第34話 娘とドレッシング

 –未知流–


 あれから一週間が経った。

 国王からは、文献を調べるのに少し時間をくれと言われ、その後連絡はなかった。


 教会には、マリエンヌが週に一度くらいやって来る。今週は、娘のエリーザも伴ってやって来た。

 エリーザは、幸い母親似だった、顔も性格も。


「皆さんにご挨拶しなさい」

 孤児院でロイスと一緒に集まって来た子ども達に囲まれて戸惑っている娘に母親が注意する。


「初めまして、エリーザと申します」

 薄桃色のふんわりしたドレスを少しつまんで、片方の足を後ろに下げるお姫様みたいな優雅なお辞儀をした愛らしいエリーザと、こちらは何度か会ったことがあるが、相変わらず美しいマリエンヌに、子ども達はみんな見惚みとれてしまっていた。


 今日は院長が二人を案内して、孤児院での子ども達の暮らしを説明した。


 十歳のエリーザは、ここの子ども達と自分の境遇の違いを理解出来ているらしく、農作業や洗濯にいそしむ様子を淡々と見学していた。恐らくここに来る前に母親から教えられていたのだろう。


 しかし、子ども達が楽しそうに昼食の準備をしている場面で、エリーザは「私もやってみたい」と言い出した。


 エリーザは、公爵家でも、今いる母親の実家の伯爵家でも、料理人のいる生活を送っている筈だ。自分と料理は無縁だと思っていたのに、同じような年齢の、中には自分よりも幼い子ども達が包丁を握って料理を作っていることに驚き、子どもでも料理をしてもいいのだと思ったのだ。彼女は料理に興味があったみたいだ。


 慌てたのは、院長と孤児院のスタッフだった。


 綺麗なドレスを汚すわけにはいかないので、前掛けを準備して付けさせ、包丁は危険なので、他の作業をさせた。


 エリーザは楽しそうに料理を作り、結局、作ったものを皆と一緒に食べた。マリエンヌは、終始恐縮していた。

「変なこと言い出して、本当に申し訳ないです」


 貴族でもこんなに腰の低い人がいるんだなぁ。この違いは何だろう。オーティスもそうだから、きっと育てられ方なのだろう。この母親ならば、エリーザも同じように育つのだろうな。あの公爵夫婦と息子以外の貴族様には会った事がないが、比較する対象がないので仕方ない。


 いやいや、王族と会ったではないか。彼らも、とても気さくで王様と話していることを忘れる瞬間がある。


 パンとスープと野菜のサラダだけという、粗末な昼食だったが、エリーザは美味しいと言って残さず食べ終えた。同席したマリエンヌは、食事は遠慮した。


「子ども達の分が少なくなりますわ」

 彼女らしい遠慮の仕方だなぁと、私は感心した。


 ちなみに、サラダのドレッシングは、慶太が工夫して作ったオリジナルレシピを孤児院の子ども達にも教えているので、美味しい筈だ。


 一緒に後片付けまで手伝って(マリエンヌが命じた)、子ども達に見送られて二人は教会に戻った。


「また来てねー」

「はい、またお手伝いさせてくださいね」

「うん、いいよー」


 子どもってすぐに仲良くなるんだな。貴族の子と孤児院の子なんて関係ないんだ。国王とオーティスの関係をふと思い出した。二人は王族と貴族だけど。


 その後応接室でルイードとしばらく歓談して、二人は教会を後にした。

「司教さま、また来てもいいですか」

「もちろんですよ、エリーザ様」


 エリーザはルイードを見上げてニッコリ笑い、ルイードも目を細めて彼女を見下ろした。

(いい親子になりそうなんだけどな)


「エリーザちゃんは良い子ですね」

 ルイードと一緒に二人を見送った後、ルイードに話しかけた。

「そのようですね」

 ルイードは、他人事ひとごとみたいに応えた。


 再婚は考えてないのですか?と聞いてみたくてウズウズしたが、そこはグッと堪えた。ほら、私だってこのくらいの我慢は出来るんだよ!



