第9話 レシピと夢

 –未知流−


「ホント助かるわぁ」

 ナディシアが、また言った。本当にそう思ってくれているのだろう、よく言われる。

「いえいえ、居候いそうろうさせて頂いている身ですから、当然です」

 このセリフも言い飽きた。


 教会での仕事で、慶太と私が一番力を入れているのは、炊事だ。


 現代日本にいた頃と比べて、電気器具のないここでの調理は時間がかかるから、三食の支度をするのにかなりの時間を費やす。パンも粉から作る。


 しかも慶太と私二人の居候いそうろうが増えたので作る量が増えた。手伝うのは当たり前だ。


 朝と昼は、パンとスープだけ、たまにサラダといった簡素な献立だけど、夕食は他の食材もたっぷりる。


 慶太も私も料理は苦手ではない。しかも彼は、管理栄養士の資格を持っている。食品会社に入社してすぐ独学で取ったらしい。


「なんかの役に立つかも知れんからな」

 慶太は向上心があって努力家だ。そんなとこ好きだな。


 この世界に来て厨房で炊事の手伝いをするようになってから、慶太は新しいメニューを考案して食堂でみんなに振る舞っている。


 といっても、日本では普通に食べられているけど、この国にはないメニューを、この国の食材で作ってみただけだ。


 もちろん、作るのは主にナディシアとジュールだが。慶太も私もまだ薪の火力の加減が分からないからだ。


「パンを粉にして肉につけて揚げる料理はどうですか?」

「そんなの作ったことないわ。どうやるの?」

 ナディシアは、好奇心旺盛だ。貪欲に新しいメニューにチャレンジしたがる。


「小麦粉で作ったパンをまた粉に戻すの?」

 ちなみに、この国には、小麦によく似た穀物があり、パンの原料になる。ただし、小麦という名前ではない。


「二、三日経って乾燥したパンを砕いて荒い粉にするんですよ」

 この国では揚げ物は、素揚げか、小麦粉をつけて揚げる料理しかない。だからパン粉の料理を作ろうとしたのだ。


 今回は下味をつけたカポランの肉に小麦粉、卵、パン粉をつけて揚げてみた。ソースも工夫した。トンカツのようなものだが、珍しかったみたいだ。とても好評だった。


「これは美味い」

 ウェイドン長老は、老いてもなお食欲が衰えない。


「今はもう食べることだけが楽しみでのう。無駄に長く生きて来たと思ったが、こんな美味いものを食べられるなら、長生きしてよかったわい」


「生きることに無駄などありませんよ、ウェイドンさん」

 ルイードがたしなめるように言った。


「いやはや、それはそうだがの。こんなに生きて来ても、わしは何も成し遂げておらん」

「そのようなことはございません。この教会がこのように長く続いているのは、ウェイドンさんのおかげなのですから」

「そうだといいがの」


 もしかして、二人のこのやりとりは何度も繰り返された定型句なのかも知れない。


 ノーディンも新しいメニューには満更まんざらでもない様子だ。

「まぁ、少しは役に立ってくれないとな」


 この頃では、彼の私たちに対する態度が幾らか軟化したような気がする。どこの世界でも食べ物の力は偉大だ。


 慶太は他にも、小麦粉とカポランの乳と卵で作った生地を焼いたパンケーキのようなものに、豆で作った餡子あんこのようなものを挟んだ『どら焼き』を考案(?)した。これもまた好評だった。


小豆あずきがないから白餡しか作れん」

 とこぼしていたが。


 孤児院では子ども達が自ら食事の支度をするので、新しい料理やお菓子のレシピを教えてあげたら喜んで作って食べていた。


 夫のいるナディシアは、夕食の支度が終わったら、食べずに帰宅する。でも、新しいメニューは食べてみたいらしく、夫の分も作って持ち帰る。一人暮らしのエンゾは夕食を済ませてから帰宅する。



 –慶太–


 厨房で料理を手伝うのは、他の作業よりも楽しみだ。この世界ならではの食材は、最初こそ戸惑ったが、慣れてみれば日本で使うものとよく似ているものが多い。


 管理栄養士の資格は、営業職なので直接食品を作るわけではないが、持っておいても邪魔にはならないだろうと思って取った。


 カロリーの知識は営業の役に立った。しかしそれは、この世界では役に立たない。個々の食材のカロリーが分からないからだ。ただし、献立を考えるのにこの資格は少しは役に立っている。


 新しいメニューをみんなが喜んで食べてくれるのが何より嬉しい。


 ナディシアが、俺たちばかりをめるので、ジュールがねてしまった。

「僕はあまり役に立たなくてすみません」


「何言ってんのよ。あんたはちゃんと火加減を見れるんだから、私は安心して任せてんのよ」

「ありがとうございます」

「あんたが居れば、私はいつ死んでもいいわ」

「困ります。死なないでください」


 ジュールをなだめてからナディシアは、俺にウインクした。異世界、ウインクもあるのか。


 今夜もまた談話室で未知流と話し込んだ。

 長老はいなかったが、ニキ酒は未知流がどうにかして手に入れていた。


「トンカツ、好評だったね!」

「カポランは豚じゃねぇけどな。ノーディンさんが喜んでくれてよかったな。意外と悪い人じゃないって思ったよ」

「ま、神に仕える人はみんな基本いい人なんでしょ」


「そんなことより、この世界すんなり受け入れてんな、お前」

「まぁね、夢見てるようなもんじゃん」


 未知流は、二杯目のニキ酒を勢いよく空けてそう答えた。

「生活がガラッと変わったけど、なんか毎日が楽しくて、夢みたい」


「夢といえば未知流、昔よく夢の話してたなぁ」

 一緒に登校していた時、未知流は毎日のように、俺に朝方見た夢の話を語って聞かせた。


「俺がお前んちの前の道路で背泳ぎしてた夢とか覚えてるぜ」

 大雨で家の前の道路が冠水した翌日の朝、未知流はそんな変な夢の話をした。


「よく覚えるねぇ。あれは夢見ながら笑ったわぁ。早く話したくてたまらなかった」

「その夢の話聞いた時、俺すっげえ想像したかんな。クロールならまだ分かる、何で背泳ぎなんだって」


「クロールなら分かるんだ、道路なのに」

「お前の夢だぜ!」

「あはっ、すんまそん。てか慶太、ほんとに記憶力いいね。十八年以上前の話だよ」

「俺、今十七歳なの忘れたの?」


 制服に付けていた学年章で、俺は今高二だということが判明していた。

「そうだったね。じゃ、今の慶太にとっては割と最近聞いた話ってことか」


「そうだよ。結構鮮明に覚えてる。あとスピーチコンテストがあるのになかなか体育館に辿り着かずに焦った夢とか」

「その手の夢は何か心配ごとがある時必ず見るよ」


「お前でも心配ごとあるんだ。あのスピーチは優勝しただろ」

「こう見えて繊細で小心者なのよん」


「小心者という言葉を辞書で調べてこい!あと、学校の中でトイレ探すけど、なかなか見つからなかったり、汚くて使えない夢」

「うん、それは今でもよく見るよ。寝ててトイレ行きたい時に見るんだよ、慶太は見ない?」

「見るかもしれんけど、お前みたいに覚えてないんだ」

「忘れないように朝起きたらすぐに頭の中で復習してた」

「何で?」

「慶太に話すため」

「俺に?」


 

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