第36話 変換と転移

 –未知流–


「俺の側近で、長老のレナルキンという者がいて、お目付け役でもあるんだが」

 そういえば前回来た時、その名前を聞いた気がする。確か「レナルキンのところに行ってくる」と言って国王は出て行った。


「この国の事を一番知っているのだ。レナルキンなら何か分かるかと思って聞きに行ったんだ」

「この地図もその方が?」

「そうだ、この地図の事は俺も知っていたのだが‥‥‥」


「その解読出来ない文献とは?」

 私は早くそれを見てみたいと思った。せっかちな私は、うずうずしていて前のめりになり、慶太に襟首をつかまれた。


「ああ、これは本当に門外不出で、その地図と共に収められていた物なのだが、誰にも読めないので俺が見ても意味がない、とレナルキンが言うんだ」


 確かに誰にも読めないのなら、見ても意味はないか。私はがっかりして項垂うなだれた。


「国中の学者に見てもらったらしいのだが、誰も読めなかったのだ。だが、お前たちは、異世界人だろう。もしかしてと思って、持ってきたのだ」

 国中の学者が読めない物を、専門家でもない私たちが?


 国王陛下は、手袋をめ直した手で慎重に箱の中から布に包まれた物を取り出した。

 布を開くと、さっきの地図と同じくらい古そうな一冊の綴じられた冊子が出てきた。


 表紙には、『ロンデン王国建国記』と書かれている。

「ロンデン王国建国記?」

 慶太と声を合わせて読み上げた。


「読めるのか!」

「えっ?」

「読めるのか?」

「は、はい。普通に」


「ああ、やっぱり。お前たちならもしかしてと思ったんだよ」

「え、でも‥‥‥」


 異世界あるあるで、その国の言語で書かれた物も読めるはずなのだ。だから、ロンデン語(?)で書かれてても、日本語に見える。


 その逆もしかり。私たちが書いた日本語を、この国の人たちは読めるはず。


「え?陛下は読めないのですか」

「さっきから言ってるだろ。誰にも読めないって」

「僕も読めない」

 オーティスにも読めないらしい。

 おかしいなあ、何で?訳がわからん。



「あの、紙とペンを貸して頂けますか」

 この部屋で何回目かの貸して貸して攻撃だ。申し訳ない、何も持って来なくて。

「お安いご用だ」


 机から紙とペンが出て来た。ペンは軸に装飾のある高級万年筆みたいなペンだった。壊したら弁償できんぞ、コレは。


『こんにちは』

 と書いて王様とオーティスに見せた。

「何だい、こんにちはって?」

『国王陛下』

「こくおうへいか」


「読めますよね」

「うん、読めるさ。何が言いたいんだ。さっさと、その文献を読め」

 王は少しいらついてきたようだ。


「この文献は日本語で書かれています」


「日本語ってお前たちの国の言葉か」

 王様は、信じられないという顔をしていた。オーティスも驚愕の表情だ。そりゃそうだろ、私だって信じられない。

「そうです」


「さっきこっちの紙に書いた字は、この国の言葉に変換されるんです」

 私はさっき字を書いた紙を指して言った。

「でも、この文献は変換されないのです」


「何故だ」

「それは、分かりませんが、この文献の字は確かに私たちの国の言葉です。私たちが読めるのですから」



 –慶太−


「今日は三人とも泊まっていけ」

 王宮に来てから、もう数時間が経ち日も落ちて来たので、続きは後日とも思ったが、一刻でも早く読みたかったし、国王もそれを望んだ。


 そろそろ帰らないと心配しているだろうと思っていたので、国王の申し出は有り難かった。

 教会とオーティスの家には、早馬を出してその旨を伝えてもらった。


「これで時間を気にせずに取り掛かれるな。さあ早く読んでくれ」

 王に急かされ、俺たちはその文献に改めて取り掛かった。


 何故ロンデン王国の“建国記”が日本語で書かれているのか分からないが、とりあえず表紙をめくってみた。


 さっきの地図よりも状態が悪く、ところどころ字がにじんだり、かすれたりして読めない部分があった。未知流と一緒に、慎重にページをめくりながら読み進めた。



 その内容を要約するとこうだ。


 故郷を捨て、この星に来て三十年。私はもう長くは生きないだろうから、私がこのロンデン王国を建国した経緯をここに記しておく。


 故郷である星は、もう滅亡している頃だろう。

 かの星では高度に文明が進み、科学技術は行き着くところまで行き着いた。遠い宇宙まで到達出来るし、時空を超える技術も手に入れた。人工知能AIが著しい進歩を遂げ、人類に代わって全てを支配するようになった。


