第10話 決着

「……仕方ねえな。はああああっ!!」


 剣を抜き放ち、一気に切り込むボーズさん。

 その動きにもう迷いはない。


「前座は私たちが受け持つよ!」

「はい!」


 火と風を同時に放ち、エルダーフロッグの群れを牽制する。

 そうして切り開かれた道を、ボーズさんが一気に駆け抜けた。

 すると巨大エルダーフロッグは、その前脚を地面に叩きつける。


 ――ザバァッ!!


 沼地の泥が、さながら巨大な津波のように襲い掛かってきた。

 しかし、ボーズさんは怯まない。

 彼は迫りくる泥の壁をあろうことか、真っ二つに斬ってしまった。


「らあああっ!」

「ゲエエエエッ!」


 気勢とともに、巨大な腹の下へと滑り込んだボーズさん。

 彼はエルダーフロッグの巨大な顎に向かって、下から上へと剣を突き立てる。


 ――ズヌリ。


 切っ先が粘膜ごと分厚い皮膚を貫いた。

 刹那、頭が割れてしまいそうなほどの叫びが轟く。

 痛みに任せ、赤子のように暴れ回るエルダーフロッグ。

しかし、驚いたことにやつは致命的なダメージは受けていなかった。

 冒険者を咥えたまま元気よく暴れ続け、そのままボーズさんを押しつぶそうとする。

 なるほど、外皮が厄介だと言うだけのことはある。

 かなり深く斬りつけたのに、傷口が粘膜で塞がれていて血がほとんど出ていない。


「ちっ!」


 たまらず舌打ちをするボーズさん。

 しかし、ある程度は予想していたのだろう。

 彼は距離を取って体勢を立て直すと、再びエルダーフロッグに切りかかっていく。

 ――これが、一流の剣士の戦い方か。

 相手の動きを学習しているのか、どんどんと剣閃に無駄が無くなっていく。

 だが、あと一歩のところで敵の防御を破れない。


「フェル、行きますよ!」

「わん!」


 すかさずイルーシャがフェルとともに援護に向かった。

 しかし、やはり人質がいる環境下ではなかなか思うように魔法を使えない。

 どうやらこのハズレ個体、通常個体と違って魔法にもしっかり耐性があるらしい。

 精密さを重視して威力をセーブした魔法では、ほとんど通用しないようだ。

 その間にも取り巻きたちが次々と攻撃してくる。

 これを躱すだけでも一苦労だ。

 あと一手、防御を抜く方法があれば……。


「そうだ! ボーズさん、塩を使ってみて!」

「塩!?」

「粘膜には塩だよ! それでぬめりとか取れるから!」

「料理の話かよ! だが、試すしかねえな!」


 他に手はないと判断したのだろう。

 ボーズさんは地面に置いたカバンに近づくと、その中から素早く塩の入った瓶を抜き取った。


「はあああああっ!!」


 再び、ボーズさんは鬨の声を上げながらエルダーフロッグへと切りかかった。

 これまでの消耗具合からして、まさに乾坤一擲。

 これが躱されたら、次のチャンスはないだろう。

 私はすぐさま、炎を放って取り巻きの邪魔を阻止する。

 雑魚どもに邪魔なんてさせないよ!


「いっけえ! そのまま!」

「おう!」


 私の声に応じて、さらに加速するボーズさん。

 ――このままでは斬られる。

 そう直感したらしい巨大エルダーフロッグは、ここでとうとう口を開いた。

 ここに及んでは肉壁を抱えているよりも、舌で迎え撃った方が有効だと判断したようだ。

 たちまち人質だった冒険者が放り投げられ、赤黒い肉の塊が鞭のように振るわれる。


 ――バシンッ!


 舌の先端が音を超え、風が唸った。

 その瞬間、ボーズさんは手にした瓶を思い切り振り抜く。


 ――ザバッ!!


