第19話 地底の学者さん
下から上に山体をぶち抜く巨大な縦穴。
穴の向こう側までは、軽く百メートルはあるだろうか。
そのふちに沿うように石組みの通路が築かれ、さらに無数の横穴が伸びている。
それらの一つ一つがドワーフの住居になっているようで、石組の通路には多くの人が行きかっていた。
「この大穴が我らの国の中心です。全部で三つの階層に分かれておりまして、上層部には王や貴族の住居、中層部には民の住居と商店、下層部には鉱山と工房があります」
「ここはどこの階層なの?」
「ちょうど、中層と下層の境界付近ですね」
そう言われて通路から下を覗き込むと、穴はどこまでも続いていた。
通路には明かりが灯されているというのに、深すぎてそれが途中で見えなくなってしまっている。
うわ……こりゃちょっと厳しいな。
たまらず足がすくんでしまった私は、後ずさりながら今度は上を見た。
すると今度は、遥か彼方にぼんやりと白い光が見える。
太陽によく似ているが……それよりは少し黄色かった。
「あれは?」
「黄金石ですな。我らの国に光と繁栄をもたらすとされるものです」
「へえ、あれがあるから地下でも生活できるってわけだ」
「その通り。流石の私たちでも、暗闇では暮らせませんからな」
そういうと、螺旋を描く通路を下に向かって歩き始めたモードンさん。
彼の後に続いていくと、やがて大きな横穴の前にたどり着いた。
木の扉が据え付けられたそこは、雰囲気からして倉庫か何かだろうか。
「領主さまからの土産はこの食糧庫へお入れください」
「わかった。おー、寒い!」
「ここは冷却の魔道具が置いてありますからね」
扉を開くと、たちまち強烈な冷気が吹き抜けてきた。
身体の芯まで染みてくるようだ。
耐え兼ねたフェルが、くちゅんっと可愛らしくくしゃみをする。
「あーあー、大丈夫かな?」
「変ですねえ。精霊獣が風邪を引くなんて、普通ないんですけど」
「言われてみれば、ここに来る時も急に吠えたりしてたね」
うーむ、フェルはひょっとして具合でも悪いのだろうか?
ドワーフの王国から帰ったら、一度、身体を詳しく調べた方が良さそうだ。
幸い、私は獣医ではないがそれなりに長生きしているので知識はある。
「フェル、おいで」
「わううぅん」
フェルを呼ぶと、胸元にしっかりと抱きかかえるイルーシャ。
とりあえずは、少しでも体力の消耗を抑えた方がいいだろう。
「大丈夫ですか?」
「ええ。心配してくれるんですね?」
フェルの頭を撫でながら、意外そうな顔をするイルーシャ。
そう言えば、さっきからモードンさんの対応はドワーフにしてはずいぶんと柔らかいな。
特に嫌悪感を示すこともないし、口調も丁寧だ。
エルフと見るなり、警戒心をあらわにしてきた他のドワーフとはずいぶんな違いだ。
「いや、当然のことですよ。千年も前に祖先が戦争をしたことなんて、いまを生きる私たちには関係ないですからね」
「おお……なかなか先進的な考えだね」
「いやいや、変わり者なだけですよ。おかげで、他のドワーフからは爪弾き者扱いです」
「ドワーフは保守的というか、頑固な人が多そうだもんね。エルフもだけど」
そういうと、私はちらっとイルーシャの方を見た。
この子も見た目は美少女なんだけど、頭がカチコチなんだよなぁ……。
わたしゃ、ちょっと心配だよ。
「……何ですか、その生暖かい目は」
「別に、何でもないよ? 師匠が弟子をあったかーい眼で見てるだけ」
「いやいや、絶対に何か言いたいことありますよね? 頑固ですか? 私が頑固って言いたいんですか?」
「さあ? 黙秘権を行使するよ」
「何ですかそれは!」
ああだこうだと言い争いをする私とイルーシャ。
するとここで、モードンさんが言う。
「まあまあそのぐらいにして。身軽になったことですし、まずはどこから見ていきましょう?」
「うーん、おすすめの観光スポットとかある?」
「そうですなぁ。なら、足湯が下層にありますよ」
「足湯!? 最高じゃん、いくいく!」
「ちょ、ちょっと! 調査とかしなくていいんですか!」
「大丈夫だって!」
こうして私たちは、一路ドワーフの国の下層へと向かうのだった。
――〇●〇――
「へえ、じゃあモードンさんは学者なんだ」
「ええ。人間の国に留学したこともあります」
「だから、他のドワーフとはちょっと考え方が違うんですね」
下層にあるという足湯へと移動する途中。
私たちはモードンさんと軽く雑談をしていた。
何でも彼はこの国の学者で、主に冶金学を専門にしているとか。
鉱業が盛んなドワーフの国には、まさにうってつけの人材と言えるだろう。
もっとも、いささか思想が先進的すぎて煙たがられているようだが。
「……まあ、私以外のドワーフが他種族を嫌うにも理由があるのですけどね。エルフとは戦争をしましたし、人間には技術を盗まれたことがありますから」
「人間に技術を?」
「ええ、城の書庫に盗人が入りましてね、技術書を盗まれたのですよ。おかげで、我々の秘伝だったミスリルの加工技術が流出してしまって……」
「城の書庫って、よく入り込めたね。この国って出入り口は限られてるだろう一か所しかない し」
「ええ、だから我々も油断していたのですが……。どうやら、魔法でドワーフに化けたようです」
「あー……」
閉鎖的な国だけに、中に入り込んでしまえば警戒は緩いのだろう。
加えて、ドワーフたちは魔力がないので魔法に対する知見がない。
魔法での変身を見破る方法がなかったんだろうなぁ。
「そのせいで、親方衆は技術を書物に残すことを嫌がるようになってしまって。私としては、この国の鍛冶技術をきちんと体系化した書物を後世に残していきたいんですが……」
肩をすくめて、モードンさんはやれやれとため息をついた。
技術は職人にとって最大の財産。
それを盗まれないようにしたい親方たちの気持ちもわかるだけに、厄介なところだ。
「なかなか難しいところだね。モードンさんが信頼を得るしかないかも」
「信頼ですか。これでも、国のためにいろいろ成果は出してきたんですけどねえ」
「例えばどんな?」
私がそういうと、モードンさんは待ってましたとばかりに自信ありげな顔をした。
彼はそれまでの謙虚さが嘘のように、ドーンッと大きく胸を張る。
「よくぞ聞いてくれました! そうですね、私が開発した技術で一番すごいものだと……」
「すごいものだと?」
「鉱物を運ぶためのソリを作りました! 特別な油を通路に撒けば、荷車より楽にモノを動かせます!」
「……ここの通路って一本道じゃん。そんなところで油を撒いたら、あとで大変じゃない?」
私がそういうと、モードンさんはうっと苦しげな表情で胸を抑えた。
え、まさかその対策は何にも考えてなかったの!?
「その通り、そこが課題なのです……。話してすぐに気づかれるとは、流石はエルフの大魔導師。お知恵がありますな」
「いや、私でもすぐに分かりましたよ?」
「な、なんですと!? 流石はエルフ、侮りがたし」
「…………他にはどんな発明をしたの?」
「従来の三倍も明るいたいまつを開発しました!」
「おお、それは便利じゃない」
「ただ、燃え尽きるのも三倍早い上に煙も三倍出ましてね。限られた空間で使うと酸欠で死んでしまいます」
「この国で使えないじゃん!」
……モードンさんって、いい人だけどひょっとしてちょっと残念なのかな?
私はそんなことを考えながらも、彼とともに遥か地下の足湯を目指すのだった――。
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