第28話 手を取り合って

「もちろん、ちゃんと考えてあるよ」


 そう言うと、私は一拍の間を置いた。

 ドワーフの人たちにとっては、なかなか衝撃的なことを言わねばならない。

 基本的にゆるゆるやっている私であるが、流石に緊張という感情がないわけではないのだ。


「……他の種族の魔法使いに魔力を注入してもらう。それしかないね」

「馬鹿な! それでは他種族に我らの弱みを握られてしまう!」

「そうだ! だいたい、神聖な黄金石を他種族に触れさせてたまるか!」


 その場にいたドワーフたちから、次々と反対の声が上がった。

 そりゃそうだ、もともと排他的な種族だしね。

 まして、上手くやらないと彼らが言うように魔力を供給する者に生殺与奪を握られてしまうだろう。


「ドワーフではダメなのですか? わずかながら、魔力を持つ者もいますが……」


 ここで、モードンさんが困ったような顔で尋ねてきた。

 私はすぐにフルフルと首を横に振る。


「それじゃ全然足りないね。下手すると魔力を吸われ過ぎて死んじゃうよ。それに……」

「それに?」

「あの黄金石を作成した魔法使いは、ドワーフと他種族が協力することを理想としていたんじゃないかな」


 一瞬の沈黙。

 皆、私がどうしてそう思ったのか理解に苦しんだらしい。

 やがて王さまが、そんなドワーフたちの疑問を代弁するようにゆっくりと問いかけてくる。


「……なぜそんなことがわかる?」

「あの黄金石、作成したのはエルフだよ。それが後世の人にもわかるように、あえて古代エルフ独特の技法をたっぷり使ってる」

「エルフだと?」


 王さまの眉間に思いっきり皺が寄った。

 モードンさんも、たちまち泡を喰ったような顔をする。


「ありえませんよ。なぜエルフが我々のためにあんな大規模な魔道具を?」

「じゃあ逆に聞くけど、黄金石は誰が作ったことになってるの?」

「……不明です」


 絞り出すような声でモードンさんはそう言った。

 私の言っていることが正しいとうすうす感づいてはいるのだろう。

 掠れた声が彼の弱気を感じさせた。


「考えてもみてよ。大昔にあれだけの魔道具を作る技術なんて、エルフ以外に持ってないよ。恐らくだけど、ドワーフとエルフの戦争が起きた時にドワーフ側に着いたエルフがわずかだけど居たんだと思う」

「……先の大戦に伴う資料は王家が保存しているが、そのような資料は一切ない」


 ここで、王さまが重々しく口を開いた。

 それに合わせるように、貴族たちもまた騒々しく騒ぎ立てる。


「その通りだ、エルフが黄金石を作ったはずがない!」

「そうだ、奴らはドワーフの敵だ!」

「エルフは敵だ!」


 私とイルーシャがエルフであることを忘れたように、シュプレヒコールが上がった。

 ったく、本当にドワーフの人たちはエルフのことが嫌いなんだなぁ……。

 エルフの側もドワーフを嫌ってはいるが、ここまで強烈な敵愾心はたぶんない。

 戦争において勝ったものと負けたものの差であろうか。

 基本的に、先の戦いは魔法を駆使するエルフが優勢だったと聞いているし。


「とにかく、黄金石に他種族を関わらせるわけにはいかん。まして黄金石がエルフの手によるものなどという戯けた説など、検討するに値せぬわ」

「そんなこと言っても、今の状況を続ける限りはモンスターが集まり続けるよ。アースドラゴンだって、またいつ来ることやら」

「ならば、我らの手でモンスターどもを倒し続ければよい。戦士たちよ、できるな?」

「もちろん! たとえアースドラゴンが来ようとも、打ち倒してみせましょうや!」

 

 自信たっぷりにそう言うと、ドワーフの戦士たちは胸をドンと叩いた。

 あっちゃー……本気なの……?

 彼らが弱いとは思わなかったが、それでもドラゴンに勝てるかどうかは非常に疑問だ。

 だいたい、それができるなら領主さまも依頼を出したりしないのではなかろうか。

 そう思っていると、王さまが玉座を立って戦士たちを鼓舞するように言う。


「偉大なる戦士達よ! 我らが宝たる魔剣の使用を許可する! 必ずやモンスターどもからこの国を守護せよ!」

「おおおおっ!!!!」


 天に拳を突き上げ、雄叫びを上げる戦士たち。

 魔剣か……。

 確か、刃に魔法陣を刻むことで様々な効果を付与した武具である。

 ドワーフの匠にはこれを作る技術があるとは聞いていたが、まさかこんなところでお目にかかることになるとは。

 こりゃ、ひょっとするとひょっとするかもしれないなぁ。


「うーん、大丈夫かな」

「そうですね。皆さん、大怪我しないといいんですけど」

「そうじゃなくてさ。ドワーフだけでドラゴンを倒しちゃったら、食べられないじゃん」


 そもそも私がここに来た目的は、美味しいモンスターを食べること。

 そしてその美味しいモンスターとは、アースドラゴンであった。

 私が倒せば自然と食べられたはずだが、もしドワーフたちが倒せばそのお肉は口に入らないかもしれない。


「……この期に及んで、その心配ですか?」

「重要なことだよ、私のモチベーションに関わる!」

「ほんとに、いつでもどんな時でも食い気ですね!」

「食はすべての基本だから」

「格言っぽく言わないでくださいよ!」


 はぁーっと大きなため息をつき、額を手で抑えるイルーシャ。

 私から言わせれば、イルーシャの方こそ目的が分かってないんだけどねえ。

 まあとにかく、ドワーフさんたちが無茶しないように見張ってないと。

 私たちがそう思っていると、王さまがゆっくりとこちらを見て言う。


「さて、変わってそなたたちの処遇であるが」

「んん?」

「王城に乗り込み、さらには不用意な発言によって国を乱した罪は大きい。よって、領主が身柄を引き取りに来るまで禁錮とする」

「はあ? ちょっと待ってよ、ちゃんと解決策は言ったじゃん!」

「使えぬ策は策ではない」

「そんなのあり!?」


 私が戸惑っていると、ドワーフの戦士たちが素早い動きでイルーシャとフェルに武器を突き付ける。

 流石の彼女たちも、想定外のことにとっさに反撃できなかった。


「ラ、ララート様!?」

「わん、わんっ!」

「…………はいはい、大人しくするよ」

「よし、杖を置け」

「何にもしないってば」


 やむなく私は杖を置き、両手を上げた。

 いくら私でも、イルーシャとフェルを人質に取られてしまっては何もできない。

 こうして私たち三人は、城の牢へと入れられることとなったのだった。

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