第37話 解放と根回し

 –未知流–


 衝撃の事実という言葉をこんなに実感したことはこれまでなかった。

 慶太と私はしばらく口が聞けなかった。国王陛下とその親友も黙りこんでいた。


 この王国を建国したのは有馬星丸という日本人で、科学の発達により消滅寸前の地球を捨て、西暦二千三百二十七年にやって来てそれから四千年経った。


 私たちは過去ではなく未来にいるのだ。魔法使いを排除したのもその日本人だった。


 最初に口火を切ったのは王だった。

「腹が減っただろう。食事を用意させよう」

 正直それほど空腹ではなかった。そこに神経が行かなかった。


 時刻は午後九時を回っていた。こんな時間から食事の支度って、させられる方も迷惑だろうとも思ったが、相手は国王陛下だということを失念していた。


 初めて王宮に来た時に焼き鳥とホットドッグを食べた食堂に通されて、四人で食事をった。簡単なものが出てくると思いきや、結構なご馳走が振舞われた。さすが国王陛下。


 食事の間、誰も口を開かずただ黙々と食べた。途中で王妃が顔を出した。

「陛下、何か分かったのですか」

「ああ、明日話すよ。もうお休み」

 陛下は王妃に軽くキスをして、下がらせた。


「この国を造ったのは、君たちと同じ日本人だったんだね」

 やっとオーティスが切り出した。


「そのようです」

 なんか申し訳ない気分になった。陛下の沈黙が怖い。


「アリマというのは、お前の国ではよくある姓なのか」

 一番触れられたくないことを訊かれた。

「はい、まぁ」

 慶太が応えた。


「アリマ神が長い月日の中でアーマ神に変わったんだろうな」

 驚いた。そうだ、きっとそうだ。さすが、一国の王は察しがいい。


「キョウトという地名もあるのか」

「あります。それがキヨルスになったのですね」



「悪いが、この事は俺たち五人だけの秘密にして貰えないか」


 国王陛下は、まっすぐに私たちを見つめたあと、アリアムにチラッと視線を流した。彼は、“建国記”を読んでいる間ずっと国王に付き添っていたので、内容を知ってしまった。


「もちろんです」

「墓場まで持っていきます」

 慶太も私も異存はなかった。オーティスもアリアムもうなずいた。


「国の重要な秘密を知ってしまったのですから、有無を言わせず処刑されるかと思いました」

 私はまた思ったことを口走った。


「おい」

 慶太がいさめた。出てしまった言葉は取り消せない。


「はははは、俺を見くびるなよ」

 国王が豪快に笑った。

「だったら僕も処刑だな」

 オーティスは笑みを浮かべている。


「だから、見くびるなって。お前たちのことは全員信用しているよ」

 少しだけ、空気が軽くなった。


「これで当初の目的である、魔法使いの件は落着だな」

「科学を超えたものだから排除された」

 慶太が平坦な調子で述べた。同じ日本人が犯した罪を私たちは今更背負う事はできないけれど。


「科学というものが何か分からないが、それまでずっと魔法のある社会だったのだから、元に戻しても構わないだろう」


「魔法使いは釈放されるのですね」

「ああ、その法律を作る」

「どんな理由で?」

「彼らの能力を見せて、役に立つことを証明する。ちょっと根回しが必要だな」


 陛下は、何か考え事をしたあと「うん、よし」と言って立ち上がった。

「それぞれ寝る部屋を用意したから、ゆっくり休んでくれ。オーティスはいつもの部屋だ」


 私たちは、侍従に連れられて、客間に通された。ホテルのスゥイートルームのような豪奢ごうしゃな部屋を慶太と別々に与えられた。


「浴室の準備をしておりますので、冷めないうちにお使いください」

 至れり尽くせりだ。もう十時を過ぎているのにお湯を張ってくれたのだ。申し訳ない気分で一杯だ。


 さっきの文献の中身で慶太に話したいことがあったが、せっかくの猫足風呂を使わない手はないので、話は明日と言って別れた。


 上質な絨毯、豪華な調度品、刺繍入りの高級そうなカーテン、天蓋付きベッド、猫足の浴槽、猫足のテーブル。一つ一つ見て回ってため息が出た。二度とこんな部屋に泊まることはないだろう。


「ああ〜、スマホで撮っておきたい」

 さっきの衝撃はすっかり忘れて、ふかふかの羽根布団でぐっすり眠った。


 翌日、朝食までご馳走様になって、慶太と私は王宮の馬車で、オーティスは自分の馬車で帰途についた。泊まる時は御者はどうするのか訊いたら、御者専用の宿泊部屋があるらしい。



 –慶太−


「有馬慶太くん」

 馬車の中で未知流に呼ばれた。

「何でフルネームで呼ぶんだ?」

「だって‥‥‥慶太がここにいる理由と何か関係あるんじゃないかと」


「有馬なんて苗字珍しくもないだろ」

「お父さんの実家京都じゃん」


「‥‥‥よく知ってんな、俺言ったか?」

「言ったってか、行った事あるよ、慶太のおじいちゃんの家」

「そうか?俺は覚えてねーよ」


 小学校の時、夏休みに俺と二人で京都の家に泊まった事を未知流は覚えていた。蚊帳かやが珍しくて中で寝るのが楽しかったと言った。俺は何度も親と里帰りしたことがあったので、蚊帳の事は記憶にある。


「結構古い家だった」

「ああ、だったな」

「だからさぁ」

「京都の有馬家ってだけじゃんか」


 俺も何となく関わりがあるのかと思ったが、それは認めたくなかった。


「それよりも、西暦二千三百二十七年って三百年先だぜ。そこから四千年の歴史が始まって今に至るんだ」

 俺は話を変えた。


「私たちは過去に来てると思ってたけど、未来に来てるって事だよね」

「そうだ、四千三百年先だ」

「‥‥‥」

「そして、地球は、もうとっくに滅びている」

「‥‥‥」


「科学の発達した星からスペースシップで来たから、あんな地図と都市が作れたんだな」

「そうよね、違和感の原因が分かってスッキリしたわ」


「ここは過去だと思い込んでいたもんな」

「紙は発明されてた」

「当然だな」


 俺の考えた宇宙人説はある意味正しかった。もしかして、ナスカの地上絵もそうなのか?


「歴史書に“神が降臨して‥‥‥”って書いてたのは神話じゃなかったんだ」

「うん、“悪鬼を駆逐した”ってのもね。悪鬼は魔法使いのことだったんだね」


「あと」

「あと?」

「転移装置が何処どこかにある」

 昨夜はそれどころじゃなかったから、地図を確かめられなかったのだ。


「転移って、ワープって事だよね」

「そうだろうな」

「あの地図、また見ないと」

「しまった。次の約束しとけば良かった」


 こんな時、電話がない不便さを思い知る。入城許可証はまだ持ってるから、アポ無しで行くか。



 教会に戻ったら、みんなに心配された。庶民が王宮に泊まるなんてことは聞いた事がないと言われた。


 文献の中身は五人の秘密だから話せない。魔法使い釈放の件も、法律が出来るだろうから、今報告することではないと判断した。


 転移装置のある場所については気になっていたが、急ぐことではないので、また王宮に行くチャンスがあればその時にしようと思う。


 またオーティスがやって来た。ルイードの説得の為だろう。そしてまた、浮かない顔で帰って行った。


 マリエンヌとエリーザも来た。エリーザは孤児院で今度は野菜の収穫を手伝って泥だらけになり、またスタッフを慌てさせた。


 マリエンヌは、兄が度々たびたび来て、ルイードに再婚の打診をしている事は知らない。


 

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