第38話 井戸とドア

 –未知流–


 魔法使いを解放する法律が成立した。


「根回しが成功したんだ」

 古地図を見る為にアポ無しで王宮に行ったら、そんな話をされた。


 国王陛下は、収監している六十八人の魔法使いたち一人一人を聴取してどんな魔法が使えるかを調べ上げ、次に、権力のある上級貴族たちから何か困っている事はないか聞き出した。


「壊れた宝飾品を直したい」

「邪魔な岩石を取り除きたい」

「息子の病気を治したい」


 様々な要求が魔法で解決できることを法廷で目の当たりにした貴族たちは、魔法使いの解放を望んだ。王の思惑通りに、ことは運ばれた。


「解放した魔法使いたちの処遇を考えているところだ」

 帰る家がある者は家に帰そうと思うと、王様は言った。

「全国に魔法使い虐待禁止のお触れを出せば、彼らは虐げられることもないだろう」


「そうですね。まだ身を隠している魔法使いもいるだろうけど、今後は堂々と暮らせるようになるでしょう」


「魔法を使って商売ができるようにするつもりだ」

「貴族たちは魔法使いを独占したいと思うのでは?」

「独占禁止法を作らなきゃ」

 いや、意味が違うだろ、と慶太に突っ込まれた。


「ちゃんと給料を払って雇うように法を整備する」

「法外な料金を取るなどの悪徳な商売をする魔法使いも出て来るかも知れませんね」

「それぞれの魔法の料金の上限を設定したらいいのでは?」

「なるほど、いい考えだ。それは家臣に伝えて、料金表を作らせよう」


「帰る家がない者は、どうするのですか」

「王宮付きの魔法使いとして雇おうと思う。もちろん国民の要望があれば、有料で魔法を使わせる」


「カルビンお爺さんは?」

「ああ、あの爺さんもここで使う。官吏が住む官舎に住まわせ、典医として勤めてもらう」


「もしよかったら、孤児院にいるロイスも雇ってください。壊れたり汚れた物を元通りに出来ます」


「それはいいな。十五歳になったら雇うようにするよ」

「ありがとう御座います」


「ところで、何か用事があって来たのではないのか」

「そうなんです。あの古地図を見せて頂きたくて」


 転移装置の話をもう一度した。

「ああ、そんなことも書いてあったな。少し待て」



 私たちはまた、手袋を嵌めてあの古地図を手にした。

 転移装置という記述はどこにもなかったし、それらしいものも載せられてない。

「無いね」

「無いな」


「お前たちは、国に帰りたいのか」

「少し迷ってます」と慶太は応え、「よく分からないのです」と私は言った。

「そうか、決まったら教えてくれ」


 国王陛下は公務に呼ばれたので、アリアムを残して出て行った。


「長くなりそうだから、見終わったら帰ってくれ。アリアム、二人を馬車で送ってやってくれ。あと、地図はその箱に入れておいてくれるか?」


「ありがとうございます、仰せの通りに」

 私はわざとしゃちこばって応えた。


 国王が去った後、アリアムと三人で目を皿のようにして見直した。

「無いですね」

「無いねー」

「無いな」


「転移装置という記述はないのですが、一つ気になることが」

 アリアムが遠慮がちに言い出した。


「何ですか」

 私は身を乗り出した。

「関係無いかもしれませんが、ここに『井戸』とありますよね」

「はい」

 井戸は関係無いだろ。


「井戸は他にもあちこちに沢山あるのに、何でここだけ井戸って書かれているのかと思いまして」


「沢山あるのですか」

「はい、それはもうあちこちに」

 そういえば、教会にもある。少し離れた家の庭にもあった。


 もう一度地図を見た。井戸と書かれているのは、一箇所だけだった。

 そこは、ローザン地区教会の、広場を挟んで真正面の家屋の裏手だった。


「ここって」

「俺たちが目を覚ました場所にあったあの井戸だ!」



 –慶太−


「だからあそこで目覚めたの?」

 帰りの馬車の中で未知流がまた言った。さっきもその話したじゃん。


