第23話 国王と異世界人

 –未知流–


『雪の月』と冬の季節が終わり、これからおよそ九ヶ月間は過ごしやすい季節が続くらしい。その間は適度に雨も降り農作物もスクスク育つ。


 台風とか地震とか津波などの自然災害もこの国には無縁なようだ。

 この国は一年の四分の三が暖かく、残りの四分の一が冬という気候なので、四分の三の方には名前がない。冬の季節だけが冬と呼ばれ、その中の一カ月が『雪の月』と呼ばれる。


 四季のある日本人には慣れない気候ではあるが、数年前からの体温を超えるような猛暑日が続く夏が無いのは助かる。


 ☆○


「へぇ、院長がねぇ」

 慶太から院長とロイスの話を聞いて私は驚いた。

「認識を新たにしたんだとさ」


「まあ、ロイスにとっては良かったわよね。院長が孤児院に来ると、ロイスの様子が変わってたもの」

「緊張するっていうか、さっと逃げる事もあったしな」

「うん、なんか見てて可哀想だった」


 院長の変貌は、手のひら返しと言えなくもないが、院長に認められて、ロイスも肩身が狭い思いをしなくて済むようになったから、良しとしよう。


 それにしても、マリエンヌの現状が心配でたまらない。あの夫なら、まさか殺さないとしても、暴力または監禁・幽閉は平気でしそうだ。


 ルイードも同様で、暇さえあれば祭壇に向かって神に祈りを捧げている。きっと、マリエンヌの無事を祈っているのだろう。


 しかし、彼は背後からの物音には過敏に反応してすぐに振り返るようになった。気丈に振る舞っているようだが、先日の襲撃は、彼にとって確実にトラウマになっている。


 ルイードを襲った犯人に関しては、当然だが私たちには全く情報は入らず、行き詰まったまま気がつけば半月近くが過ぎていた。


 とりあえず、ルイードを絶対に一人にしないように、外出する時は、必ず誰かをつけるようにする、私たちの出来ることはそれくらいしかなかった。


 そこにまた、大事件が舞い込んできた。



 –慶太−


「ケイタ!大変よ!」

 出勤して来たナディシアがおはようの挨拶もせずに、俺に叫ぶように声を掛けた。


 本日のパンを仕込んでいた俺が振り返ると、ナディシアと二人の息子達が厨房の入り口に立っていた。


「おはようございますナディシアさん、息子さん達も。お久しぶりです。何事ですか?」

「おはようございます、ケイタさん」

 二人の息子は、丁寧に挨拶をした。


「昨日息子達が帰って来てね、王宮に‥‥‥」

「母さん、僕たちが話すから」

 ナディシアが興奮気味に喋ろうとしたが、長男のカーナルが、ナディシアを押しやって前に出た。


「実は、王宮で、あなた方の焼き鳥とホットドッグの噂が広まって、国王陛下が大変興味を持たれまして、食してみたいと所望しょもうされておられるのです」


「つきましては、あなた方を王宮にご招待して、焼き鳥とホットドッグを調理して陛下に提供して頂こうということになりまして、本日里帰りついでに私どもが参った次第です」


「それと、孤児院の子ども達に教育を施している件にも関心を持たれており、是非話を聞きたいとのこと」


「明日にでも迎えの馬車をよこすとのことですが、都合はいかがですか」


 カーナルとミシュリンは交互によどみなく、しかも過不足なく話をした。さすが王宮勤めの高級官吏、頭が良さそうだ。


 感心している場合ではない。王宮に⁉︎明日⁉︎

 道理でナディシアが大変だと慌てていた筈だ。


「分かりました。詳しい話をあちらで伺いましょう」

 王宮に行くなら未知流も一緒にと思い、俺は未知流を呼んだ。責任者のルイードも知っておいた方がいいと判断し、ルイードにも同席して貰い、応接室で話の続きをした。


「料理を提供するのは、国王だけです。ですから、食材を沢山持ち込む必要はございません」


