第24話 時代劇とタメ

 –未知流−


 という訳で、私たちはここに来た時の格好で王宮を訪れることになった。


 慶太の学ランはいいよ。あれから一度も着てないし、正装の役割もある。


 私のジャージはナディシアが言うように、寝巻きとしてほぼ毎日着てる奴だからなぁ。今朝まで着てたし、生地が薄くなって毛羽だってるし。ホントに大丈夫か?


「うん、一昨日おととい洗濯したから、そんなに臭くはない」

 私は一応、ジャージを匂ってみた。


 お迎えの馬車は、豪華なものだった。モートデルレーン家がよこした馬車とは段違いだ。

「すごいね!」

 私は感激して、馬車の周りを一回りした。


 馬車には弟のミシュリンだけが乗ってきていた。

「兄は別の仕事がありまして」

 彼は申し訳なさそうに言った。


「ミシュリン、くれぐれもこの子達を頼んだわよ」

 見送りに出て来たナディシアが心配そうに息子に告げた。


 慶太は学ラン、スニーカーにご丁寧に学生カバンも持っていた。私は高校の名前入りのジャージの上下に、流石にスリッパという訳にはいかないので、革靴を履いた。この靴は、ちゃんと足に合わせて新しく買った物だ。一応化粧はした。慶太もちゃんと髭を剃っていた。


 王宮へは、モートデルレーン公爵家へ行った時と同じ道を通って行った。そういえば、あの屋敷から宮殿がすぐ近くに見えたなぁ。


「マリエンヌは無事かなぁ」

 私は独り言を呟いた。慶太は窓の外を見ていて何も言わなかった。


 公爵家を通り過ぎて、少し登って行くと、塀に囲まれた広い地域に入った。

「ここから王家の敷地です」

 ミシュリンが窓の外を指して言った。


「王宮のある場所の外側をぐるりと囲むように作られているのです」


 ここは、東京都の霞ヶ関みたいな官公庁街なんだろう。建物は政治を司る官吏の働く庁舎と、彼らが住む官舎だ。


 それに多くの店舗や民家が立ち並んでいて、畑や牧場、果樹園、花壇もある。この地域だけで生活が成り立つように設計されているのだ。


「私どもの官舎は、そこです」

 結構な大きさの二階建ての建物をミシュリンが指差した。相当な数の官吏たちが働いているのだろう。


「結婚して家庭を持ったらあれらの一軒家に住めます」

「なるほど」


「あの城壁の中に王宮があります」

 見ると、ひときわ高く厚みのある立派な塀がある。あれが城壁か。壁のてっぺんが凸凹になっている。あの凸凹は何ていう名前だったかなぁ。小説で読んだ気がする。


 城壁の中に入るのに、門番とのやりとりがあった。ミシュリンが何か書類のようなものを提示して、無事通ることが出来た。

 王家の紋章が付いた馬車でも、厳重なチェックがあるのだろう。


 王宮は、この前見たモートデルレーン家の屋敷より更に大きく(当たり前だけど)荘厳な佇まいだった。

「一、二、三階建か、でも五階建て位に見えるね」

 私は階数を数えて言った。


「各階の高さが高いんだろ」

「そっか。日本の建物と比べものにならないね」

「ラプンツェルいないかなぁ」

 そばにあった高い塔を見て呟いた。

「バカ」

 慶太は溜め息をついた。


 城壁の中には、立派に造られた広大な庭園もあった。綺麗に刈り込まれた植栽、彫像、池、薔薇のような花の蔓が巻きついているパーゴラ。庭園の中を通る小道の脇にはベンチが置かれていた。


東屋あずまや!」

 ところどころにある屋根付きの四角い休憩所を指差して思わず叫んだ。

「もう感動でどうかなりそう。物語の中でしか出逢えない場所にいるなんて!」


 正面玄関の真ん前に馬車が止められ、御者が降りて馬車の扉を開けてくれた。ミシュリンがまず降りて、私たちを入り口まで案内した。


「私はここまでです」

 ミシュリンとは、そこで別れた。凄く心細かったけど、代わりにお年寄りの方が付いてくれた。役職は分からない。

「謁見室にご案内いたします」


 広い玄関に入ると、また大きな扉があり、その先は大広間だった。

 そこを通り過ぎて、やっと謁見えっけん室に辿り着いた。


 謁見室は、さっきの大広間と変わらないくらい広かった。正面に赤い絨毯敷の三段の緩やかな階段があり、最上段に豪華な装飾のなされた背もたれの高い椅子がある。


 あれが玉座か?椅子の後ろには立派な衣装を着けた偉そうな人々が五人並び、槍を持った騎士が少し間を空けて控えている。


 騎士は、階段の下にも左右に十名ずつ並び、警備の厳重さを物語っている。こっちの騎士は腰に剣を携えている。


 正面の壇上からずいぶん離れたところに連れて行かれ、そこで待つよう言われた。

 椅子も何も無い。


「正座かな、やっぱ」

 慶太に囁いた。

「そうやなぁ、日本人だもんなぁ」

 二人で床の上に正座して、周りを見回した。


 高い天井からは大小のシャンデリアが全部で十個くらい吊り下がっていて、全ての蝋燭ろうそくに火が灯されている。装飾の施された太い柱が全部で八本。その柱と壁に幾つも設置されている燭台しょくだいの蝋燭と合わせて一体何本の蝋燭があるのだろう。


 蝋燭に火をつけるだけの係っているんだろうなぁ、それも一人じゃ間に合わないだろう。何人も要る。シャンデリア自体の掃除も大変だよなぁ。待てよ、あんな高いところにあるシャンデリアにはどうやって火をつけるんだ?


