ぐうたらエルフののんびり異世界紀行 ~もふもふと行く異世界食べ歩き~

kimimaro

プロローグ 気高きエルフの守り人

 遥かなる辺境、人知の及ばぬ大森林の奥深く。

 母なる大樹の膝元にエルフたちの住まう隠れ里がある。

 神秘の結界に守られ、穏やかに時を紡いできたこの里が猛火に包まれようとしていた。


「グオアアアアッ!!」


 雄叫びを上げ、炎を吐き出す巨竜。

 魔力を孕んだ紅炎はたちまち森を焼き、瞬く間に炭と化した巨木が倒れていく。

 その姿はさながら絶望の化身。

 里を守るべくエルフたちも必死で矢を放つが、そのことごとくが鱗に弾き返される。


「ありえん、なんだあの硬さは!」

「まさか、風の加護が通じていないのか?」

「いや、そんなはずは……」


 鱗の薄い腹を狙い、正確無比に放たれた矢。

 特別な黒曜石を鏃に使い、風の加護を受けたそれは鉄板程度ならば難なく貫く威力がある。

 これまでも多くの獣たちから里を守ってきた矢が全く通用しないのは、エルフたちにとっては想定外であった。


「グアァ?」

「いかん、逃げろ!!」


 エルフたちの方へと振り返ると、巨竜は不機嫌そうに鼻を鳴らした。

 巨大な顎が開かれ、再び炎を吐き出さんと息を吸う。

 ――面倒な蠅がいる。

 その仕草はどこか気だるく、エルフたちを敵とすら認識していないようであった。

 が、一方のエルフは必死だ。

 懸命に炎から逃れようと散り散りになって走るが、いかんせん、森は足場が悪い。

 ぬかるみに足を取られ、一人のエルフが転んでしまった。


「いやあああぁっ!!」


 迫りくる死の気配。

 エルフはたまらず絶叫するが、無慈悲なる巨竜は容赦なく炎を吐き出した。

 だが次の瞬間――。


「はあああぁっ!!」


 巨竜の吐き出した紅い炎。

 それをどこからともなく放たれた蒼い炎が押し返した。

 熱量で勝る蒼い炎はそのまま巨竜の身体にまで達し、その巨体をわずかに退かせる。


「ララート様!!」


 やがて白いローブを揺らしながら、若いエルフの魔導師が巨竜の前に悠々と姿を現した。

 その姿を見たエルフたちはたちまち歓喜の声を上げる。

 里の守り手にして、エルフの紡いできた悠久の歴史の中でも屈指の大魔導師。

 “終炎”のララートの登場である。


「イルーシャ、急いでその子を避難させて。あとは私がやる」

「はい!」


 ララートの指示を受けて、白い獣に乗ったエルフの魔導師イルーシャが逃げ遅れていた少女を回収した。

 こうして周囲の安全が確保されたところで、ララートは改めて巨竜の眼を見据える。


「大いなる竜よ。今ここで身を引くならば、その安全は私が保証しよう」

「グアアアオオオォッ!!」

「それが答えか」


 ララートの問いかけに応じて、巨竜は激しく炎を吐き出した。

 熱風が吹き荒れ、木々が根こそぎ焼き払われていく。

 しかし、ララートは慌てない。

 彼女は木々を足場にして空高く舞い上がると、狙いを定めて杖を構える。


「弾けろ!」


 杖の先端から飛び出す蒼炎。

 一塊となったそれは宙を切り裂き、たちまち巨竜の頭に当たった。

 爆音。

 雷鳴を思わせるような重低音が響き、紅い巨体がわずかに揺らぐ。

 だがしかし、巨竜は倒れない。

 竜の威厳を見せつけるかのように、威風堂々とした姿を保っている。

 それどころか、その鱗には傷一つついてはいなかった。

 予想を超える敵の頑強さに、ララートは険しい顔をしながら着地する。


「ならば、穿つまで放つのみ!」


 他の種族を圧倒する魔力量を誇るエルフ。

 その中でも随一と謳われる魔力に物を言わせ、ララートは次々と炎を繰り出した。

 蒼い炎が列をなして巨竜に殺到し、その鱗を穿たんとする。


「グアオオオオォッ!!」


 しかし、敵もさるもの。

 翼を大きく広げると、猛烈な風を起こして炎を吹き飛ばしてしまった。

 旋風が吹き荒れ、ララートの小柄な身体が浮き上がろうとする。


「くっ!」


 こらえきれずに、そのまま空中へと弾き飛ばされたララート。

 彼女は風を操ってバランスを取ると、三度、ドラゴンに向けて炎を放った。

