第36話 王と黄金石

「ごめんなさい……って、王さま? 何でこんなところに?」

「話があると言ったではないか。忘れていたのか?」


 ああ、そう言えば戦いが終わった後に話があるとか言ってたなぁ。

 てっきり、宴が終わった後かと思いきやそうではなかったらしい。


「忘れてないけど、今から? まだ食べてる途中なんだけど」

「そうだ。あまり、人に聞かれたくはない話なのでな。宴に皆が集まっているときの方が都合がよい」

「なるほど。ちょっと待ってて!」


 私はそう言うと、急いで大皿に駆け寄ってステーキを切り分けた。

 そしてそれをパクンと口に放り込み、呑み込む。

 うーん、ステーキはやっぱ飲み物だね!

 ちょっともったいないけど、大きな塊を一息で飲み干した私は改めてそれを実感する。


「……そなた本当にエルフか? ドワーフでもそこまで食い意地の張っている者はおらぬが」

「そんなの人の勝手でしょ。私は単に、お肉が好きなだけだから」

「肉好きのエルフという時点で珍しいと思うのだが……」


 ぶつぶつ言いつつも、王さまはこっちへ来いと私に手招きをした。

 そのまま彼に続いて謁見の間を出ると、廊下を抜けて小さなテラスのような場所へとたどり着く。

 そこはちょうど、ドワーフの地下王国を照らす黄金石の至近にあった。

 夕刻が迫り、黄金石の光は少し衰えていたがそれでも目がくらむような明るさだ。


「これを使え」

「ありがと」


 すかさず、王さまが差しだしてきたサングラスのようなものを着用した。

 王さまも同じようなものを着用していて、何だかワイルドな雰囲気である。

 意外と、髭のある人ってサングラスが似合うんだよね。


「……話というのは他でもない、黄金石についてだ」

「想像はついてたよ」

「先日、そなたは黄金石の制作者がエルフではないかと言っていたな。その予想についてだが……」


 王さまは一拍の間を置いた。

 何とも言えない緊張感が、私と王さまの間を埋める。

 しかしまぁ、私はおおよそ王さまが何を言いたいのか分かっていた。


「合ってたんだね?」

「ああ。国民の手前、肯定することが出来なかったのだ。否定してしまってすまぬな」

「別にそのぐらい気にしてないよ。王さまにも立場があるんだろうし」


 私がそう言うと、王さまはほっとしたように胸を撫でた。

 この人、厳しく見えるけど基本的にはいい人なのだろう。

 私に嘘をついたことに、ちょっと罪悪感を覚えていたようだ。


「黄金石の作成は大戦の後にドワーフ側についたエルフの魔導師が行った。だがその事実を、歴代の王家が長い時間をかけて闇に葬り去ったのだ。これがなぜだかわかるか?」

「……さあ」

「この地下王国の暮らしは、我らにとっても楽なものではなかった。そこで王家は民を団結させるために、何かしらの敵を必要としたのだ」

「……それがエルフだったと」

「そうだ。もともと大戦を終えた後でエルフに対しての反感はあったが、王家はそれを煽ったのだ。そして気が付けば、ドワーフのエルフ嫌いは加速し、黄金石がエルフの手によるものであるという事実も忘れられた」


