第17話 お野菜大好きイルーシャ
領主さまに連れられて食堂へと入ると、私たちはゆっくりと席に着いた。
すると私たちの到着を待ちかねていたように、すぐにメイドさんが料理を運んでくる。
スープにパン、ピクルスにそして……山盛りのソーセージ!
ハーブの練り込まれた白いタイプのやつで、ほこほこと湯気が立っていた。
そして、その脇には粒の粗い岩塩らしき粉の入った小皿が置かれている。
「おお、これが……!」
「バターリャ名物、羊の腸詰めだ。熱いから気を付けて食べるのだぞ」
「いただきます!」
領主さまの許可が出るや否や、私はソーセージにかじりついた。
――パリッ!
たちまち、天然の腸ならではのしっかりとした力強い食感がした。
これこれ、このパリッと弾ける感じがいいんだよ!
それと同時に、内部に閉じ込められていた旨味が一気に溢れ出してくる。
「んん!」
口を駆け抜ける濃厚な肉の旨味。
日本の一般的なソーセージと比べるとかなりのあらびきで、とても肉々しい。
そのため羊肉独特の臭みが少しだけ出ているが、これはこれでいいものだ。
さらにそこへ、用意されていた岩塩を付けると……。
「大勝利……!!」
塩気とミネラルの苦みが、一気に味に深みをもたらす。
刹那、口の中に大自然が広がったような気がした。
これはもうたまらない。
私は口をいっぱいに広げると、思いっきりソーセージを頬張る。
「そんなに一気に食べたら、のどに詰まりますよ!」
「……ん、大丈夫だって。ほら、イルーシャも食べなよ」
私はソーセージの乗ったお皿をイルーシャの方へと押した。
すると彼女は、わずかに逡巡するもののゆっくりとフォークを伸ばす。
前に唐揚げを食べたことで、お肉へのハードルが少し下がっているようだ。
――パリパリッ!
ソーセージの弾ける心地よい音が、再び私の耳に聞こえてくる。
そして次の瞬間、イルーシャの表情がふにゃんっと緩んだ。
「はふぅ……!」
幸せそうな吐息を漏らし、椅子にゆったりともたれかかるイルーシャ。
普段はピンと上を向いている長耳が、彼女のまったりとした精神状態を表すように垂れる。
……なるほど、イルーシャは美味しさをゆったりと味わうタイプか。
こういうところも、人によってけっこう個性が出るんだよなぁ。
「どう? 美味しいよね?」
「はい。同じ肉料理でも、唐揚げとは全然違います……! パリッとした食感と肉汁が……」
普段とは違った、ふわふわーっとした口調で語るイルーシャ。
この子が肉好きになる日も近いな。
いや、既になってしまっているかもしれない。
そんなことを思っていると、ふとイルーシャの手が止まる。
「……んん? そう言えば、付け合わせのお野菜さんはないんですか?」
確かに、イルーシャの言うとおりソーセージには付け合わせの野菜が付いていなかった。
ピクルスがあったので、私はそれほど気にしていなかったのだが……。
そこは根っからの野菜党、どうしても放っては置けなかったらしい。
「ああ、この辺りでは野菜が希少でね。あまり食べられないのだよ。どうしても農地が限られてしまうからな」
「そ、そんな……!?」
「代わりにピクルスで栄養を……」
「お野菜が、お野菜がたったこれだけなんて! そんなあああぁ……!!」
ピクルスの小皿を見て、この世の終わりが来たような顔をするイルーシャ。
その暗い目は、一切の希望を奪い去られてしまったかのよう。
……お野菜大好きなのは知っていたが、そこまでなのか。
「そ、そんなに野菜が好きなのかね?」
イルーシャのあまりの落ち込みぶりに、戸惑いながらも尋ねる領主さま。
するとイルーシャはすごい勢いで首を縦に振る。
「もちろん、野菜はエルフの生き甲斐です!」
「そ、そうか。ならば明日の朝食には必ずたっぷり野菜を出すようにしよう」
「お願いします!!」
イルーシャは椅子から立ち上がると、ものすごい勢いで何度も何度も頭を下げた。
こうしてこの日は、領主さまの館で一泊するのだった。
――〇●〇――
「んんー、美味しいです!」
翌日、私とイルーシャは領主さまの用意してくれた馬車でドワーフたちの国へと向かっていた。
領主さま曰く、ドワーフたちの地下王国はバターリャよりもさらに山奥にあるらしい。
険しい山道を進む馬車はガタゴトとひどく揺れて、だんだんとお尻が痛くなってきてしまう。
しかし一方、領主さまから山菜を分けてもらったイルーシャはすっかりご機嫌だった。
木のお弁当箱に詰めた山菜の炒め物を美味しそうに食べている。
よく思春期男子のお弁当箱が茶色になっていることがあるが、ちょうどあの逆バージョンだ。
「私はお野菜派ですが、山菜も悪くないですねぇ……!」
「まさか、イルーシャがここまで野菜ジャンキーだとは思わなかったよ」
「ララート様も食べますか? この炒め物、ほんとに美味しいですよ」
「……少し貰おうか」
ゼンマイに似た感じの山菜を、木のフォークで適当につまむ。
山菜に独特の苦みが、たちまち口の中を抜けた。
んんー、これはなかなか大人の味だな。
三十代を過ぎたらおいしさがわかってくる感じのやつだ。
この美味しさがわかるなんて、イルーシャもなかなかやりおる。
「美味しい。お味噌汁とか飲みたくなる味だ」
「おみそしる? なんですか、それ」
「……ああ、古い料理だよ。里でも作る人が少なくなっちゃったんだけど」
「へえ。ララート様は里のお料理にも詳しいんですか」
どこか疑わしげな顔をするイルーシャ。
……まあ、記憶が戻る前の私は料理とかあんまり興味のない生粋の魔法馬鹿だったからなぁ。
しかし、師匠に対して変な疑いをかけることも気が引けたのだろう。
イルーシャはそれ以上何も言わず、再び食事に没頭し始める。
ここで、馬車の奥で寝ていたフェルが起き出した。
「わん、わんわん!」
「んん? どうしたのかな?」
「わうぅ!」
急に興奮した様子を見せ始めたフェルに、おやっと首を傾げる私とイルーシャ。
フェルはそこら辺の犬なんかとは違う、精霊獣である。
人間並みに賢いので、理由もなく吠えはじめたりはしないのだ。
「何かを伝えたがってるのかな?」
「あ、あれ!」
馬車の荷台から身を乗り出し、前方を確認したイルーシャがどこかを指差した。
私もすぐさま外を見ると、張り出した尾根の下をえぐるようにぽっかりと大きな穴が開いているのが見えた。
どうやらあそこが、ドワーフたちの地下王国への入り口らしい。
もともと山にあった洞窟を利用して、自分たちの国を作ったという訳か。
穴の前には王国の権威を象徴するように、斧を手にしたドワーフの勇ましい石像が立っている。
「ありゃすごい。ドワーフもなかなかやるなぁ」
「伊達にご先祖さまたちとやり合ってませんね」
心底感心したようにつぶやくイルーシャ。
里の伝承によれば、古代のエルフ族は今よりはるかに強力で竜級魔法の使い手も何人かいたとか。
それと渡り合った時点で、昔のドワーフたちも相当に強かったのだろう。
まあ、戦い自体はエルフが勝ったっていうけどね。
やはり魔法のアドバンテージは大きいらしい。
「案内できるのはここまでだ。気をつけてな」
「ありがとう!」
御者さんにお礼を言うと、私たちは洞窟の前で馬車を降りた。
さて、いよいよドワーフ王国の冒険の始まりだね!
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