第22話 探偵と手鏡

 –未知流–


 傷は浅かったものの、ルイードが再び襲われる可能性も捨てきれないため、教会は夜九時には施錠することになった。その時間なら他の職員もまだ就寝前なのでルイードが一人になる事はないからだ。


「夜間でないとお祈りに来れない方も多いのですよ」

 ルイードは猛反対した。しかし、ノーディン院長と長老が説得して、ルイードは渋々承諾した。


 ルイードとマリエンヌが過去に恋人同士だったことは、先日クリスタン卿が乗り込んできた時に私にばれた(実は以前から知っていた)ため、ルイードはもう隠すことを諦めた。


「司教は何か心当たりは無いんですか」

 事情を全く知らないノーディン院長が不思議がった。


 物取りが目的なら、こんな古い教会は狙わないだろうし、金を出せとも言われなかった。初めから、ルイードを狙った犯行だ。


「司教ほどの人格者に恨みを持つ人間がいるとは思えないのだが」

 院長は、いろいろ反抗はするものの、ルイードのことは認めているのだ。


「マリエンヌの夫のクリスタン卿が雇った刺客だと思います」

 私は思い切って話に割り込んだ。


「どういう事だ?」

 私はルイードの反応を伺った。彼は、深くため息をついてうなずいた。話してもいいという許可の合図だ。


 私は先日のクリスタン卿の暴力沙汰を説明した。そしてクリスタン卿の捨て台詞『覚えてろよ』が、ルイード襲撃の件と関係があるはずだという私見を述べた。話の流れでルイードとマリエンヌの関係が院長の知るところとなった。