 共通の敵を作って、国民を結束させたってわけか。

 割と昔の地球とかにもありそうな話だなぁ……。

 しかし、いくら昔に戦ったとはいえ一方的に敵にされたというのはちょっとムカつくな。


「なかなか勝手な話だねえ」

「ああ、それは承知している。だからこそ、改めて謝罪させてほしい。本当に、申し訳なかった」


 姿勢を正し、私に対して深々と頭を下げる王さま。

 小さいとはいえ、一国の王の頭は軽くない。

 私もまた姿勢を正すと、その謝罪を真剣に受け止める。


「頭を上げて。私としては、そんなに気にしていないから」

「受け入れてくれるのか」

「もちろん。でも勘違いしないで、私たちはエルフのはみ出し者、エルフの代表として謝罪を受け入れるわけじゃないよ。そのことは頭に置いておいてね」

「わかった。今回の謝罪は、あくまでそなたたちへの謝罪ということにしておこう」

「うん、そう考えてもらえると助かるよ。それから、黄金石もエルフが作った物だっていずれちゃんと公表してね」

「すぐにとは言えない。だが、いずれ必ず公表すると約束しよう」

「うんうん、三十年以内ぐらいにしてくれればいいよ」


 私がそう言うと、王さまはたまらず吹き出してしまった。

 彼はいやいやと首を横に振る。


「いくら何でも三十年は長すぎだろう!」

「あ、そっか。いやぁ、感覚がエルフだったね」

「……少なくとも数年以内には公表しよう。それから、ひとつ頼みたいことがあるのだが良いか?」

「なに? 面倒なことなら嫌だけど」


 何となく嫌な予感がしたので、私は厄介ごとに巻き込まれるのはごめんだとばかりに顔をしかめた。

 すると王さまは、こちらを安心させるように朗らかな笑みを浮かべて言う。


「大したことではない。黄金石に魔力の補充をお願いできないかと思ってな。もちろん、報酬は十分に用意させてもらおう」

「ああ、そういうこと」

「エルフ殿の魔力であれば、一日もあればあれをいっぱいに出来るのではないか?」


 期待に満ちた目でこちらを見てくる王さま。

 確かに彼の言うとおり、私の魔力をもってすれば黄金石を満たすことは容易だ。

 一日と言わず、小一時間で完了するだろう。


「うーん、可能だけど定期的に補給が必要になるね。いったん魔力が抜けた魔道具はそういうものだから」

「定期的にというと、どのぐらいだ?」

「一年に一回ぐらいかなぁ。でも、年に一回も私はここへ来れないよ」


 この国は結構不便なところにあるからねえ。

 いずれはもっと遠くに旅立つつもりだし、年に一回とはいえ戻ってくるのは大変だ。

 交通機関の整備された日本とは違って、この世界だと遠出には時間がかかるからね。

 帰省のような感覚とはいかない。


「そうなると、誰か他の者に頼むしかないな。だが……」

「ドワーフの魔力じゃ無理だね」


 残念ながら、ドワーフの魔力は私の百分の一もないぐらいだ。

 どこぞの必殺技よろしく、国中のドワーフの魔力を集めたとしても全く足りないだろう。

 現実には、そんな少量の魔力を効率よく集める方法自体が存在しないし。


「領主さまに頼んで、人間の魔法使いを定期的に派遣してもらうしかないね」

「うーむ、人間か……。やつらに頼るのは業腹だが……」

「それにこの国、完全な自給自足ではないんでしょ? 人間に武器を輸出して、いろいろな物を買って成り立ってるんだよね?」

「残念ながらその通りだ。短期間ならば可能だが、長期的には鎖国はできん」

「なら、逆にいい機会じゃない? これを機に人間との関係を深めたら?」


 既に、地下王国の近くに住むバターリャの街の人とドワーフとでは、たびたびもめ事を起こすほど仲が悪いのだ。

 戦争とはならなくとも、このまま放っておけばいずれ深刻な対立を起こすのは目に見えている。

 この機会に、関係改善の策は必要だろう。

 今回のアースドラゴンの一件で、人間への悪感情が強まるのは必須だしね。


「そうだな。これ以上、人間と対立を続けても益はないか」

「そうそう。せっかくだし、年に一回のお祭りみたいにしたら? 人間たちを招いて盛大に宴をすれば、きっと仲良くなれるよ」


 先ほどの祝宴でも痛感したが、基本的にドワーフたちは陽気な酒飲みである。

 年に一回大きなお祭りをして、一緒に騒げば人間との関係も多少は良くなるだろう。

 この世界ではまだアルハラって言葉はないだろうしね!


「……エルフ殿、我らのことを少し単純化していないか?」

「そ、そんなことないよ?」

「まあ良い。しかし、案外いいアイデアかもしれんな。検証してみよう」

「うんうん。じゃあ、最初の一回階だけはサービスしようかな!」


 そう言うと、私は軽く腕まくりをして黄金石に向かって手のひらを突き出した。

 そこから魔力が光となって発散され、黄金石へと飛ぶ。

 たちまち、中に蓄積されていた魔瘴が抵抗するように渦を巻いた。

 最初はひどく不気味に感じたそれだが、正体がわかってしまえば対処は難しくない。

 魔瘴を私の魔力で押し込み、少しずつ外へと追い出していく。

 やがて黄金石の中から、黒い靄のようなものが染み出してきた。


「おぉ、あれが魔瘴か……!」

「うん。大丈夫、気味悪いけど放っておけばすぐに散り散りになるから」


 私がそう言うと、黒い靄はそのまま大気中に溶けていった。

 集まると大変なことになるが、散らしてしまえば大したことないのだ。

 その後も魔力を注ぎ続けると、次第に黄金石の輝きが増していく。


「これだ、この光だ!」


 こうして魔力を注ぎ終えると、黄金石の光は先ほどとは別物になっていた。

 うわー、サングラスをしててもまぶしいぐらいだ!

 私は手で庇を作ると、太陽のような輝きに目を細める。

 一点の曇りもないその発光は、神々しさすら感じさせる。


「すっごい! 本物の太陽みたい……!」

「あれが黄金石本来の輝きなのだ。私も久々に見る」


 私と王さまはしばし、テラスで黄金石を眺めた。

 まるで日向ぼっこのような感覚である。

 そうしていると、石の変化を感じ取ったのだろうか。

 ドワーフたちが次々と竪穴の縁へと出てきて、黄金石を仰ぐ。

 そして――。


「まぶしい……! ララート様、何かやったんですか?」

「そうだよ。今ちょうど、あの黄金石に魔力を注いで魔瘴を取り除いたんだ」

「へえ……。あの石、本当はあんなに気持ちのいい光を出すんですね」

 

 直視しないように視線をそらせながらも、イルーシャはそう言った。

 彼女の言葉に応じるように、後から来たフェルが軽く吠える。

 尻尾を振るその姿は、怒っているというよりは単に興奮しているのだろう。

 そして――。


「なんだか、夜明けって感じがします」

「おー、確かにそんな感じがするね!」


 地底を照らす黄金石。

 その輝きを取り戻した姿にこれから変わっていくであろう地下王国の将来を重ねて、私たちはしみじみと頷くのだった。

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