第30話 奮戦のドワーフ

「……相変わらずでかいのぅ!」

「この化け物が相手とは、骨が折れそうだ!」


 地上へと展開したドワーフ戦士団。

 彼らが目にしたのは、王国に迫ってくる巨大なドラゴンの姿であった。

 どっしりとしたトカゲのような姿で、その全身には鱗が変化した巨大な棘が生えている。

 さらにその頭には、いかなるものをも貫くかのような鋭い角。

 捻じれながら天を衝くその姿は、雄々しく禍々しい。

 ――ドスン、ドスンッ!!

 山を揺らして進むその様子は、もはや生物というよりも災害であった。


「戦士たちよ、怯むな! かかれぇっ!!」

「うおおおおおっ!!」


 鬨の声を上げ、山を駆けてゆくドワーフの戦士たち。

 その手にはドワーフの匠たちが鍛え上げた魔剣が輝く。

 彼らが狙うのは、アースドラゴンの大重量を支える前脚。

 特にその負荷がかかる指であった。


「せやあああっ!」

「おっらああああ!」


 鍛え上げられたミスリルの刃が一気に淡い輝きを帯びた。

 これこそが、魔剣が魔剣たる所以である。

 魔力によって材質が強化され、鋼をも切り裂く切れ味を得るのだ。

 アースドラゴンの足元へと達した戦士たちは、怯むことなく魔剣を指に振り下ろす。


 ――キィン!!


 金属質な高温が響き、火花が散った。

 斬撃はドラゴンの鱗に弾き返され、戦士たちは顔をしかめる。

 ドワーフの匠が鍛え上げた魔剣を持ってしても、この巨大なアースドラゴンには通用しないようであった。

 しかし、戦士たちは慌てない。

 既に一度戦った経験から、アースドラゴンの鱗が極めて頑強であることを彼らは知っていたのだ。


「流石に硬ぇ!」

「くっそ、魔剣でも斬れねえか!」

「とにかく攻撃を続けろ、奴を足止めするんだ!」


 大地を踏みしめるアースドラゴンの足。

 タイミングを合わせてそれを回避しながら、ドワーフの戦士たちは執拗に攻撃を続けた。

 頑強な鱗に守られているとはいえ、指への攻撃が多少は堪えるのだろう。

 アースドラゴンの動きが次第に遅くなっていく。


「いいぞ、誘導に入れ!」

「こっちへ来やがれ、デカブツ!」

「おらおら、こっちだぜ!」


 やがてアースドラゴンの視線が戦士たちへと向けられたところで、戦士長が号令をかけた。

 戦士たちは一気にあらかじめ決めておいた場所へと走り出す。

 今回の戦いに際して、ドワーフの戦士たちには魔剣の他に秘策があった。

 彼らとて、一度は国を荒らされた相手に無策で挑んでいるわけではないのだ。


「ほらほら、どうした!」

「俺たちが怖いのか?」


 やがて目的地にたどり着いたところで、戦士たちはいっせいにスリングで投石を始めた。

 もちろん、そんなものがアースドラゴンに通用するはずもない。

 だが、多少苛立たせる程度の効果はあったのだろう。


「グオオオオオッ!」


 巨大な咆哮を響かせながら、アースドラゴンは移動する方向をわずかに変えた。

 邪魔なドワーフを踏み潰すべく、速足で驀進する。

 しかし次の瞬間――。


「逃げろおおおおぉ!!!!」


 隊長の合図で、一斉に散開する戦士たち。

 それにやや遅れて、轟音が響く。

 ――ドゥオオオオンッ!!!!

 大地が抜けた。

 ぽっかりと開いた黒い穴に、アースドラゴンの巨体がなすすべもなく落ちていく。


「グオオオオオォオオオッ!!」


 咆哮を上げ、必死に足をばたつかせて抵抗するアースドラゴン。

 しかし、ドワーフたちが準備した落とし穴は非常に深かった。

 おまけに、アースドラゴン自身の重量が仇となってなかなか這い上がることが出来ない。

 もちろん、もともとアースドラゴンは穴を掘るのが得意な種族である。

 時間を書ければ穴を掘って脱出することもできただろうが、そうは問屋が卸さない。


「急げ、今のうちだ!」

「早く運び込め!」


 戦士たちが通ってきた王国と地上の出入り口。

 そこから次々と樽を担いだドワーフたちが姿を現した。

 彼らはアースドラゴンの落ちた穴へと近づくと、手にしていた樽を放り投げる。


 ――バシャッ!!


 アースドラゴンの身体に当たった樽が弾け、中に入っていた黒い液体が飛び散った。

 その後も次々と樽が投入され、アースドラゴンの巨体がたちまち黒く塗れる。

 そして――。


「終わりだ!」


 最後に松明が投げ入れられた。

 たちまち、アースドラゴンの身体に纏わりついていた黒い液体が激しく燃え上がる。


「どうだ、燃える水の威力は!」

「まるで炉だな! とんでもねえ!」


 黒煙を上げながら、猛烈な火勢を見せる黒い液体。

 これはこのほど、鉱山の深部で発見された燃える水であった。

 刺激臭を発し、燃える際に黒煙を発するためドワーフたちも使用法に困っていた物である。

 だがその反面、威力は絶大。

 一度火が付けばたちまち周囲を焼き尽くしてしまう。

 それが大量に放り込まれた穴の中は、既に炉のように燃え盛っていた。


「グオオオオオオォッ!!」


 全身を炎に包まれ、もがくアースドラゴン。

 蒸し焼きにされてなるものかともがくが、動けば動くほど穴が崩れてしまって簡単にはよじ登れない。

 そうしている間にも、ドワーフたちは次々と追加で樽を放り込んでいく。


「いける、こいつぁいけるぞ!」

「かっかっか! ドラゴンの蒸し焼きが出来そうだなぁ!」


 なすすべもなく炎上するアースドラゴン。

 その姿を見て、ドワーフの戦士たちは半ば勝利を確信した。

 だが次の瞬間、穴の底から巨大な火柱が噴き上がる。


「なっ!?」

「逃げろっ!!」


 それはさながら、火山の噴火か。

 驚くドワーフたちの前で、アースドラゴンが上半身を持ち上げる。


「嘘だろ、あの巨体で立てるのか!?」


 後ろ足だけで立ち上がったアースドラゴン。

 全身を炎に包まれたその姿は、ドラゴンというよりももはや悪魔のよう。

 その異常な存在感に、ドワーフたちはたまらず息を呑む。


「クソ、全身が燃えていて近づけんぞ!」

「投石機だ! 投石機を持ってこい!」

「そんなもん当たるか?」

「あれだけデカけりゃ当たるだろうよ!」


 いよいよ追い詰められ、攻城兵器の類まで持ち出そうとするドワーフたち。

 すぐさま準備が始められるが、それが整う前にアースドラゴンが動く。


「なんだ!?」


 巨大な口を開き、アースドラゴンはいきなり地面を喰った。

 いったい何をする気なのか。

 アースドラゴンの思いもよらぬ行動に、ドワーフたちはたまらず困惑した。

 すると次の瞬間。


「グオオオオオオッ!!!!」

「うごぉっ!?」

「なんだこれは……!」


 大きく息を吸い込んだアースドラゴンは、いきなり猛烈な鼻息を噴き出した。

 ――ゴウウウウウゥッ!!

 たちまち圧縮された空気が、土や岩と一緒になってドワーフに襲い掛かるのだった。

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