 しかし科学は万能ではなかった。幾つかの国で始まった戦争は終結せず、核施設が攻撃されて、被爆者が爆増。化学兵器が使用されて伝染病が流行。進んだ医療でもその症状は治癒出来なかった。


 更に温室効果ガスによる温暖化がその一因であるさまざまな気候変動、大地震、津波、洪水、熱波、寒波、乾燥、大雨、落雷、竜巻その他数々の天変地異に襲われ、その星は滅びかけていた。科学は自然までは支配出来なかったのだ。


 裕福な国の人民は最初、月に移住した。しかし月の資源や土地の奪い合いで戦争になった。愚かな人民は科学戦争を起こし、月でも人民は破滅した。


 さらに選ばれた民は火星や金星に移住した。しかし、金星や火星でも月と同様の争いが起こった。


 今故郷の星には、荒れ果て、死滅を待つだけの土地にしがみつくしかない人々だけが残っている。


 そんな故郷を捨て銀河系を離れ、新天地を求めて彷徨さまよっている時、見つけたのがロンデンという土地を擁するこの星だった。それが三十年前の事だ。

 この星は、広大な宇宙の遥か彼方かなたに位置していた。


 この星はまさに理想的な場所だった。他の星の住民が科学の進歩による高度な文明を誇り、便利で豊かな暮らしを享受する中、この星の人々は何千年の昔から変わらず農耕と狩猟に従事し、自然に逆らわず、自然と共に暮らしていた。


 私は科学によって滅ぼされた星を捨ててこの地にやって来た。科学の発達もなく、農耕と狩猟だけの原始的な暮らしを変わらず送っているこの土地は、私にとっては唯一無二の理想郷だった。


 私のスペースシップが降り立った時、この土地の人民は恐れおののき、私を神と崇めた。私は神としてこの土地に君臨し、国王を立ててここにロンデン王国を創った。


 ただ、この地には魔法を使える人々がいた。魔法は科学を超える能力だった。魔法使いは私の理想郷にとって邪魔な存在だった。


 私は魔法使いを排除したかった。故に魔法使いは捕えて処刑していった。魔法使いは悪魔だという教えを普及し、人民を洗脳していった。神である私の言葉は絶対で、人々は何も疑わずそれを受け入れた。


 私はアリマ神として人々に崇められた。

 ただ、私は私自身を偶像化したくなかったので、私の名前を構成している星と丸をシンボルにした。加えて王都に私の出身地であるキョウトと名付け、丘を造成し、道路と河川を通して、やはり星と丸をモチーフとした都市造りをした。


 言葉については不便がないように、言語変換装置を使って、国全体で言葉が通じ、字が読める技術を施した。電気がなくても使える先端技術だ。科学を使用したくなかったが、仕方ない。


 故郷との行き来が必要な事象が発生したので、転移装置を設置して、時々故郷の星に必要な物を調達しに帰った。装置は今でもそこにあり、地図に示している。


 この建国記は、後世のロンデン国民にとっては、受け入れられない事実になるだろう。だから、私はこの記録に言語変換機能を施さずにおく。


 三十年住んでみて分かったことだが、この星では自然災害はほとんどない。冬の季節以外は穏やかな気候だ。だからこそこの星は原始的な暮らしを何千年も続けてこれたのだ。


 この国が理想郷として、この先何千年も今のままで続いて行くことを望む。


 西暦二三五七年二月十日(地球歴)

 有馬星丸ありまほしまる





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