第3話 旅立ち
「まさか、本当に追放されるとは」
広場での事件から数日後。
里を追放された私は、入り口の門を見上げてため息をついた。
イルーシャや他の戦士たちが、私の追放に対して強く反対してくれたそうなのだが……。
里の禁忌を破った罪は重く、処分の取消にまでは至らなかったのだ。
代わりに、いくばくかの猶予期間が与えられ家財一式の持ち出しとフェルの同行が認められた。
とりあえず、すぐに路頭に迷うことはないだろう。
フェルという旅の道連れが認められたのも、何とも心強い。
「まー、たぶん何とかなるでしょ」
エルフって何だかんだ生命力の強い種族だしね。
燃費もいいから、最悪、その辺の木の実を食べていれば死なないまである。
私の場合、魔法を使えるから獣に襲われたって平気だし。
いやむしろ、獣を狩ってお肉を食べればいいのかな。
どうせ里を追放されちゃったんだし、これはむしろチャンスかもしれない。
「イルーシャは大丈夫かな? まあ平気だと思うけど」
「当然です」
「げっ!?」
イルーシャの心配をしてボヤくと、後ろから返事がした。
振り返れば、あろうことか大きなリュックを背負ったイルーシャが立っている。
旅支度を整えた彼女は、私についてくる気満々のようだ。
「ど、どうしたのその恰好! まさか……」
「ついていかせてもらいます」
「いやでも、追放された私についてくるのは何かとまずいんじゃ……」
私が渋い顔をすると、イルーシャは何やらムスッとした顔をした。
そして黙ってこちらに詰め寄ってくると、私の顔をじいっと見つめてくる。
「では聞きますが、ララート様。あなたはお一人で生活できますか?」
「え? そりゃもちろんできると思うけど」
「そうでしょうか? 最近のララート様を見ていると、とてもそうは思えません」
私の服の襟元をビシッと指差して告げるイルーシャ。
驚いて視線を下げると、襟元が崩れてへにょっとしてしまっていた。
しまった、洗った後に畳むのサボったせいか!
よく見れば、そこだけでなく服全体に細かく皺が出来てしまっている。
「服は畳まない、手洗いはサボる、おうちの掃除は見えるところだけ!」
「うぐっ!」
「あと、フェルのブラッシングもサボってますよね! こんなにごわごわになっちゃって!」
「わんわん!!」
ララートに同調し、私に抗議するかのように吠えるフェル。
真っ白でふわふわだった毛並みが、いつの間にか茶色くなりそこかしこに毛玉が出来ていた。
しまった、後でやればいいと思って先延ばしにして忘れちゃってたな……。
ブラッシングって意外と時間がかかるから、めんどくさいんだよね。
「あはは……申し訳ない」
「もう、しっかりしてください! こんなことじゃ、旅先でフェルが病気になっちゃいます!」
「大丈夫、どうにかするから。たぶん」
「たぶんってなんですか!」
声を大にして起こるイルーシャ。
これではもう、どちらが師匠でどちらが弟子なのか分からない。
たまらずシュンとしてしまう私に、さらにイルーシャは畳みかけるように言う。
「とにかく、これでは弟子として安心して送り出せません。だからついていきます、いいですね?」
「…………はい」
「よろしい。…………しかし、ほんとにどうしちゃったんですか? 前は家事も完璧だったのに」
「人は便利さを知ると……いや、思い出すと堕落しちゃうんだよ」
イルーシャの追及に、私は申し訳なさそうな顔をしつつもそう言い訳した。
どれもこれも、現代日本の便利さが良くないのである。
ドラム式洗濯機とロボット掃除機は人類を堕落させてしまうんだ……。
あと、たまに実家から来てくれるお母さん。
あれについつい甘えちゃうんだよねえ。
「何を言ってるんだか。それより、これからどこへ向かいますか?」
ぶつぶつとつぶやく私を見ながら、イルーシャはリュックから大きな地図を取り出した。
この森を基準として描かれた古い大陸の地図である。
うーん、そうだなぁ……。
「まずは、森を出たところにあるサリバーヌ王国へ行こうか。後のことは向こうに着いたら考えよう」
「おお、人間の国ですね!」
「うん。というか、大陸のほとんどの国は人間の国だよ」
「よーし、フェル! 大きくなって私たちを乗せて!」
そう言ってイルーシャに背中を叩かれたフェルは、みるみるうちに身体を巨大化させた。
そして馬ほどの大きさになったところで、乗れとばかりに背を低くする。
「わうっ!」
「じゃあ行こうか。どっこいしょっと!」
どうにかフェルの背に乗ると、 すぐさまイルーシャにも乗るように促した。
そして足で軽くお腹を叩いて合図をする。
「わうぅ!!」
たちまちフェルは元気よく吠えて、勢いよく地面を蹴った。
みるみるうちに景色が加速し、さわやかな風が頬を撫でた。
流石は精霊獣、馬なんて目じゃないぐらいの速さだ。
「このまま一気に森を抜けるよ!」
「はい!」
こうして私たち二人と一匹の旅がいま始まったのだった。
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