第5話 冒険者
「ええっとつまり、この国では無許可で魔法を使ってはならないと?」
「この国ではというより、ほとんどの国では魔法を使うのに許可がいるな」
詰所に設けられた取調室のようなスペース。
そこで私は、衛兵さんから自分が何をやらかしたかについて説明を受けていた。
何でも、この国では登録された魔法使いか冒険者しか魔法を使ってはならないらしい。
それ以外の人間が魔法を使うと、無許可での魔法使用ということで処罰の対象になるとか。
「それで、どのぐらいの罪になるんですか? 罰金とか?」
「そうだな……。最大で禁錮一年ってとこだな」
「げっ、禁錮一年!?」
「ああ。別にエルフなら、そのぐらい転寝してたぐらいの感覚だろう?」
「いやいやいや! 禁錮刑はちょっと!」
いかに時間感覚の緩いエルフとはいえ、禁錮一年なんて溜まったもんじゃない。
そんなに長いことイルーシャたちを待たせるわけにもいかないし。
私がブンブンと首を横に振って拒否すると、衛兵さんは破顔一笑する。
「なに、それはあくまで悪質な場合だ。君、森を出たばかりで人間社会のルールを知らなかったんだろう?」
「ええ、まあ」
「そういう事情なら、初犯だし罰金を払ってもらえば十分だ。スリの逮捕にも協力してもらってるしな」
「ありがとう!」
こうして私はもう二度と無許可で魔法を使用しないという念書を書き、銀貨一枚を支払って詰所から解放された。
この国の法が比較的緩いみたいで助かったよ。
追放に当たって、村長さんが渡してくれた通行手形の威力もあったのかもしれないけど。
あれのおかげで、私が森を出たばかりのエルフだと証明できて話がとてもスムーズだった。
「良かった、釈放されたんですね!」
「わんわん!」
詰所の前の通りに出たところで、さっそくイルーシャとフェルが駆け寄ってきた。
どうやら、私のことを心配してずっと待ってくれていたらしい。
「いやぁ、えらい目に遭ったよ。人間の国じゃ、魔法を使うのに資格がいるみたい」
「そうなんですか? なら、私も気を付けなきゃですね」
「うん。でも、このままじゃ不便だから冒険者になろうかなって。ギルドに登録した冒険者なら魔法を使っていいんだって」
「へえ、冒険者ですか」
冒険者という単語を聞いて、イルーシャの顔がほころんだ。
そう言えば、英雄たちの冒険を題材にした本がエルフの里にも置いてあったっけ。
イルーシャも何だかんだ、そういう冒険譚は好きらしい。
しっかりしているように見えて、意外と子どもっぽいところもあるんだよなぁ。
「冒険者になれば路銀も稼げるしね。里から持ち出せたお金も少なかったし」
「あー、お金なんて普段は使わないですもんね」
「そうそう。でも、人間の国じゃ必須だから」
「人間ってほんとお金大好きですからね。あんなピカピカしただけの物の何がいいんだか」
こうして、イルーシャと軽く話をしながら歩くこと数分。
通りの先に剣のマークを掲げた二階建ての大きな建物が見えてきた。
どうやらあれが、冒険者ギルドらしい。
なかなか繁盛しているらしく、冒険者らしき人たちが盛んに出入りをしていた。
「おー、雰囲気あるねえ」
「これがギルドですか。なんか食堂みたいです」
「どっちかというと酒場かな?」
西部劇でよく見る感じのウェスタンドア。
それを開けてギルドの中に入ると、そこには広々とした空間が広がっていた。
テーブルの並べられた飲食スペースにカウンター、そして依頼書の張られた大きな掲示板。
どこも活気に満ち満ちていて、冒険者たちの熱気が肌で感じられる。
「こんにちは! 依頼の相談ですか?ですか?」
私とイルーシャが周囲を見渡していると、カウンターにいた受付嬢さんが気さくな様子で話しかけてきた。
私たちは彼女に促されるまま、ちょこんとカウンターの前の椅子に腰かける。
「登録でお願いします」
私がそういうと、受付嬢さんは慣れた様子で手続きを始めた。
すぐさま記入用紙と筆記具が一式だけ手渡される。
「あ、私も登録するんだけど」