 白い粉が豪快に飛び散り、エルダーフロッグにかかった。

 直後、ボーズさんは瓶を捨てて剣を構える。

 閃く剣光、描き出される軌跡。

 ボーズさんは最小限の動きで舌を躱すと、すれ違いざまに斬った。

 ボーズさんの剣技が達人の域へと達した瞬間だった。

 血が噴き上がる。

 先ほどと違って、粘膜によって傷口が塞がれることはなかった。

 塩が効果を発揮したのか、それとも舌だったのが良かったのか。

 考える暇もなく、ボーズさんが今度はエルダーフロッグの腹を切り裂く。


「くたばれえええっ!!」


 白く柔らかな腹が二つに割れた。

 即座に皮膚が蠢き、粘膜が傷口を塞ごうとする。

 しかし、塞がらない。

 激しく血を噴き出しながら、エルダーフロッグは無茶苦茶に身体を振り回す。

 怪獣さながらの巨体が地面を揺らし、悲鳴にすらなっていない音が大気を震わせる。


「おっと!?」

「危ないっ!」


 いよいよ息絶えるというところで、エルダーフロッグは最後の力を振り絞って跳躍した。

 その動きに、力を使い果たしたらしいボーズさんは対応しきれない。

 ……しかし甘いね、カエルくん。

 君を守ってくれた肉壁は、もう無いんだよ?


「炎よ!」


 刹那に放たれた炎。

 それは瞬く間にエルダーフロッグの白い腹へと吸い込まれると、燃え広がって身体を包み込んだ。

 全身が不燃性の粘膜に覆われていることなど、まったくお構いなしである。

 ――ちょっと魔力を込め過ぎたかな?

 ドラゴンと取っ組み合いが出来そうなほどの巨体といえども、所詮はカエル。

 時にドラゴンをも焼く私の炎を喰らってはひとたまりもない。

 丸焦げになって、そのまま地面に叩きつけられる。。


「助かった。というか、あんたが最初から手を出せば一瞬だったんじゃないか?」

「ダメダメ、あんなの使ったら人質が死んじゃうよ」

「おっと、それもそうだったな」


 そういうと、ボーズさんはゆっくりと後ろを振り返った。

 そこには既に、イルーシャによって先ほどまでエルダーフロッグに咥えられていた冒険者たちが寝かされていた。

 特に外傷はないが、意識を失ってしまっているようだ。


「大丈夫そう?」

「ええ、軽い脳震盪だと思います」

「良かった」


 冒険者たちの様子を確認したイルーシャの言葉を聞いて、私はほっと胸をなでおろした。

 戦闘中、かなり激しく振り回されていたので少し心配していたのである。


「念のために、ポーションを飲ませておきました。一時間もすれば目覚めるかと」

「……守れたんだな、今回は」


 どこかやり切ったような顔でつぶやくボーズさん。

 私はそんな彼の肩を、ポンポンと叩いてやる。


「そうだよ、お疲れ様」

「とは言ってもなぁ。あいつらはもう戻ってこねえ。何だかなぁ……」


 敵を倒して晴れやかな気分に……とはなかなかいかないようで。

 ボーズさんは何とも言えない顔をすると、ふうっとため息をついた。

 その吐息からは、彼の深い後悔の念がはっきりと感じられる。

 人間、過去ばかり見てはいけないとは言うものの。

 早々スッキリ過去と決別できることばかりではないのだろう。


「昔のことをいつまでも悔いてても仕方ないよ」

「そうですよ。過去のことなんて考えてたら、それだけで日が暮れてしまいます」

「エルフがそれを言うと説得力が違うな。まあ、考えていても仕方ないわなぁ」


 やりきれない思いを残しつつも、ボーズさんはいったんそれらを呑み込んだ。

 ま、気持ちの整理って案外時間がかかるからね。

 私はひとまずそこに触れるのを辞めると、気分を切り替えるべくいう。


「ところでささ。このエルダーフロッグって……」


 改めて吹っ飛ばされたエルダーフロッグに近づくと、その全身を見定める。

 うーん、あくまで直感的なものなのだけど……。


「こいつ、なんか美味しそうな気がする!」


 私はそう、ゆっくりと呟くのだった。

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