第14話 はるか南へ


「あ~つ~い~!」


 馬車にゆらり揺られてはや数日。

 草原を抜けて大きな川を越えて、私たちはいよいよ南部の鉱山地帯へと達した。

 周囲はごつごつとした岩が転がっていて、植物はまばら。

 まるでどこぞの雷親父の頭のように、灌木がぽつりぽつりと寂しく生えている。

 私たちエルフとは、あんまり相性の良くなさそうな土地だ。


 おまけに気温が高く、幌の中に居ても汗が出てくる。

 全身を毛皮に覆われているフェルなど、馬車の中でぐでーっと大の字になっていた。

 精霊獣でも、暑いものは暑いらしい。

 まあ、ほとんど物質界の存在だからさもありなん。


「うぅ、暑い……。この依頼、断るべきだったんじゃないですか?」


 普段は責任感の強いイルーシャが、こんなことを言い出した。

 そう言えば、エルフの森は年中涼しくって快適だったもんなぁ。

 エルフは人より暑さに弱いのかもしれない。


「……そう言われると、私も後悔してきた」

「ははは、お嬢ちゃんたちだいぶ参ってるねえ!」


 私たちがぐったりしていると、見かねた御者さんが声を掛けてきた。

 彼はほらよっと、水の入った革袋をこちらに投げてくる。


「それでも飲んでな。あと少しでましになるから」

「え? でも、日はまだ高いですよ」


 時刻はお昼前。

 日が暮れて涼しくなるには、まだまだ時間があるだろう。

 すると御者さんは、笑いながらそうじゃないという。


「すぐにわかるさ、まあ見てな」

「へえ、そりゃ楽しみ」


 こうして話しているうちに、馬車は小さな丘へと差し掛かった。

 やがてその頂上に差し掛かると、視界が一気に広がる。

 すると――。


「うわー、でっかい谷!」

「いい景色ですね!」


 山々の裾野に沿うようにして、大きな渓谷が形成されていた。

 その底には大きな川が流れていて、さらに崖から川に向かって飛び出した半島のような場所もある。

 周囲の土地と比べると一段低いそこには、家々が所狭しと建ち並んでいた。


「あそこが目的地のバターリャさ」

「へえ、あんな場所に街があるんだ」

「人間はずいぶんと辺鄙な場所に住みますね」

「少しでも涼しい場所を求めた結果だそうだ。川のおかげで、あの辺りはだいぶ涼しいんだよ」


 話をしている間にも、馬車は谷底にある街に向かってゆっくりと崖を下り始めた。

 やがて下から、ふわりと冷たい風が吹き上がってくる。

 あー、気持ちいい!

 火照った身体から、熱が奪い去られるようだ。

 そりゃ、この辺りの人たちも涼しい場所を求めて集まるわけだよ。


「ふああ……。気持ち良くって眠たくなってきた」

「もうすぐ着きますよ。寝ちゃダメですって」

「大丈夫だよ、五分だけだから……」

「もう……」


 呆れた顔をしつつも、イルーシャは膝を貸してくれた。

 あー、美少女の柔らかい肌は最高なんじゃ……。

 別に百合の気があるわけではないが、やっぱ女の子の膝っていいよねえ。

 髪の毛からほのかに甘い匂いまで漂ってきて、まったくけしからん。


「あー、若返った気がするのじゃ……」

「何を急におばあちゃんみたいなことを……」

「よいではないかよいではないか」


 こうして、イルーシャと二人でキャッキャと騒いでいた時だった。

 急にどこからか、激しい怒号が聞こえてくる。


「アースドラゴンが暴れているのは貴様らのせいだ! 今すぐ出て行け!」

「何を! お前たち人間のせいだろう!」


 慌てて起き上がって周囲を見渡すと、街の入り口に何やら人だかりができていた。

 街の住民らしき人々とやたら背の低い男たちが、激しく言い争いをしている。

 まさに一触即発。

 今にも両者の間で小競り合いが始まりそうな雰囲気だった。


「……なんだろ、あの人たち」

「またドワーフと街の連中が揉めてるのか」

「え、ドワーフですか?」


 たちまち、イルーシャの顔色が変わった。

 ドワーフと言えば、私たちエルフにとっては不倶戴天の敵である。

 彼らは木々を燃料として使うため、長らく森を守護するエルフと対立してきたのだ。

 時としてその対立は戦争となり、既にお互いに多くの血を流している。

 もっとも、私たちの世代はドワーフとの戦争を経験してはいないのだが……。

 親やその上の世代から、嫌と言うほどドワーフの脅威については聞かされてきた。


「そっか、南部にある何かってドワーフの国のことか」


 ここでようやく、私は長老様から聞いたドワーフの国のことを思い出した。

 何か引っかかっていたのだけど、すっかり忘れていた。

 長老様曰く、南部の山奥にドワーフたちの地下王国があると。


「まずいですよ、ドワーフなんかと関わり合いになっちゃ……」

「御者さん、迂回して別のところから街に入ってくれる?」

「そりゃ無理だ。あいにく、バターリャの街はあそこからしか入れねえ」


 ……なんとまあ面倒な。

 ダメもとで周囲を見渡してみるものの、言われた通り、街を囲む壁には他に隙間などまったくなかった。

 こうなったら、騒ぎが収まるまでしばらく待つしかないか……。


 私たちは街の手前で馬車を止めると、しばらくそこで騒ぎの推移を見守った。

 しかし、お互いに何か譲れないものがあるらしい。

 住民とドワーフたちは次第にヒートアップしていき、いまにも喧嘩が始まりそうだ。


「ララート 様、どうします?」

「こりゃ当分は終わりそうにないね。うーん、本当はいけないけど……」


 街を囲む城壁に目をやる。

 高さはざっと五メートルといったところだろうか。

 身体強化と風魔法を使えば、飛び越えられない高さではない。


「よし、行くよイルーシャ」

「それ、大丈夫ですか?」

「衛兵はあの騒ぎに気を取られてるみたいだし、きっと大丈夫」


 そう言うと、私は馬車を降りて足早に城壁の前へと向かった。

 そして身体強化を掛けると、そのままひょいっとジャンプして壁の上へと飛び乗る。

 イルーシャやフェルも、すぐさまその後に続いて昇ってきた。


「おー、ここから見るとまたいい景色!」


 壁の上から見る街は、さながら雄大な渓谷の中に浮かぶ島のようであった。

 前世のテレビで見た空中都市マチュピチュ。

 あれに少し雰囲気が似ているかもしれない。

 建物も石を組み合わせて作られたもので、山間の街らしく重厚な感じだ。

 こうして見事な景色を楽しんでいると、どこからか香ばしい匂いが漂ってくる。


「この匂いは……お腹空いて来た!」

「あ、ちょっと! 待ってくださいよー」


 すぐさま匂いのする方へと向かった私。

 その後を慌てて、イルーシャたちもついてくるのだった。


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