「私たちは、神に背くような行いはしておりません。アーマ神に誓って」

「それはそうだろうが、司教、少し軽率でしたな」


「‥‥‥その通りです。マリエンヌ様がここに来られることを許すべきではありませんでした。彼女は今、どんな目に‥‥‥」

 ルイードは自分のことよりマリエンヌの方を案じていた。


 マリエンヌはあれから一度も顔を出さない。ルイードが襲われた事も知らないだろう。


 ルイードが襲撃された事を翌日知ったナディシアとエンゾにもやはり同じ話をせざるを得なかった。


「息子のことはよく知らなかったけど、あの公爵の子どもならやりかねないわ。それにしても司教にそんな恋バナがあったなんて!」


 それまでたびたび教会を訪れて来ていたマリエンヌとは何度か遭遇していたため、ナディシアは好奇心丸出しで二人の事を聞きたがった。


 エンゾにとってルイードは自分の子ども達と同じくらいの年齢なので、余計心配になったのだろう。話を聞くとすぐに祭壇の前で祈りを捧げていた。


「ルイードって、力が強いんだね、見直したわ」

 ルイードはどちらかと言うと痩せぎすで、とても力持ちには見えないし、喧嘩が強そうにも見えない。脱いだら凄い細マッチョって訳ではなさそうだ。


「てか、犯人弱すぎじゃね?こんな言い方したら悪いけど」

「それは確かにルイードに失礼な言い方だよ」


「だけど、だからこそ命は助かったんだろ」

「そっか、ルイードにしたらラッキーだったって事か」

「もし、ナイフが肺や心臓に刺さってたらって考えたら‥‥‥」

 慶太は身震いした。


「人を襲うことに余り慣れてないと見たわ」

 私は断言した。

「人を襲うことに慣れてる奴って?」


「だから犯人は素人しろうとだって言ってんの」

「プロの殺し屋を雇ったって訳じゃないって事か?」

「そう」


 私はミステリー小説も好きで、沢山読んだ。指紋や足跡が犯人特定の証拠になる場面はよく出てくる。


 私が取った指紋と靴跡は、何の役にも立たないかも知れないが、無いよりはましだと思っている。血染めの指紋のついたナイフももちろんそのまま取ってある。


 ルイードと院長の話では、犯人はルイードよりも十五センチくらい低かったらしいので、身長百六十五センチくらいだと分かっている。

(この国の尺貫法は日本と同じセンチメートルとグラムだ)クリスタン卿の知り合いで、殺しのプロではない男。証拠は沢山あった方がいい。



 –慶太−


「私は未だに録画して観てるんだよ」

 未知流は、小学生にされてしまった高校生探偵が活躍して事件を解決するアニメの話をした。


「だからね、現場保存は鉄則」

「だけどさ、指紋も足跡もデータがある訳じゃないんだから、取っておいても何の役にも立たんのじゃね?」


「分かんないよ。犯人の目星でもつけば、特定出来るかも知れないじゃん」


「目星ねー。クリスタン卿の周りにいる百六十五センチの男ってだけじゃねぇ。フードにマスクだから顔は殆ど見えてないし」


「人殺しを簡単に引き受けるってことは、お金目当てか、弱みを握られてる可能性あり」


「ホント探偵みたいだな、お前」

「お姫様の次になりたかった職業が探偵なんだよ。探偵に鞍替えしようかな」



「覚えてるぞ」

「何を?」

「幼稚園の卒園式のとき、将来なりたい職業を一人ずつ言った時、お前お姫様になりたいって言っただろ」

「‥‥‥すんげー記憶力」


「あん時俺、こいつ馬鹿なのかって本気で思ったからな」

「お父さんとお母さんにも言われたよ、恥ずかしいって」

「お姫様は職業じゃねぇだろ」

「突っ込むとこ、そこ?」



 孤児院に行くと、いつもロイスが訊いてくる。

「若奥さまは、今日は来ないの?」

「なんか忙しいんじゃないかな」

「そうなの‥‥‥」

 ロイスの寂しそうな顔が不憫ふびんでならなかった。


☆○


 実はあれから、ちょっとした事件があった。いや、大事件か。ノーディン院長が、ロイスの魔法を認めたのだ。


 ある日のこと、院長が慌てた様子で孤児院にやって来て、ロイスを執務室に連れて行った。


「お願いだ、一度でいいんだ」

「でも、僕はケイタ先生と約束したんだ、二度と使わないって」

「‥‥‥ケイタからはわしが許可を得ている。頼む、この通りだ」

「ケイタ先生から言われないとダメです」

「うーむ‥‥‥分かった」


 ノーディン院長は俺に泣きついて来た。

「母の、母のたった一つの形見だったんだ」

 院長は、自分の母親の形見である手鏡を落として割ってしまい、ロイスに復元を頼んだのだ。院長は幼い頃に母親を病気で亡くし、形見である手鏡をずっと大切にしてきたらしい。


 俺の一存では決められないので、ルイード司教に相談した。ノーディンが泣いて頼むので、ルイードは承諾した。


「一度だけですよ。もうこれきりにすると約束して頂けますか」

「分かった。済まない。本当に有り難う」


 ロイスは手鏡に手をかざした。

 ルイードは身を乗り出して見ていた。彼も興味津々なんだろう。



「ああ、神様。この子をわしの元につかわせて頂いた事を感謝します」

 ロイスの復元魔法で元通りになった手鏡を大事そうに胸に抱いて、院長は神に祈った。


「私たちは、魔法と魔法使いに対する認識を改めないといけませんね」

 ルイードは、ロイスの使う魔法を初めて目にして感慨深げに言った。


「その通りだ。魔法は、わしらにとって便利な道具と同じだ。魔法使いは、その道具を操る事が出来る役目をになっているだけだ」


「私たちはなぜ、魔法を良くないものと教えられて来たのか知る必要がありそうですね」

 俺は激しく同意した。


「ロイス、お前を悪魔と言った事を許してくれ」

「院長先生‥‥‥」

 大人に頭を下げられることに慣れてないロイスは戸惑いを隠せずに、俺を見上げた。


「よかったな、ロイス、役に立って」

 俺はロイスの頭を撫でた。ロイスは少しはにかんだような微笑みを浮かべた。


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