「え、そうなんですか?」
「私たちエルフだから。私の方が、この子よりむしろ年上だよ」
「これは失礼しました。でも、エルフの方なんて珍しいですね!」
「ほら、耳が長いでしょう?」
イルーシャは髪を掻き上げると、エルフの特徴である長耳を誇らしげに見せた。
たちまち、受付嬢は驚いたように目を開く。
「わ、立派な長耳! 初めて見ました!」
「基本的にエルフは外に出ませんからね」
「それがどうしてこの国へ? 何か特別な理由でも?」
「……り、理由ですか? ええっと……世界の平和を守るため?」
突然のことに驚いたのか、すっとぼけた回答をするイルーシャ。
追放されたなんて言えないからって、それはちょっとないだろう。
私は彼女に軽くひじを入れると、笑って誤魔化す。
「ははは、この子は冗談が下手で。ここへ来たのは観光のようなものよ」
「なるほど、そうだったんですか」
「それでうっかりスリにあって魔法を使ったら、衛兵さんにつかまっちゃって」
「あはは、災難でしたね。このあたりってにぎやかなんですけど、そのぶん治安はあんまりよくないんですよ」
世間話をしながら必要事項の記入を済ませ、書類を手渡す。
すると受付嬢さんの表情がにわかに険しくなった。
彼女は私とイルーシャを何度も値踏みするような眼で見ると、ゆっくりと尋ねてくる。
「ララートさんが炎の竜級魔法まで使用可能。イルーシャさんが風の上級魔法まで使用可能ということでよろしいですか?」
「何か問題でもあるの?」
「いえ、その……。竜級というのはにわかには信じがたく。上級でもほとんど見たことないぐらいで」
竜級、精霊級というのは魔法の階位のことである。
この世界の魔法は難易度や威力によって階位が分けられていて、上から順に神級、竜級、精霊級、上級、中級、初級となっている。
エルフの里では精霊級魔法が使えると一人前の魔導師と見なされるが、やはりと言うべきか、人間社会とは基準が異なるらしい。
守り人としてはまだまだ修行中のイルーシャも、ここではすでに立派な大魔導師のようだ。
私に至っては、どうも実在すら怪しい範囲と思われている。
「なっ! 私たちを疑っているんですか!?」
「はっきり言ってしまえば……。たまに、嘘の技能を書いて難易度の高い依頼を受けようとする方もいるので」
「私たちエルフは人間とは違います ! 嘘なんてつきません!」
「そう言われましても、エルフの方と会うのは今回が初めてですし」
……なるほど、ごもっとも。
これまでエルフと会ったことのない人に、エルフの性質を主張したところで信用されるわけがない。
それに、善良なものが多いのは確かだがエルフだって絶対に嘘を付けないという訳じゃないしね。
イルーシャはいささかエルフを過大評価しすぎている。
「とにかく、嘘なんてついていません! 信じてください!」
「いえ、ですから……」
「あの、これでどう?」
押し問答をする受付嬢さんとイルーシャ。
その間に割って入ると、私はカバンから取り出した鱗を受付嬢さんに手渡した。
里を襲ったあの紅いドラゴンの逆鱗である。
強大な魔力を秘めたそれは、見る人が見れば一瞬でとんでもない代物だとわかる。
数百年生きてきたエルフの大魔導師である私でさえ、ほとんど持っていない貴重な素材だ。
たぶん、売れば家を買えるぐらいの値はつくんじゃないかな。
「私が倒したドラゴンの鱗だよ。そうそう売ってるようなものでもないはずだし、証明になるんじゃない?」
「こ、これは……確認させていただいても?」
「もちろん、そのために出したんだから」
「しょ、少々お待ちください! これほどの品となりますと、私では確認が出来ませんので!」
「いいよいいよ。ゆっくりしてるから」
受付嬢さんは慌てた様子でカウンターの奥にある部屋へと入っていった。
やれやれ、これで何とか無事に登録できそうだなぁ。
私はほっと胸を撫で下ろすのだった。
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