「そう考えれば全てが繋がる」

 俺も同じ事を繰り返した。


「だけど、“建国記”では『行き来した』って書いてたよね」

「ああ」


「仮にその井戸がこっち側のドアだとしたら、あっち側は?そんなの入った覚えがないけど」

「んー、そうだな」


「寝て起きたらあそこにいたんでしょ」

「うん、お前もだよな」

 あれからちょうど一年くらい経った。だが、一年前の記憶はまだある。


「私はね、あの日ロンドンが舞台のエッセイ読んでて、ロンドン行ってみたいって思ってたの」


 あっち側のドアの何か手掛かりになるかも知れないので、あの日の二人が寝る前の出来事や考えた事を思い出す事にした。


「それは聞いたよ」

 教会に住処すみかを得て、案内してくれる司教を待ってる間にそんなことを言っていたのを覚えている。


「同窓会でさ、慶太がロンドンに仕事で行った話聞いたじゃん」

「うん、言った」

「私ね、慶太とロンドンに行けたらいいなって思って寝たの」

 それは初耳だ。


「‥‥‥俺と?」

「うん」

 未知流はつんと目をそらした。


「俺と‥‥‥そっか。何となく分かったぞ」

「何が?」

「実は俺も、お前の事考えてた」

「えっ?」


「あの日、お前の事考えながら酒飲んで寝た」

「そうなの?」

「俺、同窓会でお前と話して、思い出したんだ」

「何を?」


「高校の時、彼女出来ただろ?あの子と付き合い始めて気づいたんだ。お前がいいって」


「うわ、しょーげきの発言!」

「おちょくるなよ、真面目に聞け!」

「ごめん」


 未知流は、謝りながらうつむいた。

(俺、今告白したんだぜ。お前はどう思ってんだ)


「お前にそれを言えば良かったって後悔した事を思い出したんだ。あの頃に戻って俺の気持ちを伝えられないかなって」


「もしかして、高校生に戻ったのって?」

「そう考えてもいいだろうな」


「じゃあ二人の願いが一致して、何故かここに繋がるドアが開いた」

「ロンドンじゃなかったけどな」

「私のは『慶太と』って部分だけが叶ったのかなぁ」


☆○


 教会に戻ってすぐ、二人であの井戸を見に行った。

『井戸』はまだあった。


 そこに落ちていた小石を投げ込んでみたが、底に当たる音や水の音はしなかった。底なし井戸か?


 だが、果たして四千年以上も前の装置がまだ生きているのかが分からない。そして、ここに飛び込んでどこに出るのかも。


「井戸が転移装置って、京都人の考えそうな事だね」

「へっ?何で?」


小野篁おののたかむらって人知らない?」

「聞いたことあるな、えーっと‥‥‥」


「平安時代にあの世とこの世を行き来してたって人」

「ああ!京都の何とかいう寺にその井戸があるって言う?」

「うん」


「へぇ、それでお前の苗字が小野だったらバッチリだな」

「残念ながら小野じゃねーわ」



 井戸から教会への帰り道、未知流に訊いた。

「分からないって言ったよな」

「えっ?」

「陛下に帰りたいのかって聞かれた時」

「うん、慶太は何を迷ってるの」


 正直ここの生活は結構気に入ってる。確かにもの凄く不便は感じるが、この一年、いろんなところで人の役に立って、そのことをちゃんと評価してくれる人たちがいる。


 何よりここで知り合った多くの心優しい人たちと別れるのが辛い。ルイード、ナディシア、ジュール、オーティス。それに長老、ノーディン、そしてロイスも。これらの人たちとの出逢いは大切にしたい。切り離してはいけない気がする。


 特に国王のジョルテロアは、あっちの世界では絶対に友達にはなれない人種だ。


 だが、このままこの世界で一生を終えるのか?

 未知流とはこの先も一緒にいたい。それだけははっきりしている。


「どうする?」

「だから分かんないんだって」

「じゃ俺に決めさせて」


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