第21話 黄金石

 通路をひたすら登り続けること数十分。

 初めに通った門の前を通過し、崩落のあった現場を目指して上に進んでいく。

 次第に、ぼんやりとしていた黄金石の光が強くなってきた。

 うわ、ほんとに太陽みたいだなぁ……。

 これだけ光が強いと、上層部に住んでいるドワーフはそれはそれで大変そうだ。


「まぶしいねえ」

「はい。でも、何だかすがすがしい光です」


 降り注ぐ光は、どこか清浄な気配がした。

 どうやら、微かにだが聖なる魔力を帯びているらしい。

 これだけの広範囲に渡って魔力の光を降り注がせるなんて、全くたいしたものである。

 しかしそう思っていると、心なしか黄金石の光が弱くなったような気がした。


「あれ? なんか、暗くなって来てませんか?」

「ほんとだ。大丈夫かな?」

「ああ、黄金石は時間帯によって明るさが変わるんですよ。夜になれば暗くなります」

「へえ……」


 改めて目を凝らしてみると、六角柱をした黄金石の周囲に大きな魔法陣のようなものが刻まれているのが見えた。

 どうやらあれで、石の明るさをコントロールしているらしい。


「でも、なんか暗くなったら感じが変わって来たね」

「感じですか?」

「そうそう。抑えられていたものが出てきたというか、何というか」


 先ほどまでは、聖なる魔力によって抑えられていた黒い澱みのようなもの。

 それが光が弱まることによって、表面ににじみ出てきたような感じだ。

 太陽の黒点とか、あんな感じと言えばわかりやすいだろうか。

 何だかちょっと、嫌な気配だ。


「モードンさん。最近、黄金石に異変とかはなかった?」

「特に聞いたことはありませんね。それより急ぎましょう。すぐに夜になってしまいますよ」


 モードンさんにそう言われて、私たちはやむなく足を速めた。

 やがて、どこからか冷たい風が吹き抜けてくる。

 ……これは、どこかに穴が開いているのだろうか?

 足を止めて周囲を見渡すと、横穴の一つが大規模に崩落してしまっていた。

 元は誰かの住居だったのだろうか?

 家具の残骸らしき木片が散乱していて、事態の悲惨さを物語っている。


「ここが崩落の現場?」

「ええ。この奥が崩れて、地上まで竪穴が出来てしまっています。他にも、この周囲の横穴はほぼ全滅していますね」

「うわ……」

「なんてことでしょう……」


 被害の大きさに、私とイルーシャはともに言葉を失った。

 私たちの里もドラゴンに襲われたが、ギリギリのところで侵入は防いだのでここまでの被害は出ていない。

 そりゃ、ドワーフたちが人間と揉めるわけだ。

 これほどの被害を出したというのに、原因が自分たちにあるなどと言われてはたまったものじゃない。


「他にも、あちこちの住居が崩れてしまって。ひどいもんですよ」

「三分の一とか言ってたもんね」

「ええ、おかげで家を失う者もたくさんも出てしまって。上層は人口が少ないのでどうにか中層で吸収できましたがね」

「この穴の奥には入れる? アースドラゴンの魔力の痕跡とか見たいんだけど」

「それは難しいですね。いろいろもろくなっていますし、最悪の場合はまた崩落が起きてしまいます」

「じゃあ、上から見るしかなさそうだね。地上に出られるようなところって、ないの?」

「城の向こう側奥から抜けられますよ」


 こうしてモードンさんの後に続いて、さらに通路を登っていく。

 やがて目の前に、巨大な二本の柱に挟まれた扉が姿を現した。

 これが、ドワーフたちのお城の入り口だろうか。

 特別頑丈に作られているというだけあって、磨き抜かれた白い柱にはヒビひとつない。


「でか……ここがお城?」

「ええ、我々の自慢です」

「凄いね。これ、柱は天理石でしょ?」


 天理石というのは、鋼よりも堅いとされる貴重な石材である。

 その美しさから神殿や城などの建材に用いられてきたが、その加工には非常に高度な技術が必要だ。


「ええ。この山で見つかった大岩を切り出したものだとか」

「うわー、一枚岩なんだ!」


 これほどの大きさの柱を切り出し、さらに鏡のように磨き上げるなんてすごいなぁ。

 おまけによく見ると、扉の上部には植物を模したような彫刻まで施されている。

 精緻に作り込まれ、瑞々しさすら感じられるそれは何とも高級感があった。


「ここだけで立派な観光名所って感じだねー。ずっと見てられるよ」

「ララート様、急がないと日が暮れちゃいますよ!」

「……おっと、そうだった」


 イルーシャに引っ張られ、再び移動し始める。

 こうして通路を登っていくと、お城から少し進んだところで突き当りとなっていた。

 まだ天井までは距離があるようだが、これ以上は行けないようだ。


「地上へと通じる道はこちらです。どうぞ」


 ここで、壁に設置されていた扉をモードンさんが手で示した。

 普段からよく使われているのか、扉の取っ手は手垢で金色になっていた。


「うわ、長い階段……」

「地上までまだだいぶありますね」


 あともう少しかと思って扉を開けたら、目の前に長い階段が現れた。

 彼方に光が見えるものの、けっこうな距離だ。

 下層からここに至るまで、けっこう上ってきたんだけどなぁ……。

 うぅ、温泉で癒されたはずなのにまた疲れてきちゃったよ。


「フェル~、大きくなってのっけて~」

「ダメですよ、こんな狭い通路じゃ無理です」


 そう言うと、元気に歩き始めるイルーシャ。

 まったく、この子の体力は底なしか?