 これだけの蝋燭と、窓や天井からの陽光があっても部屋全体は薄暗く感じた。そもそも部屋が広すぎるのだろう。


 そんなことを考えていたら壇上の横の扉が開いて、三人の男女が入って来た。真ん中の人が国王だろう。王冠を被り、長いマントを身につけている。王様定番の格好だ。

(分かり易っ!)


 思った通り、その分かり易い人物が玉座に鎮座した。


「若っ!」

 第一印象がそれだった。

 凄く若い。同じくらいかもっと下か。それくらいの年齢に感じた。


 国王陛下は栗色の髪に、鳶色の瞳、背は慶太よりちょい低いくらいかな。まずまずのイケメンだった。


「本日は、お招きに預かり恐悦至極きょうえつしごくに御座います」

 リーマン歴十三年の慶太が、慇懃いんぎんに挨拶した。

(武士か!)

 吹き出しそうなのをこらえた。


「苦しゅうない、近う寄れ」

 こうなるともう完全時代劇じゃん。


 私たちは、さっきここに案内してくれた老人に導かれて階段の下まで行き、また正座した。

「名は何と申す」


「ケイタです」

「ミチルです」

「ケイタとミチル、年は幾つじゃ?」

「三十五歳です」

 二人で声を合わせて答えた。


「タメじゃん!」

「え?」

「ジョルテロア陛下!」

「あ、すまない。同じ年齢だったから」


 国王陛下は、「タメじゃん!」という若者言葉を側近にたしなめられたようだった。


 一気に親近感が湧いた。同い年の国王陛下は、ジョルテロアという名前らしい。


「今日は、私の為にえーっと何とかいう料理を振る舞ってくれるということだが、御足労であった」


「焼き鳥とホットドッグに御座います。陛下のお口に合いますかどうか」

 慶太は敬語を使い慣れている。


「上手いと評判なのでぜひ食してみたいと思っていた、早速準備してくれ。話はそれからだ、ここは堅苦し過ぎる」

 どうやらこの王様は堅苦しい場面が苦手なようだ。



 –慶太−


 俺たちは厨房に連れて行かれた。

 馬車に積んであった食材はもう既に運び込まれていた。

「三人分作ればいいんですね」

 国王と俺たちの分だ。


「そのように聞いております」

 コック長と思われる人物が答えた。


 作っている間、ずっと監視されていた。当然だ、毒を盛られる可能性があるからだ。勿論出来上がった物も毒味された。焼き鳥の串も丹念に調べられた。


 食事の支度を済ませたら、今度は食堂に連れて行かれた。ここは家族だけの食堂みたいだ。テーブルには椅子が十人分セットされていた。


 よく映画なんかで見るように、主人が上座に座り、ずっと離れた一番端っこの下座に俺たちが座らされるものと思ってたら違った。

 国王のすぐそばに俺たちの席が用意されていた。


 国王はさっきの王冠とマントを脱いで、やや楽そうな衣装に着替えていた。


「これは美味いし、食べ易いじゃないか」

 手で食べられる焼き鳥とホットドッグに、彼はいたく感動したようだ。


「パンと野菜とソーセージがいっぺんに片手で食べられる。空いた方の手で何か出来そうだな」


 俺は、サンドイッチ伯爵の逸話エピソードを思い出した。

(トランプ遊びが出来ますよ)


「喜んで頂いて嬉しいです」

 未知流は緊張しているのか、少し声が上擦っていた。


「異世界から来たんだろう。どんなところなのか?」

「地球という星の日本という国です」

「地球。日本」

 しばらく地球と日本の特徴を説明した。


 次に話題にしたのは、孤児院での算数教室の件だった。国王は熱心に耳を傾けていた。時折り、側近を呼んで何か打ち合わせたりした。


「ところでケイタ、お前は本当に三十五歳なのか」

 しまった。来るよなぁ、その質問。でも、教会でも皆んな受け入れてくれたから、きっと大丈夫、俺は正直に話した。


「へぇ、やっぱりな。三十五には見えなかったもの」

 良かった。気が楽になった。


「妻も同い年なんだよ。お前たちも夫婦なのか?」

「違います」

 同時に答えて、顔を見合わせた。


「ただの幼馴染みです」

 未知流が言った。

「幼馴染みか、そうだ。あいつを紹介しよう。ぼちぼち来る筈だ」

 国王はそう言って、俺たちを今度は私室に招き入れた。


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