 –慶太−


 今週は、登城することもなく、一度マリエンヌ親子が訪れただけで、いつもの日常が過ぎて行った。


 マリエンヌとルイードが並んでいるのを見ると、本当にお似合いだなぁと思うが、ルイードの心境を考えると、貴族制って面倒くさいんだなぁと考え込んでしまう。

 先日王宮で話した事を思い出した。


 俺がルイードだったら。

 貴族の娘が未知流だとして、しがない教会の司教の給料では、コックとメイド、最低でも二人は雇わないといけないだろう。住むところは、この教会という訳には行かないから、何処かに居を構えなければならない。


 ここまで想像して、ハッと我に返った。

 待て待て待て待て、今俺はなぜ、貴族の娘を未知流に置き換えた?マリエンヌでいいじゃないか。


 未知流と結婚⁈俺はそう願っているのか。

 俺は顔が赤くなるのを感じ、考えるのをやめた。


☆○


 最後の登城からちょうど一週間が過ぎた時、オーティスがやってきた。一人だった。


「ジョルテロアが君たち二人に話があるようで、連れてきてくれと言われたんだ。今日の予定はあるかい」


 俺はルイードに確認して了承を得た。ナディシアにも伝えた。

「はい、大丈夫です。今からすぐですか」

「あ、いやその前に司教様にご相談があるのですが」


「はい、何でしょう」

「二人だけでお話できますか。君たちは終わるまで待ってて貰えるかい」


 司教とオーティスは執務室で話したので、話の内容は分からなかった。



 三十分くらいして、二人は出てきた。

「司教様、ではよろしくお願いします」

 オーティスは浮かない顔をしていた。

「‥‥‥はい」

 司教は物憂げな表情だった。


「やあ、待たせたね」

 オーティスは、先ほどの浮かない顔を明るい言葉で打ち消した。

「もう出発できるかい」

「はい、行けます」


 教会の横で待たせていたオーティスの家の馬車で、俺たちは王宮に向かった。


 車中で、司教と何を話したのか聞きたかったが、オーティスは、何か考え事をしている風で、窓の外を見ていたので聞けなかった。さすがの未知流も空気を読んだようだ。我慢していた。



 王宮に着くとすぐに王の私室に直行した。

 国王は、また公務に忙しくしているようで、だいぶん待たされた。


 二杯目のお茶が出されたタイミングで国王が現れた。

「待たせて済まない。オーティスも、二人を連れてきてくれてありがとう」

「いや、教会には別の用事があって」

「例の件か?」

「うん、考えさせてくれって。ケイタと同じ事を言ったよ」


「再婚の件ですか」

 未知流がいよいよ我慢できなくなって、割り込んだ」

「ああ、ルイードに打診したんだが、今の自分には無理だと」


「それは経済的な面なのか」

 国王が訊いた。

「ああ、そうだ」

「それが解決すれば、いけるのか」

「そうだな、多分」


「こないだ娘さんも教会に来たんですが、ルイードにとても懐いていました」


 未知流は、マリエンヌがエリーザを連れて教会を訪れた日の様子を話した。俺はその場にいなかったので、興味を引いた。


「そうなんだ。エリーザは帰ってきてから、ルイード司教の話ばかりしていたよ。彼女には父親が必要だ」


「分かった。だがその話はあとだ。今日お前たちを呼んだのは、一つ面白いものが見つかったからだ」

「何ですか?」

 俺は身を乗り出していた。


「オーティスは、まだ時間は大丈夫なのか。帰ってもいいぞ」

「構わないなら居させてくれよ、ジョリー。魔法使いの件だろう。僕も興味があるよ」

「じゃ、居てくれ。これなんだが」


 そう言って、国王が細長い木の箱から慎重に取り出したのは一枚の古い地図だった。


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