第35話 地図と違和感

 –未知流–


「古い地図だから扱いには注意してくれ」

 と言って布の手袋を渡された。


 国王は細長い木の箱から丸められた地図を取り出して、テーブルの上に広げ、書き物机から持って来た文鎮を両端に乗せた。横は百センチくらい、縦は八十センチくらいの大きさでかなり古い紙だということは分かった。


 それは不思議な地図だった。


 googleの地図のように、家の形や大きさが分かる真上から見た地図だ。建物や邸宅にはそれぞれ小さな字で名前が書かれているようだが、読めなくなっているところも多い。


「何コレ⁉︎」

 街の全容を目にして、私たちは目をいた。凄い!こんな形の街を初めて見た。


 地図の真ん中には王宮らしき場所がある。ほぼ円形の城壁に囲まれていて、内部に関してはさすがに防衛のためか詳しい描写はないが、大きな建築物や高い塔や庭園などもあり、かなり広いことがわかる。


 王宮を囲む城壁の外側には庁舎やそこで働く職員の暮らす官舎や住宅、畑、商店などがあり、それらもまた城壁で囲まれている。つまり、王宮全体は、二重の円で囲まれているのだ。


 外側の城壁のさらに外側には、王宮を中心に同心円を描くように道が何重も造られていて、それに沿って住宅が建ち並んでいる。王宮に一番近い同心円の円周上には、かなり広い敷地を有した邸宅が建ち並んでいる。身分が高い貴族の邸宅なのだろう。


 その外側の円周上にある家はやや敷地が狭い。少し低い身分の貴族の邸宅なのかも知れない。円周の長さが長い分、軒数が多くなっている。さらにその外側にはもっと敷地の狭い邸宅が並んでいる。


 道は王宮から放射状にも伸びている。まるで大きな蜘蛛の巣のようだ。



 王宮を中心とした邸宅街を一つの大きな円だとしたら、その外側に丸い形の広場が配置されている。私たちがお世話になっている教会が面している広場と多分同じものが、王宮の真北、右斜め上、右斜め下、左斜め上、左斜め下、全部で五つだ。五つの広場の真ん中にはそれぞれ噴水のような記号が見える。


 それぞれの広場の円周上にも道があって住宅または店舗が並び、外側に同心円を描きながら住宅街や農地が放射状に拡がっている。私たちがいる教会が面している広場は、王宮の左下に位置している。教会を示す敷地の中に小さく『ローザン地区教会』と書かれているのがかろうじて読めた。



「これは、いつ頃の地図ですか」

 多分、今の王宮を中心とした王都キヨルスの中心地の地図だろうと思ったが、確認のため訊いてみた。


「この国が造られた当時の地図だよ」

「ええっ、四千年前⁈」

「そうさ。かなり古いだろう」

「ええ、でも‥‥‥」


 確かに変色していて、端っこがボロボロだ。日本にも、虫食いだらけの古文書がある。それでもせいぜい千年前のだ。だが、それよりもっと気になる事がある。


「当時から、こんな紙があったのですか」

「あるさ。紙で作られた本が図書館にも沢山あっただろう」

「でも、あれは後年作られた書物なのでは?」

「そんなのもあるけど、古いのもあっただろ」

「‥‥‥」


 何かおかしい。何だろう、この違和感は。

 いま、この異世界が地球の西暦千四百年としたら、四千年前は、紀元前二千六百年って事になる。仮にその時からこの国が成立したとしても、当時からこんな紙があったのか。


 エジプトのパピルスは、紀元前五千年頃だったが、普通の紙の発明は中国で紀元前二百年頃だったはずだ。この紙はパピルスではない。


 異世界だからか?だけど、四千年前から紙が存在していて、その後現在まで、その他の科学的な進歩はなかったのか。


「そんなに不思議なことなのか?」

 考え込んでいたら、オーティスから訊かれた。


 彼らにとって紙の発明とか、その後の電気の発明とか、科学技術の進歩とか、未来のことを何も知らないから、不思議でも何でもないのだ。昔からあるとだけで済んでいる。そこに草が生えているのと同じくらいの感覚だ。



 –慶太−


「この王宮の部分は、今とほぼ同じだぜ、建物自体は何度か建て直されて来たが、同じ場所に同じように建てられているからな」

 国王が真ん中の建物を指差して言った。そりゃ四千年も経てば建て替えるだろう。


「この下の貴族の邸宅地も、持ち主が代わってる家もあるし、建て直されてるけど、そんなに敷地の形は変わってない筈だ。ほら、ここがモートデルレーン家の屋敷だ。名前は変わってるがな」


「ウチはもっと下の方だな。あ、多分ここだ。この森で遊んだからな」

 オーティスも、一つの敷地を指差した。


 敷地にはゼンリンの地図のようにそれぞれ名前が書かれているようだがもうほとんど読めない。江戸時代に作られたこんな風に名前の入った地図も残っているが、せいぜい四百年前だ。桁が違う。


 本当に四千年前の地図なのか。そう思い込んでいるだけなのでは?