 良かった。こないだみたいに三十人分とか言われたら、準備に時間が掛かるし、材料も無いから明日には間に合わない。


「料理を提供して、孤児院の話をする。それだけですよね?」

「はい、その予定ですが、食事をしながらの雑談のようになると思います」


「では、私たちも一緒に食べるということですか」

 未知流が訊いた。

「その通りです」

 未知流は妙な顔をして俺を見た。国王と一緒の食事?そりゃ緊張するよな。


「孤児院の話とは?」

 ルイードが心配そうに尋ねた。

「当方の孤児院に何か問題でも?」


「国王が、こちらの孤児院での教育の仕方にとても関心を持たれておりまして、他の教会でも取り入れる事が出来ないものかと仰られまして」


 ルイードはホッとしたような顔をした。ここの孤児院のやり方を非難されるのではないかと案じたようだ。


「あの、私たちはこんな服装で構わないのですか?正装は持ち合わせてないのですが」

 今度は未知流が心配そうに尋ねた。

 俺は学ランがあるけどな、とは言わなかった。


「構いませんよ。国王は堅苦しいことは仰らないお方です。謁見室には、作業着で来られる国民の方もおられます」

「よかった」


「それから、お二人が異世界から来られたことも興味がおありなようで、訊かれると思われますが」

「へっ?」

「母から聞いていたのですが、まずかったでしょうか」


 そっか、ナディシアは知ってるから、息子にはそりゃ伝わるわな。そして、その事はすぐに王宮勤めの官吏の間で噂になって、国王の知るところとなったのか。


「その件ですが、国王は例えば異世界人を酷く警戒されておられるとかはないのでしょうか」

 宇宙人に遭遇したら、普通警戒するだろ。捕まった宇宙人もいたらしいし。俺はそんな心配をしていた。


「いいえ、国王はとにかく好奇心旺盛な方でして、是非会ってみたいと。実は、料理よりもそちらに興味がおありなのです」

 国王がそんなで良かった。下手したら捕らえられるかも知れなかった。


「それは本当ですね? 行ったら、その場で斬り殺されるなんて事は無いですよね」

 未知流がまた思ったままを口に出した。

「安心してください。私たちが保証致します」

 二人は、苦笑しながら請け合った。


「だいたい分かりました」

 明日の迎えの時間を確認して、息子さん達は、王宮に帰って行った。


 息子さん達が帰ったあと、何を着て行くかで、ナディシアと一悶着ひともんちゃくあった。


「えーっ、その格好で王宮に?」

 ナディシアは驚き慌てた。

「息子さん達が構わないと言ったんですよ」

 未知流は平気な顔をして答えた。


「そんなの社交辞令よ。ああ、どうしましょう、私の服はサイズが合わないし」

「大丈夫です。せめてスカートは履いて行きます」


「ケイタは、あれがいいわよ。ここに来た時着てた、黒い服。あれなら上下お揃いだし、金色のボタンが付いてたでしょ、ケイタはあれを着なさい」

 ナディシアは俺の学ランの事を言っているらしい。


 あっ、そっか! 俺はひらめいた。

「なぁ未知流、俺たち異世界人として国王に会うんだよな」

「そうらしいね」

「じゃ、異世界人の服でいいんじゃないか?」

「えっ?」


「だからー、俺は学ラン、お前はジャージ」

「そっかぁ、そうだね!その通りだよ、慶太!」

「じゃあ、決まりな!」


「ええ〜⁉︎ミチルのあれは寝巻きじゃないの、とんでもないわ!」

 またもナディシアがあきれて言った。

「あれも上下お揃いですよ、ナディシア」

 俺は未知流をフォローしておいた。


 俺は、食事を提供することよりも、算数教室のことよりも、異世界のことよりも、もっと別の件で国王と会いたかった。

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