 あたしゃもう、くたびれたよ。

 こうしてぶつぶつ言いながらも階段を上っていくと、やがて視界が一気に開ける。


「うわー、絶景ですね!」

「こりゃすごい……! 頑張った甲斐があったね!」


 彼方に天高く連なる山々。

 そこから伸びる斜面が次第になだらかになり、山々の間に広い荒野が広がっている。

 私たちが今いるのは、ちょうど高く隆起した尾根と荒野の境界付近であろうか。

 見晴らしがよく、無限に広がる景色が何とも気持ち良い。

 さらに足元にはまばらながらも高山植物が生えていて、ちょっとした花畑の様だ。


「何だか、雲が早いですね!」

「空が近いからだよ。雲って近くで見ると速いんだ」

「へえ……!」


 これほど高い山に登るのは初めてなのだろう。

 イルーシャは手で庇を作りながら、興奮した様子で周囲を散策する。

 やがて彼女は、そこだけ円く地面が落ちくぼんだ場所を見つけた。


「何ですかねこれ? 池の跡?」

「いや、これはたぶん……足跡じゃないかな」


 地面の窪みは、膝を屈めれば人がすっぽりと入れるくらいの大きさはあるだろうか。

 それがずーっと規則的に続いている。

 これは……明らかに何かの足跡だな。

 それも崩れた様子がほとんどないことからして、まだだいぶ新しいようだ。

 ここまで条件が揃えば、うん、間違いないな。


「アースドラゴンの足跡です。やつは山の向こうからやって来て、この辺りで暴れたんですよ」

「これが……。どれどれ……」


 足跡を追っていくと、やがて大きな穴へとたどり着いた。

 ははぁ、これがさっき言っていた竪穴だな?

 さっそく屈みこんで手を当ててみれば、強い魔力の痕跡が感じられる。

 これは、かなり強いモンスターだったようだね。

 これじゃあ、並の人間やドワーフでは手も足も出なかっただろう。

 里に攻め込んできたドラゴンよりは弱そうなのが、不幸中の幸いか。

 ただし……。


「こいつはかなり厄介だね。どんどん強くなっていくタイプっぽい」

「なんですと?」

「こいつの魔力、性質の違うものが無数に混ざり合ってるんだよね。恐らく、食べたものの魔力を吸収できるんだと思う」

「食べれば食べるほど、どんどん強くなっていくってことですか?」

「うん、流石に全部を力に出来るわけではなさそうだし、限度はあるはずだけど……。放っておくと手が付けられなくなる」

「うわぁ、とんでもなくヤバいやつじゃないですか!」


 顔を引き攣らせるイルーシャ。

 モードンさんなど、国の危機を感じたのか小さな身体がさらに縮こまってしまっている。


「なんとしてでも、すぐにアースドラゴンを倒さなくては……!」

「そうだね。幸い、魔力の痕跡がだいぶ残ってるから場所は探れそうだよ。というかこいつ、ここで何か大量の魔力を食べた?」

「この場所で、ですか?」

「うん。何かの魔力が放出されたような跡がある」


 私がそういうと、モードンさんの表情が明らかに変わった。

 何か、思い当たる節がありそうである。

 すかさず私たちは彼との距離を詰める。


「……何かあったの? ねえ、隠し事はよそうよ」

「いや、それは……」

「素直に答えてください。隠し事をするとお互いのために……」


 私の跡に続けて、つっめ寄っていくイルーシャ。

だがその言葉を遮るように、地鳴りのような音が聞こえてきた。

 これはいったい……?

 すぐさま音がした方を見ると、白い毛並みをしたゴリラのようなモンスターの姿が見えた。

 腕の筋肉が異常に発達していて、気持ち悪いぐらいの逆三角形である。

 あの丸太のような腕なら、岩ぐらい軽く殴り壊せそうだ。

 しかも、数が多い。

 稜線の向こうから次々と姿を現すゴリラは、軽く二十頭や三十頭はいる。


「まずい! ビッグアームだ! 逃げましょう!」

「いったん退くよ!」


 私たちは慌てて抜け道の近くまで撤退した。

 しかし、ビッグアームはまっすぐにこちらへと接近してくる。

 まるで何かに導かれているかのようだ。

 あいつら、ひょっとして人を喰うタイプのモンスターなのか?


「早く! 中へ逃げましょう!」

「ダメ、こいつら中まで追いかけてくるよ!」

「じゃあどうするんですか!」

「ここで迎え撃つしかない!」


 やむなく、私は戦いを宣言した。

 イルーシャとフェルもそれに同意し、こうして予期せぬ遭遇戦が始まるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る