第2話 食べちゃいました!
「里の平和が守られたのは、えー、戦った皆の献身と守り人たるララートの活躍のおかげであり……」
エルフの里の中心にある広場にて。
小さな木の壇の上に登った長老が、宴を始めるにあたっての挨拶を長々としていた。
役職に長とつく人物の話は、どうしてこうも長いのか。
先ほどから何度も何度も、同じようなことばかり繰り返しているし。
「……長いなぁ。校長みたい」
「何ですか、コーチョーって」
ぶつぶつと愚痴をこぼす私の口を、イルーシャがそっと塞いだ。
その視線に押されて、私は仕方なく黙る。
まあ、あと少しの辛抱だ。
長老様のお話さえ終われば、たくさんのご馳走が私を待っている……!
「では、皆の者! 乾杯!」
「かんぱーい!」
景気のいい声とともに、木で出来たジョッキが高々と掲げられる。
中に入っているのはエルフの里特産のぶどうジュースだ。
お酒を飲もうとしたら、小さいからダメって止められたんだよね。
みんな私の歳は分かってるくせに!
「さあ、どんどん食べておくれ! 今日のサラダは新作だよ!」
「うわー! 楽しみ!」
「よっしゃ、食うぞー!」
山盛りのサラダを運んでくるおばさん。
さらにその後に続いて、次々と焼き野菜や煮込み野菜といった大量の野菜料理が運ばれてくる。
いずれもとてもおいしそうだけど……んん?
「あれ、お肉とかはないの?」
「お、お肉!? なんて恐ろしいことを!」
私が質問をすると、イルーシャはたちまち血相を変えた。
そう言えば……エルフの里って肉食が禁止だったっけ。
里を守る大樹様の教えでどうとかこうとか。
やばい、当たり前すぎてすっかり忘れていたじゃないか!
里を挙げての宴会となれば、たっぷりお肉が食べられると思ってたのに!
「そ、そうだよね……! あー、うん……!」
ドン引きしているイルーシャに、どうにか返事をする私。
しかし、心の中はもうぐっちゃぐちゃだ。
前世の私はいわゆる肉食女子。
給料日に行きつけの焼肉屋さんで肉を食べ、ビールを飲むことを至上の喜びとしていた。
社畜生活の後のお肉とビールほど身体に染みるものはないからね!
ああ、カルビの脂をキンキンのビールで洗い流すあの爽快感よ……!
何物にも代えがたい、まさに至福の瞬間!
あれがもう二度と味わうことが出来ないなんて!
うぅ、せっかく超絶ハイスペックな私に生まれ変わったのに何ってことだよ!
あー、お肉食べたい! ジューシーな骨付き肉にかぶりつきたい!
ビール飲みたい! キンキンに冷えたやつを決めたい!
我慢してるだけで、口からよだれがこぼれ始める。
お野菜だって嫌いじゃないよ、むしろ好きだよ。
でも、お野菜だけってのは違うんだよ!
「ラ、ララート様? 大丈夫ですか?」
「な、何とかね。あはは……」
苦笑いをしながら、少しでも身体を誤魔化すべくサラダを口に運ぶ。
レタスに似た葉物野菜を、パクっと頬張った。
すると――。
「むむむっ!?」
サラダに掛けられているのは、もしかしてゴマの油であろうか。
それに塩分が加えられていて、何とも香ばしく食欲をそそる仕上がりである。
後は海苔でも入っていると、理想的だろうか。
……ってこれ、私が行きつけにしていた焼肉屋さんのサラダにそっくりだな。
味の方向性がどことなく某有名焼肉店のサラダにも似ている気がする。
……だ、ダメだ!
意識しないようにしていたのに、つい思考が焼肉の方へと向かってしまう。
参ったな、この調子だとそのうち我慢しきれなりそうだ。
いっそ、こっそり森に狩りにでも行こうかな?
でも、基本的にエルフって引きこもりだから里の外に出るだけでも目立つんだよなぁ。
森で狩りなんてしてるのがバレたら、とんでもないことになるのは目に見えてる。
森の獣の命を奪うのは、エルフ的にだいぶヤバいからね。
「…………まずい、考え過ぎて匂いまでしてきた!」
お肉の焼けたいい匂いが、ほんのりと漂ってくるような気がした。
いい具合に焼けた脂の香りに、飢えた本能が騒ぎ出す。
なんて、なんてリアルな幻覚なんだ……!
自分の想像力の逞しさに、我ながらちょっと呆れてしまう。
食い意地の張っている方だとは思っているが、乙女としてこれは……。
そう思っていると、近くに座っていたイルーシャがおやっと周囲を見渡す。
「何ですかね、この匂い」
「あ、実際に匂ってきてたんだ」
「んん? 何を言ってるんですか?」
「何でもない、こっちの話」
どうやら、本当に肉の焼けた匂いがしているらしい。
でも、一体どこからそんな匂いがしているのだろう?
