第1話 お気楽エルフ爆誕

「うぅ、頭痛い……」


 ベッドから起き上がろうとすると、眉間を思い切り何かに押さえつけられるような鈍い痛みが襲った。

 無茶して魔力を使いすぎた影響だろうか。

 それとも、給料日だからって羽目を外しすぎたせいかな。


「……ん? 給料日ってなに?」


 不意に頭に浮かんできた謎の言葉。

 全く聞き覚えの無い言葉だというのに、何故だかその意味はしっかりと理解できる。

 給料日、それは月末にやってくる素敵な日。

 この日を迎えるために、ブラックな社畜生活を毎日頑張っている。

 ……って、謎の単語がどんどん出てくるな。

 給料というものは聞いたことがあるが、あれは人間の国の文化のはずだ。

 里でほとんど自給自足の生活をしている私には無縁の概念のはず……。

 いやいや待って、私は日本の会社員だったはずだよ!


「……な、なに!? 記憶が混乱してる……!」


 ここで再び、強烈な頭痛が襲い掛かってきた。

 頭の中を見知らぬ……いや、見慣れた景色が流れていく。

 意識がグルグルと渦を巻き、だんだんと何が起きたのか理解できてきた。

 そうか、これは前世の記憶だ。

 無茶な方法で魔力を捻り出し、瀕死になったことで失われていた記憶が戻ってきたらしい。

 藤崎彩音、二十六歳。

 都内で限界OLをやっていたが、歩道にはみ出してきたトラックにはねられてあえなく死亡。

 溜まっていた有休を消化できなかったことが最大の心残りという寂しい女だ。


「……それがまさか、エルフに転生するとはなぁ」


 どうやら、私はいわゆる異世界転生という奴を経験したらしい。

 前世の日本でとても流行っていたあれだ、サラリーマンがスライムになったりとかするやつ。

 にわかには信じられないが、今の私に前世の記憶があるのだから間違いない。

 というか、人格のベースもララートから彩音になっちゃってる気がするな。

 何百年と生きているララートに比べて、二十六年しか生きていないというのになかなか自我が強い。

 というか、エルフの方が代わり映えのしない生活をしているせいかちょっと自我が弱かったりするのかな?

 もっとも、ベースが彩音となってもララートとしての記憶や感覚もきちんと残ってはいる。

 何だろう、某国民的バトル漫画の合体技みたいな感じかな?

 ララートと彩音が合体してララネみたいな。

 うーん、何だかとってもややこしい……。


「というか私、身体も変化してる?」


 ふと手を見ると、記憶よりもかなり小さくなっている気がした。

 慌てて布団を持ち上げて全身を見渡すと、お腹のポテッとしたロリ体型になっている。

 これはもしかして、無茶苦茶な魔法を使った影響か?

 ララートさんはもっと、胸はなかったけどスタイル抜群のエルフ美女だったはずだ。

 これはもしかして、無茶苦茶な魔法を使った影響かな?

 あの魔法、生命力を燃やすから反動でいろいろあるとは聞いたことあるけど、まさか身体が縮んでしまうとは。

 ひょっとすると、これはもしかして、魔力の方にも影響があったりする?……。

 そう思って確認してみるが、そちらには特に悪影響はなかったようだ。

 むしろ、小さな体に前以上の魔力が充実していてはち切れそうな感じすらある。


「良かった……。これならとりあえず、今まで通りの暮らしはできそう」


 もしも魔力が無くなっていたりしたら、魔導師をやっているらしい今世の私には致命的だからね。

 いやいや、ほんとに良かったよ。


「わん、わんわん!」


 こうしてベッドの上でほっと息をついていると、部屋に白いわんこが入ってきた。

 ええっとこの子は確か、フェルだったっけ?

 私が飼っていたペット……じゃなくて、お世話している精霊獣だったか。

 とっても賢くて、大きさも自由自在だったとか覚えてる。

 普通の犬っぽい姿をしているが、本当は精霊の化身なんだとか。


「むはー、もっふもふ! 柔らかーい!」


 私の無事を確認し、すぐさまベッドの上へとやってきたフェル。

 その身体を抱きかかえると、私は思いっきりその毛皮に顔をうずめた。

 小さな体が、柔らかい毛並みにすっぽりと埋まる。

 長い毛がフワッフワで、ほんとに気持ちいい!

