としていた。恵理子は違和感を覚え良夫を連れて行く気にはならなかった。だが、この時は病院しか思いつかなかったのである。
藁をも掴む気持ちで掛けた番号案内のオペレータに言った。
「松山の心療内科の電話番号をあるだけ教えて下さい。」
切羽詰まった恵理子の様子に、オペレーターは少し驚いた様子で七軒の番号を教えてくれた。それをメモし、上から順番に電話を掛けた。予約が一杯だったり、繋がらなかったりして、リストに残った深慮内科は最後の一軒になってしまった。祈る思いで「星野クリニック」に電話した。
「もしもし小林と申します。診察してもらいたのですが予約できますか?」
「はい。当院は予約受付していないのです。お越し頂いてお待ち頂くようになります。」
受付の女性は透き通った明るい声で言った。
その声に、自分と良夫を救ってくれるありがたい光を見た気がした。恵理子の気持ちは滑らかになっていった。
「私、今治に住んでいるのですけど。」
恵理子はそう言って、廊下から居間の壁に掛かっている時計を見ると十時を回っていた。
「今からだと十一時は過ぎると思うのですが、間に合いますかね。」
「受付は十二時までなのでそれまでに来て頂いたら診察致します。」
「場所はどこですか?」
「道後温泉の近くです。」
「わかりました。今から伺います。」
「お気をつけてお越しください。」
道後の近くなら317号線で行けば一時間はかからない。その頃、恵理子の車にカーナビはなかったので、地図を見ながら行くことにした。恵理子が電話をしている間に良夫は起きて身支度をしていた。五月の中旬で汗ばむ陽気だった。良夫はジーパンに白い半袖のTシャツを着て、いつも使っている古い毛布を抱えて部屋から出てきた。普通の良夫に戻っていた。
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