第16話 領主様の館


「ここが領主さまの館か、なかなかデカいね」


 街の奥、巨大な崖から飛び出した半島のちょうど先っぽに当たる部分に領主さまの住む館はあった。

 他の建物より一回り以上大きい上に、さらに建築様式も異なる建築物だった。

 おかげでとてもよく目立っていて、若干の異物感がある。


「……あんまり行きたくないなぁ。マナーとかめんどくさいし」

「そんなこと言って、仕方ないじゃないですか。今さら依頼を断れませんし」

「そりゃそうなんだけどさぁ」


 前世で部長の家にお呼ばれしたことを思い出して、何となく憂鬱になる。

 部長自体は気の小さい優しい人なんだけど、あそこは奥さんがなかなか強烈だったからなぁ。

 あのトラ柄おばさん、まだ元気にしてるだろうか?

 いや、私がララートになってからずいぶん経つから流石に生きてるわけがないか。


「ララート様? ぼんやりしてないで行きますよ」

「はいはい、わかったよー」


 気乗りしないものの、ここまで来て依頼を放り投げてしまうわけにもいかない。

 イルーシャに促され、私は館の前にいる衛兵さんに声を掛けた。

 するとすぐさま、ロマンスグレーの髪をした執事らしき人物が現れる。

 スーツがビシっと決まっていて、凄く仕事ができそうな雰囲気だ。


「ようこそおいでくださいました。私が案内させていただきましょう」

「はーい」


 こうして執事さんに続いて館の中に入ると、すぐに応接室へと着いた。

 大きなテーブルを挟んで二つあるソファのうち、片方に私とイルーシャは並んで腰を下ろす。

 あー、ふっかふか!