 しかも、精霊の化身なので獣臭さなども全くない。

 それどころか、森の香りを思わせるさわやかな匂いがする。


「うー、最高! フェル、このまま一緒に二度寝しようか?」

「わう!?」


 そのまま布団の中へとフェルを誘うと、彼は驚いたように身を引いた。

 そうか、以前のララートならこんなことやらないからびっくりしちゃったのか。

 前の私ももちろんフェルを可愛がっていたけど、こういう感じじゃなかったからね。

 私はじたばたするフェルの身体に思いっきり抱き着くと、そのまま布団を掛けようとした。

 だがここで……。


「ララート様! 目が覚めたんですね!」


 ベッドの上でフェルと戯れていると、綺麗な翡翠色の髪をした少女が勢いよく部屋に入ってきた。

 この子の名前は……そうそう、イルーシャ!

 私の後継者として、魔法の指導をしながらずっと寝食を共にした弟子である。

 長く一緒に過ごしているだけあって、たちまちたくさんの思い出が蘇ってくる。

 こんな可愛い子を弟子として取っているなんて、流石は私、なかなかやりおるな。

 そんなおっさんみたいなことを考えていると、イルーシャは私の手を握って顔をじーっと覗き込んできた。

 まあ、母のように慕う師匠が無茶苦茶をして倒れていたのだから無理もない。


「大丈夫ですか!? ララート様、あれから三日も眠ってたんですよ!」

「へえ、そんなに長く寝てたんだ」

「そうです! お体は大丈夫ですか? あの魔法の影響か、だいぶ小さくなっちゃいましたけど… …」

「んんー、特に気になるところはないかなぁ。むしろ快調かも」


 軽く身体を動かしてみるが、特に不調はない。

 魔力も先ほど検査した通り、むしろかなり増えているような感じがする。

 もともと私はエルフでも随一の大魔導師だったはずだが、その力がさらに数段高まっている気がした。

 たぶん、世界的に見ても相当ヤバいんじゃないだろうか。


「そうですか、具合がいいのならば何よりです」

「……なんか、煮え切らないような顔してるねえ。せっかく師匠が元気になったって言うのに」

「いえ、それはもちろん嬉しいのですけど! 何というか、ちょっと変わりました?」


 ……流石、長いこと一緒に過ごしてきただけのことはある。

 たった数回言葉を交わしただけで、以前の私とは何かが違うことを感じ取ったらしい。

 エルフらしくのんびりした性格の弟子だと思っていたが、なかなか侮れない。

 まあ、記憶が戻る前の私ってめちゃくちゃ生真面目だったからね。

 この彩音のゆるーい感じは分かりやすすぎたかも。


「……別に? 死にかけてなんか変わったんじゃない?」

「うーん、そういうものですかね?」

「そういうものだと思うよ」


 私がはっきりそう言うと、イルーシャはそれ以上何も言ってこなかった。

 ま、違和感と言っても微かなものだろうし。

 病み上がりの師匠を厳しく追及するようなものでもないのだろう。

 彼女は気を取り直すように笑みを浮かべて言う。


「ララート様、ご飯は食べられそうですか?」

「問題ないかな。むしろ、お腹ぺこぺこだよー」

「じゃあ、長老様に祝勝会の手配をお願いしてきますね!」

「祝勝会?」

「はい! ララート様が目覚めたら、今回の勝利を讃える宴を開きたいと」


 勝利を讃える宴ねえ……。

 ちょっと大げさな気もするけど、里の一大事を乗り切ったわけだし。

 それぐらいはしてもらっても、別に罰は当たらないか。


「おー、そりゃ楽しみ!」

「はい! 里自慢のお料理がたくさん出ますからね!」


 清廉潔白なエルフといえども、食欲はあるのだろう。

 グッとサムズアップをしたイルーシャは、何とも良い笑顔をしていた。

 それにつられて私も、いろいろと想像を膨らませる。

 眠っていたとはいえ、かれこれ三日間も何も食べてなかったわけだからね。

 ご馳走が食べられるのが楽しみだよぉ……。


「わん、わんわん!」

「わっ!」


 やば、いつの間にかよだれでフェルの毛皮がベッタベタだ!

 私は妄想を打ち切ると、慌ててフェルをおろしてタオルでよだれを拭く。

 ふふふ、宴はまだかなぁ!!

 私はそう楽しみに思いながら、時間が経つのを待つのだった。

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ぐうたらエルフののんびり異世界紀行 ~もふもふと行く異世界食べ歩き~ kimimaro @kimimaro

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