第18話 遥か地底のドワーフ王国

「なかなか迫力あるねえ」


 ドワーフの石像に見下ろされながら、ゆっくりと暗闇の中へ降りていく。

 広い洞窟はしっかりと整備されていて明かりも置かれていたが、それでも独特の雰囲気がある。

 洞窟独特の湿った空気と土の臭いが、何となく不気味だ。

 フェルもどこか不安そうに、くぅっと弱々しく鳴く。


「うわぁ、なんかヤな気配……。帰りたくなってきたな」

「ダメですよ、領主さまにお土産まで預かっちゃいましたし」

「……それ、渡したことにして私たちで食べちゃえばよくない?」

「いけません! 嘘つきはエルフの恥です!」


 イルーシャは手でバッテンを作ると、言語道断とばかりに強い口調で言った。

 まぁ、真面目なイルーシャがそんな手に乗るわけはないってわかってたけどさ。

 そこまで本気で拒否されると、ちょっと心が痛い。


「冗談だって。流石にそんなことしないよ」

「本当ですかね……。最近のララート様を見てると、やりかねない気がしますよ」

「そんなことは……汝、師を疑ってはならぬって教えを知らないの?」

「それ、ララート様のでっち上げですよね?」


 こうしてあれこれ話しているうちに、洞窟の先に大きな扉が見えてきた。

 木と鉄でできたそれは、馬車が並んで通行できそうなほどの大きさだ。

 そしてその脇には、鎧で身を固めたドワーフがしっかりと警備を固めている。

 彼らは私たちの姿を見るなり、ずかずかと近づいてくる。


「む? なんだお前たちは? その耳は……まさか……!」

「領主さまからアースドラゴン討伐の依頼を受けて来た冒険者です。アースドラゴンの手がかりをつかむため、国の中へ入れてください」

「冒険者? 子どもではないか」

「子どもじゃないって! ちゃーんと領主さまから正式な依頼を受けてるんだから」

「その通りです!はい。領主さまから預かってきたお土産もありますよ」


 そういうと、イルーシャがすかさず背負っていた布袋を手渡した。

 中には酒や腸詰めといった、ドワーフが喜びそうな食料がたっぷりと詰まっている。

 あの瓶に入ったエールなんて、私が飲みたいぐらいだな……。

 領主さまが持たせてくれただけあって、全体的に豪華で美味しそうだ。


「……まんざら、嘘ではなさそうだな。領主から使いを出したという連絡も受けている」

「なら、さっさと通してよー。ずっと馬車に乗ってきて疲れちゃった」

「それはかまわんが、その耳は何だ? エルフみたいで気持ち悪い」

「……私たち、そのエルフなんですが」


 種族の特徴である耳を馬鹿にされたせいだろう。

 イルーシャはひどくドスの効いた低い声でそう言った。

 私は精神的に半分人間のようなものなので、今の発言もギリギリ聞き流せないこともないが……。

 エルフにとって、耳は種族の象徴であり誇り。

 人間でいう肌の色のように、非常にデリケートなところなのである。


「……イルーシャ、ここで怒っても仕方ないよ」

「だからと言ってですね、耳を馬鹿にされて黙っていられませんよ!」

「そうはいっても、ここで揉めるとめんどくさ……」

「何だお前たち、エルフなのか! どうしてこんなところへ来た!」


 ドワーフの衛兵の方も、私たちがエルフだと知って騒ぎ始めた。

 あーもう、どうしてこうなるのかな!

 いやまあ、イルーシャが怒る理由もわかるけどさ!


「二人とも落ち着いてよ。怒ってもお腹減るだけだよ」

「落ち着けだと! ふん、侵略にきておいてよく言うわ!」

「別にそんなんじゃないって! さっきも言ったでしょ、領主さまの依頼を受けた冒険者だって」

「なぜエルフが冒険者などをしている、おかしいではないか!」

「そりゃちょっと事情があって……」

「ララート様、帰りましょう! もうこれ以上は無理です!」


 ついさっきまで、帰ろうとする私をイルーシャが宥めていたのに立場が逆転してしまった。

 ……ほんと、困ったもんだなぁ。

 さて、いったいどうしたものか……。

 そんなことを考えていると、門の脇にある通用口からもう一人ドワーフが出てきた。

 門の前に立っていた衛兵と比べると、手にしている槍や鎧が明らかに立派だ。

 髭も長く、見たところ管理職っぽい。

 衛兵隊長か何かかな?


「何事だ! 先ほどから騒々しいぞ!」

「いや、それが……」


 私たちの方をちらちらと見ながら、事情を説明する衛兵さん。

 すると驚いたことに――。


「この馬鹿者!」


 ゴツンッと拳骨が落とされた。

 うわ、兜がちょっと凹んでるよ。

 突然のことに驚いた衛兵は、すぐさま困惑した顔で言う。


「隊長、何で殴るんですか! あいつらエルフですぜ!」

「エルフだろうが領主の使いだ、バターリャとこれ以上の揉め事を起こすわけにはいかん」

「ですが……」

「もういい、引っ込んでろ!」


 そう言うと、隊長さんはこれまで私たちの対応をしていた衛兵を通用口の奥へと押しやった。

 代わりに、何やら妙に不自然な笑みを浮かべて言う。


「よくぞ来てくれた、歓迎しよう」

「う、うん」

「すぐに通行許可を取ってくるから、ここで待っていてくれ」


 そう言うと、隊長さんは足早に通用口の奥へと消えていった。

 彼の姿が見えなくなると、すぐにイルーシャが渋い顔をして言う。


「何ですかね、あの変わりぶりは」

「推測だけど……。たぶんこの国はあのバターリャの街からの輸入にいろいろ依存してるんじゃないかな。だから、領主を怒らせるわけにはいかなくて使いの私たちも無下にはできないってとこじゃない?」

「なるほど。確かに、地底では賄えないものもいろいろありますもんね」


 エルフと戦っていた頃には、ドワーフたちも地上にいたはずなのである。

 いくら地底の環境を整えたところで、もともと地上にいる種族が地下暮らしをするのはかなりの無理が生じているはずなのだ。


「でも、これは思ったより好都合だね。王国の観光とかいろいろできるかも……」

「観光って、また呑気な……。私たち、ドラゴン退治に来てるんですよ」

「おお、そうだった! ドラゴンステーキを忘れちゃいけないね!」

「もうお肉にした気になってる!?」


 こうして、隊長さんたちが戻ってくるのを待つことしばし。

 イルーシャとくだらない話をしていると、急に扉の向こうから足音が聞こえてきた。

 やがて通用口が勢い良く開かれ、どこかインテリ然とした風貌の人物が現れる。

 背は低いものの、整えられた髪と髭はまったくドワーフっぽくない。

 おまけに眼鏡まで掛けていて、粗暴さとはかけ離れた雰囲気だ。


「……あなたは?」

「私はモードン、ドワーフの学者です。あなた方の案内を任せられました」

「おー、ガイド付きとは豪華だね!」

「どうぞ、私に続いてください」


 そういうと、モードンさんは通用口のドアを開けて手招きをした。

 彼の後を追って、私たちはドワーフ用らしき扉を背を屈めて通る。

 するとそこには――。


「うわ……広い!」

「これがドワーフの国……!」


 下から上に山体をぶち抜く巨大な縦穴。

 その圧倒的な光景に、私たちはたちまち目を奪われるのだった。

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