第26話 図書室
「まさか、エルフが城に忍び込んでくるとはな」
戦士たちに取り押さえられた私たちを見て、呆れたように語る王様。
白い髭を蓄え、高齢にもかかわらず筋骨隆々としたその姿は威厳たっぷりだ。
椅子から吹っ飛ばされて倒れていた人と同じとはとても思えない。
「そなたたち、モードンが案内していたエルフだな?」
「そうだよ。私はエルフの里から来た魔導師のララート。で、こっちが弟子のイルーシャ」
「よ、よろしくお願いします!」
「……なぜ城に来たのかはおおよそ察しておる。モードンを通じて、そなたらを追い返そうとしたのは余だ」
「やっぱりそうだったんだ」
あのモードンさんが、独自の判断で劇薬を盛るなんて大それたことをするはずがない。
必ず上からの命令があるとは思っていたが、まさか王様だったとは。
しかしそうと分かれば、やっぱり色々聞かなきゃいけないね。
「私たちを早く追い返そうとした理由はなに? 黄金石のことを調べられたくなかったから?」
「モードンめ、そこまで話したのか」
「半分ぐらいは私が強引に聞いたんだけどね。弟子に劇薬を盛られたら、理由も聞きたくなるよ」
「それはそうだな。それで、そなたは何が目的だ? しかし、もう十分だろう。これ以上、黄金石のことを知ってどうする?」
どうすると来たか。
確かに、領主さまから受けた依頼はあくまでアースドラゴンの討伐だからね。
でも、それとこれとはしっかりと関係している。
「アースドラゴンと黄金石の間には繋がりがありそうだからね。詳しく調べさせてもらわないと」
「なるほど。だが、いくら事情があろうと黄金石は我が国の宝。そう簡単に調べさせるわけにはいかん」
「言っとくけど、黄金石を放っておいたらアースドラゴンみたいなのがさらに来るかもよ?」
私がそう言うと、王様の眉間の皺が一気に深くなった。
王様も事態の深刻さについては、きちんと理解しているらしい。
「……ふん、そなたのような小娘に何がわかる者に黄金石がどうにかできるとは思えん」
「そうかな? エルフが魔法に詳しいってことは、ドワーフが一番よく知ってるんじゃないの?」
そう言うと、私は一歩前に出て王さまとの距離を詰めた。
視線が交錯し、緊張が高まる。
王さまを守護する近衛兵たちが、にわかにこちらへ視線を向けてきた。
その眼ときたら、今にもこちらへ飛び出して手にした斧で切りかかってきそうだ。
そして――。
「大した自信だ。いいだろう。資料を調べる許可を出す。ただし、結果は必ず余に報告せよ」
「ありがとう。あと、ついでに小娘ってのも取り消して。たぶん年上だから、尊敬してよ」
「王に尊敬しろとは、思い上がりもそこまで行くとすがすがしい。戦士長、こいつを書庫へ連れて行ってやれ」
「はっ!」
流石は王さま、器が大きい。
豪快な笑いが響くと同時に、先ほど私たちを案内してくれた戦士長さんが再び前に出てきた。
彼はフンッと鼻を鳴らしながらも、私たちを先導して歩き始める。
やれやれ、ひとまずは交渉成立といったところか。
「何とかうまくいったね」
「わんわん!」
「いやぁ、流石の私もいきなり王様を突き飛ばすことになるとは思ってなくてさ」
怖い顔で警告を発するイルーシャとフェルを、慌てて宥める。
私だってホントはこっそりと城に入るぐらいで済ませるつもりだったんだからね。
まさかこんな大ごとになるとは、思いもよらなかった。
「ここだ」
「思ったよりこじんまりとした感じだねえ」
「わしらは書物よりも実戦で技術を継承してきたからな。書庫と言ってもこの程度だ」
「なるほどねえ、モードンさんが苦労するわけだ」
案内された先に会ったのは、城の書庫というにはあまりにも小さな部屋であった。
前世で暮らしていた六畳一間のワンルームマンションより一回り大きいぐらいの感じである。
やれやれ、一国の知の集積がこの有様とは。
呆れながらも書庫の中に入ると、古本独特の黴のような匂いが漂ってくる。
「この本の匂い、嫌いじゃないよ」
「ララート様、里でもよく図書館にこもってましたもんね」
「……古文書は確か一番奥の書棚にあるはずだ。後は自分で探すんだな」
それだけ言うと、戦士長さんは書庫の外に出て行った。
どうやら、外で私たちのことを監視しつつ待つつもりのようだ。
この様子だと、のんびり他の本を見ている暇はなさそうだね。
ええっと、一番奥の書棚というと……あれか。
「ここでみたいだね。問題の古文書は……」
「ララート様、これじゃありませんか?」
「お、早いじゃん!」
「この本の周りだけ埃が無かったので。モードンさんも最近のララート様に少し似てますね」
「……何だか嫌な理由だった!」
そうは言いつつも、私はイルーシャの差し出した本を受け取った。
古文書というだけあって相当に古いものらしく、革で出来た表紙の一部が擦り切れて白くなっている。
金で箔押しされたタイトルは『太陽の再生と研究』で、いかにもそれっぽい。
「……ん、これで間違いないみたいだね」
「読めますか?」
「私を誰だと思ってるのさ。それにこれ、現代語だね」
さっそくページを開くと、古代の言語ではなく現代語で記されていた。
これだけ古そうな書物なら、古代文明の遺産か何かと思ったが……そうではないらしい。
記されている魔法陣も、規模こそとんでもないが理解の範囲内だ。
「なるほど、これは……」
しばらく読み進めたところで、私は本をぱたりと閉じた。
予想していたことではあったが、これは相当にひどい。
「どうですか、ララート様?」
「どうでしたも何も、偽物だね」
「偽物!?」
イルーシャは大きく目を見開くと、たちまち素っ頓狂な声を上げるのだった。
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