 炎の弾が正確にドラゴンの頭を撃つが、効果はほとんど見られない。


「思った以上ね……」


 顔を歪めながら、ゆっくりと木の上に降り立つララート。

 その視線の先には、大樹の根元に広がるエルフの里があった。

 結界に守られてはいるものの、あの巨竜ならば苦も無く打ち破るだろう。

 そして母なる大樹もろごと、エルフたちの命を蹂躙するに違いない。

 エルフの里の守り人としてそれを許すわけにはいかなかった。


「グオオオッ!」

「……森への被害もやむなしか」


 頭上に手を掲げると、一気に炎の魔力を練り上げる。

 たちまち、巨大な炎の塊が現れた。

 そこへ己の魔力を溢れるほどに吹き込み、火勢をさらに上げていく。

 炎の色が紅から蒼を経て、やがて純白へと至った。

 ――森を焼き尽くす終末の白炎。

 ララートが終炎と呼ばれる所以たる奥義である。

 魔導の秘奥に足を踏み入れたその一撃は、巨城を蒸発させるほどの威力がある。

 これを出すということは、いよいよララートも森への被害を覚悟したという証であった。


「滅びよ!!」


 必滅の一発。

 太陽もかくやという白い炎が、巨竜に向かってゆっくりと落ちていく。

 ドラゴンの周囲に生えていた木が、自然と燃え上がりそのまま炭となった。

 その刹那、竜の金色の眼が大きく見開かれる。

 そして――。


「グオオオオオォッ!!」

「喰った?」


 あろうことか、巨竜は炎の塊に向かって思い切り噛みついた。

 それはさながら、神話の怪物が陽光を喰らうが如く。

 その身の本質がこの世の生物ではなく、天上の存在に近い高位の竜だからこそできる芸当であった。


「まさか、古代竜の末裔か?」


 最悪の可能性を呟くララート。

 そうしている間にも、白炎が魔力へと還っていった。

 黄金の粒子となったそれらが巨竜の顎へとみるみるうちに吸い込まれていく。


「グアオオオオオオッ!!!!」


 やがて光が収まり、新生した巨竜が森に降り立った。

 全身に悍ましいほどの魔力が充実し、四肢が一回り以上も太くなっている。

 さらに筋肉が巌の様に隆起し、より戦いに向いた姿へと明らかな変貌を遂げていた。

 鱗の色もより深みを増し、うちに秘めた凶悪さを物語るかのよう。

 変貌前ですらララートとはいくらか力の差があったが、こうなってしまっては手の打ちようがない。


「ララート様! これは……!」

「最悪の事態よ」


 少女を里に送り届け、再び戦線へと戻ってきたイルーシャ。

 愛弟子である彼女に、ララートは重苦しい口調でそう告げた。

 そして彼女は、大きく息を吸って意を決して言う。


「あのドラゴンは炎の概念を支配している。ゆえに普通の炎では燃えない」

「それじゃ……」

「こうなったら、私の命を燃やすしかない」

「ダメです! そんなことしたら、ララート様が持ちません! 何が起きるか分かりませんよ!」


 慌ててララートを止めようとするイルーシャ。

 するとララートは、そっとイルーシャに近づいてその身体を抱きかかえた。

 そのまま震える背中を撫でて、ゆっくりと母が子に言い聞かせるような口調で言う。


「大丈夫、私は死なない」

「でもぉ……」

「誰かがやらないといけない。なら、その誰かに私がなろう。それがエルフの守り人たるもの誇りよ」


 名残惜しさを振り払うように、ララートは素早くイルーシャから距離を取った。

 そして遥か高みから自分たちを見下ろす巨竜の眼を見据えて言う。


「待ってくれていたことを感謝する。さあ、存分に喰らうがいい。我が生命の炎を!」


 ララートは一気に踏み込み、ドラゴンの懐へと飛び込んでいった。

 すると巨竜もプライドがあるのだろう。

 大きく翼を広げ、受けて立つとばかりに力強く咆哮する。

 たちまち、森を駆けるララートの身体が、金色の炎に包まれた。

 ――熱い。

 苦悶に顔を歪めつつも、ララートは走るのを止めなかった。

 そして――。


「今度こそ、滅びよ!!」


 その身を炎に焼かれながらも、巨竜の腹に抱き着いたララート。

 次の瞬間、巨大な火柱が空を焼くのだった。

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