 科学的に鑑定してみなければその真偽は分からないし、王家に伝わる古文書だと国王が言っている限り、疑うことはできない。


 そんなことを考えながら地図を眺めていたら、俺は一つの事実に気づいて驚愕した。


「未知流、見てて」

 俺は地図の上に手袋をめた指を置き王宮の周りの五つの広場を指で繋いでいった。左上からスタートして右上、左下、真上、右下そして左上に戻る。ひと筆で繋がった。


 この形は、星型だ。五つの広場を線で結ぶと一つの完璧な五芒星になるのだ。アーマ神のシンボルだ。そして、広場や王宮を中心とした円、すなわち丸。


 この街はアーマ神のシンボルである星型と丸をかたどって創られているんだ!


「凄い!」

「この街がこんな形に造られている事はご存知でしたか」

「そりゃあ、国王だもの。知ってはいるさ」

 当然だという顔をして応えた。


「アーマ神のシンボルの形ですよね」

「ん?そういえばそうだな」

 知らなかったのか?


「何か測るものがありますか」

「ああ、物差しでいいかい」


 木製の定規が机の引き出しから出て来た。

 俺はそれを地図の上に当てて、広場の真ん中の噴水から隣の広場の噴水までの距離を測った。

「三十二センチ」

 また別の噴水から噴水までを測ったが、やっぱり三十二センチだった。他も同様だった。つまり広場の中心を結ぶと完全なる五角形になり、五芒星の五つの辺の長さが全部同じだということだ。


 この地図の正確さは何だ。どうやってこんな正確な街を造り、この地図を作ったんだ。まるで上空から見たそのままじゃないか。こんな街づくりが果たして人間に出来るのだろうか。


 ナスカの地上絵を思い出した。あれはどうやって描かれたのか、諸説あるが、一つの説に宇宙人説がある。


「いやいやいや」

 俺は首を振りながら独りごちた。ただでさえここは異世界なんだ。そこに宇宙人が出て来ては、もう何が何やら。


「この街は、本当にこんなに正確に造られているのですか」

 俺は、街がこの地図の通りに正確に造られていない可能性を考えた。


「ああ、間違いないな。数年前に測量したからな。そうだ、その時に作った一番新しい地図を見るかい」

「はい、是非」


 国王は、机から新しい地図を出して来て広げた。

 紙の質はほぼ変わらないが、古さが断然違っている。こっちは王も手袋を嵌めずに扱っている。


 ほぼ同じだった。二枚重ねて明かりに透かしたら、多分ピッタリ重なる。


 確かに、邸宅の大きさや敷地の広さが少し異なっているだけで、それはもう誤差の範囲と言っていいだろう。いやいやいや、そんな筈はない。四千年前と現在がそんなに変わらない土地など聞いたことがない。川の流れとか山の地形だって変わるだろう。


 川?川はどこにある?地図では道路なのか川なのか分からなかった。教会が面している広場の近くに一本あるのは知っている。


「川はこの地図ではどこにありますか」

「これとこれ、これとこれとこれ」

 国王は、王宮のある丘から五つの広場の方向に伸びている五本の筋を指した。


「こんなに綺麗に各広場の方向に川が伸びているんですね」

「ああ、それでそれぞれの地域では水に困らない」

「なるほど」


 なるほどとは言ったが、そうは思っていない。そんな都合のいい街づくりがどうやって出来るのか。最初に川ありきなのか。


 何から何まで分からない。国王もオーティスもアリアムも(彼は口を出さないが)何も不思議ではないという顔をしている。


 未知流は、どう突っ込んでいいのかわからないのだろう。途中から黙ってしまった。


「もう一つ、どうしても解読できない文献があるんだ」

 国王陛下は、もう一つの木の箱をテーブルの上に置いた。

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