この宴では肉料理なんて間違っても出されるはずはない。
あってせいぜい焼きキノコぐらいだけど、明らかにこの匂いはお肉だよなぁ……。
前世では焼肉奉行と呼ばれたこの私が、間違えるはずもない。
不思議に思っていると、村の男たちが何やら巨大なものを台車に載せて広場へと運び込んでくる。
あれは……まさか……!
「ドラゴン……?」
「皆の者、よく見るがよい! これがこの度、里を襲ったドラゴンの首じゃ!」
長老の言葉に合わせるように、ざわめくエルフたち。
そう言えば、ドラゴンが里を襲った時に避難していた人も多かったっけ。
そういう人たちは、このドラゴンを見るのはこれが初めてなのだろう。
大人を軽く丸呑みに出来る大きさの頭を見て、皆、驚きを隠しきれない。
中にはあまりの迫力にひぃっと小さく悲鳴を上げる人までいた。
「さ、ララートよ! こっちへくるがよい」
「はい」
長老の手招きを受けて、私はドラゴンの頭の傍へと移動した。
わざわざこれを持ってこさせたのは、皆に私の功績をアピールする狙いがあるようだ。
亀の甲より年の劫というべきか。
長老様って、何だかんだこういうパフォーマンスが好きで上手なんだよなぁ。
「ララート様、ばんざーい!」
そこかしこから、私を讃える声が聞こえてくる。
ずいぶんと大袈裟な気がしたが、褒められて悪い気はしなかった。
「……んん?」
こうして私がドラゴンの頭の隣に立ち、話を始めようとした時であった。
ほのかに香ばしい匂いが鼻をつき、ガツンと食欲中枢を揺さぶってくる。
これはもしかして……!
さっきから漂ってきた肉の匂いは、この頭からしていたのか!
よく見れば、紅い鱗が程よく焦げて何とも艶めかしい。
そして鱗の剥がれた箇所からは、ふんわりと焼き上がったお肉が覗いていた。
そうか、鱗に包まれていたおかげで美味い具合に蒸し焼きになったのか!
表面にはうっすらと脂が滲んでいて、そのジューシーなおいしさを嫌と言うほど訴えてくる。
――絶対に美味しいから食べて!
骸となったはずのドラゴンの口から、とうとうそんな声まで聞こえてきた。
そうだ、食べなくては!
この偉大なるドラゴンにとどめを刺したものとして、その肉を喰らう義務が私にはある!
「……どうした? さっきから黙ってそっちばかり見て。何か気になることでもあるのか?」
「いた……」
「んん? なんじゃ?」
「いただきます!!」
もう、我慢できない!!
私はドラゴンの鱗を勢いよく剥がすと、露わになった肉にかぶりついた。
「んんんっ!!」
口いっぱいに溢れ出す肉汁!
濃厚な旨味をたっぷりと含んだそれは、立派なドラゴンの肉に相応しくまさに超ヘビー級。
旨味が濃すぎて、舌が重いと錯覚してしまう。
まるで美味しさの暴力に叩きのめされるかのようだ。
そして肉質は程よく締まっていて、野性味を感じさせる硬めの歯ごたえ。
しかし、安い肉にありがちなゴムのような食感ではない。
噛めば噛むほどに旨味が滲み、繊維がほぐれるような心地よさがある。
「ああ、うまい……うますぎる……!」
やがて惜しむように肉を呑み込んだ私は、眼に涙を浮かべながら思わずそう叫んだ。
飢えと渇きに苦しむ身体が、ようやく心の底から満たされた感じがした。
恍惚とした幸福感。
そのまま天を仰ぎ、この地に生まれてきたことを感謝する。
だがここで――。
「お、おぬし……いま何をした?」
とろけた脳に響く、長老様の重々しい声。
ふと我に返って周囲を見渡すと、広場に集まっていたエルフたちは全員が言葉を失っていた。
イルーシャに至っては、私を見ながら口をパクパクとさせて過呼吸のように見える。
しまった、完全にやってしまった……!
ここでようやく、私は我に返ることが出来た。
いやーいけないいけない、ついついお肉への欲望に負けてしまった。
悪気はなかったんだ、いやほんとに……。
「ご、ごめんね……?」
私はとっさに笑って誤魔化そうとしたが、時すでに遅し。
みんなの視線は冷たいままで、やがて――。
「つ、追放じゃあああああ!!!!」
長老様の悲鳴じみた叫びが、広場に響くのだった。
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