 バターリャまでの道中で痛めつけられたお尻が、急速に癒されていくかのようだ。

 こりゃ、人をダメにするソファだなぁ、ちょっとうとうとしてきちゃったよ。


「ララート様? 寝ちゃダメですよ」

「…………いや、寝てないよ?」

「明らかに今、反応が遅れましたよね?」


 じとーっとした目でこちらを見てくるイルーシャ。

 疲れてるんだから、別にそのぐらいいいでしょ。

どうせお偉いさんは、平気でこっちを待たせるんだから……。


「待たせてしまった、すまない」

「あ、こんにちは!」


 思いのほか早くやってきた領主さまに、私はちょっとびっくりしながら返事をした。

 その動揺を知ってか知らずか、領主さまはゆったりと私たちの向かいに腰を下ろす。


「私がこの街の領主のカイゼル・レム・フォワードだ」

「私はエルフの魔導師のララート。で、こっちが弟子のイルーシャだよ」

「……あなたが師匠で、こちらがお弟子さん?」

「そうそう、エルフの歳は見た目によらないから」

「ほう……なるほど」

「イルーシャです! よろしくお願いします!」


 緊張しているのか、ずいぶんと堅い感じのイルーシャ。

 それを見た領主さまは、たちまち笑みを浮かべて言う。


「緊張なさらずとも良い。そうだ、お茶でも飲みますかな? 良い茶葉が入っておりますぞ」

「ぜひ」


 イルーシャがそう言うと、すぐさま執事さんがお茶の準備をしてくれた。

 たちまち、ふんわりと甘く豊かな香りが漂ってくる。

 紅茶の種類はあまり詳しくないが、前世で買ってたティーパックとは明らかに違うね。

 高級品ならではの気品とか風格といったものが感じられる。


「どうぞ」

「ありがとう。……んん、おいしい」

「いいですね!」

 たちまち顔をほころばせる私たち。

 ふわりと鼻を抜けていく香りはかなり強いが、それでいて清涼感があって軽やかだ。

 ハーブか何かが少し含まれているのかもしれない。

 そして紅茶自体も、口当たりがよく滑らか。

 かなり温度が高いはずなのに、不快な熱さを感じないのは少し不思議だ。

 執事さんの温度調整がよほど巧みなのだろう、味自体も甘いがスッキリしていて飲みやすい。


「喜んでもらえて何よりです。この辺りの紅茶は絶品でしょう? 数少ない名産の一つです」

「へえ、この辺りってお茶の栽培をしてるんだ」

「ええ。高地で採れる茶は貴重品でしてな、王都で高く売れるのですぞ」


 そう言えば、前世のダージリンとかもヒマラヤの山麓で採れるんだったっけ。

 この辺りは標高も高くて水も豊かだから、なかなかいい茶葉が出来そうだ。

 街の雰囲気からして、主にこれらは輸出品だろうけど。


「エルフの方も、お茶は嗜むのですか?」

「主にハーブティーを。紅茶はあまり飲まないかも」

「なるほど。エルフの育てるハーブティーは旨そうですな」

「それはもう! 里にいた頃のララート様は、毎日飲んでましたからね」

「ほほう……」


 このまま、領主さまと和やかな歓談に突入した。

 客をもてなすのがうまいのか、エルフの話がなかなか珍しいのか。

 領主さまは私たちの話を興味深そうに聞いてくれる。


「それでは、ララート殿はもともとエルフの里の守り人だったと?」

「そうそう。このイルーシャと一緒に里をずっと守ってたんだ」

「はい! ララート様は歴代の守り人でもすごい方だったんですよ!」

「それがどうしてまた、森を出ることに?」

「えっとそれは……」

「見聞を広げようと思って。森に引きこもってたら、知識も限られちゃうからね」

「なるほど、それはごもっとも」


 ……そろそろ、話を切り替えて本題に入った方がいいな。

 嘘をつくのが苦手なイルーシャが、余計なことを言ってしまいそうだ。

 私は姿勢を正すと、少し前傾姿勢を取って言う。


「そろそろ依頼についてなんですが。アースドラゴンはどこにいるんです?」

「……この山のどこかです。困ったことに、普段は地中に潜っているのですよ」

「つまり、暴れる時だけ外に出てくると」


 それはまた面倒な話である。

 私はやれやれと窓の外に広がる雄大な山々を見た。

 いくらアースドラゴンが大きいと言っても、あの山々のどこかに埋まっているのを見つけ出すなんて現実的ではない。

 暴れて街に近づいてきたところを、迎え撃つしかなさそうだ。


「アースドラゴンが出てくる周期は?」

「だいたい五日か十日に一度、街の近くに現れては歩き回っている」

「歩き回る? それだけですか?」


 ここでイルーシャが、少し驚いたような顔で領主さまに尋ねた。

 すると彼は、たちまち顔を険しくして言う。


「それだけだなんてとんでもない! この辺りの地盤はあまり良くなくてな、巨体で歩き回られるだけであちこち山崩れが起きて大変なのだ。ついこの間も、街道が封鎖されてしまって復旧に五日もかかった」

「あー、この街でそれは厳しいね」


 このバターリャの街は地形的に陸の孤島と言ってもいい場所である。

 そういう場所で街道の断絶は致命的だろう。

 前世の日本でも、災害が起きると山間部の集落が孤立して大変なことになっていたっけ。

 この世界だとヘリコプターで空輸とかもできないから、いっそうまずい。


「もっと深刻なのがドワーフたちの地下王国だ。落盤で大被害を被ったらしい」

「もしかして、さっき街でドワーフと人間が揉めてたのもそのせい?」


 私がそう言うと、領主さまは眉をひそめて渋い顔をした。

 そして少し困ったように言う。


「ああ、そうだ。連中はどうも、アースドラゴンが暴れ出した原因はこの街の人間にあると思っているらしい」

「何か疑われるようなことでもしたの?」

「……実は近頃、この辺りでモンスターの乱獲が起きていてな。ドワーフたちはそれが山の生態系を乱し、アースドラゴンの目覚めを招いたと言っている」

「うーん、無くはない理由だけど……。乱獲の原因は何なの?」

「このほど、魔石の買取価格が上昇していてな。それで一部の商会が冒険者を雇い、

片っ端からモンスターを狩りまくっているのだ」


 なるほどねえ……。

 魔石というのは、モンスターから取り出すことのできる魔力の結晶体である。

 便利な魔道具や一部の武器等に使用されるものだ。

 人間の魔法使いが魔力の底上げに使ったりなんかもする。

 ようは、魔力を蓄えておくバッテリーみたいなものだ。

 ゆえに需要は高く、価格が上がったとなれば乱獲が起きても無理はない。


「それだと、人間が悪いってのもまんざら否定しきれないかもねえ……」

「あくまでドワーフたちの主張を信じるのならばな。それに、街にはドワーフが悪いという者たちもいる」

「え?」

「ドワーフたちは自分たちが製造した武具をこの街へと売りに来るのだがな。最近、その量が大きく増えているのだ。これを根拠に、彼らが無理な鉱山開発をしているのではないかと言う者もいる」

「で、それがアースドラゴンの目覚めに繋がったと」

「そういうことだ」


 これもまた、あり得なくはなさそうな話だ。

 ……まったく、ややこしい事態になったものである。

 これでは、お互いがお互いを悪いと言い合って収集など付くはずがない。


「参ったね。こりゃ、とにかく早くアースドラゴンを倒すしかなさそうだ」

「とは言っても、どこに出るのかわからないと迎え撃つのも難しそうですよ」

「……一度、ドワーフの地下王国へ行ってみるといいかもしれない。直近だと、彼らの国の上にアースドラゴンが現れたそうだ」

「ドワーフの国ねえ……」


 たまらず顔を見合わせる私とイルーシャ。

 長年の遺恨がある彼らが私たちエルフを受け入れることはないのではなかろうか。

 下手をすれば、みんなで石を投げてくるぐらいのことは平気でしそうだ。


「実は我々エルフとドワーフは仲が悪くて……」

「そうなのか? ならば、手土産を付けてやろう」

「手土産? 何ですか?」

「ドワーフへの土産は決まっている。酒と腸詰めだ」

「腸詰め?」


 私は領主さまへ少し食い気味になりながら聞き返した。

 ソーセージは前世で好きだった食べ物の一つである。

 この世界にもないかと探していたのだが、トゥールズの街では売っていなかったのだ。

 鉄板で皮をカリッカリに焼き上げたソーセージって、ほんと美味しいからね!

 ボイルももちろんありだけど、私は断然焼き派だ。

 これは譲れない。


「……ララート殿も腸詰めが好きなのか?」

「とっても!」

「ならば、食べていくかね? そろそろ夕食にしようと思っていた頃なのだ」


 これは何ともありがたい申し出。

 私は一も二もなく、領主さまに深々とお辞儀をするのだった。

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