第15話 地下室とトイレ

 –未知流−


 厨房は慌ただしかった。

 モートデルレーン公爵の孫娘の誕生日会まであと二日。

 ナディシアは、ピリピリしていた。


「あの公爵は、傲慢ごうまんで有名なのよ。市民からは嫌われているわ」


 それは、祭りの時の言動で十分納得出来る。

 あの日、馬車にかれて怪我をした市民が数人出た。夫妻は、馬車の窓から金を投げ捨て、「治療費だ、取っておけ」と言っただけで、謝りもしなかった。今思い出しても腹が立つ。


「とても高慢な上に短気だというわ。粗相そそうがあったらその場で斬り殺されるかも知れないわよ」

「斬り殺される⁈」


「本当よ。あの家の使用人が何人も行方不明になってるって噂は後をたたないわ。きっと殺されてどこかに埋められてんのよ」

 まじか。

「ロイスも奴隷として監禁されてたんでしょ。あの公爵がやりそうなことだわ」


「ロイスは可哀想に、あの後熱を出して二日間寝込みました」

 ジュールが悲しい目をして呟いた。彼はよくロイスの面倒をみている。


「ホットドッグのパンは、向こうで焼いて焼きたてを出した方がいいわよね」

「ソーセージは作って持って行く?」

「焼きたての熱々を出さなきゃ、機嫌が悪くなるかもよ。どうすればいいのかな、三十人分も!段取り考えておかなきゃ」

「屋敷に持ち込む物をちゃんと書いておいた方がいいわね。もし忘れ物があって作れなかったりしたら、殺されちゃうわ」

「炉と焼き網はあるのかしら、炭と一緒に持って行った方がいいかも知れないわね」

「焼き鳥の串は、しっかりヤスリをかけてささくれの無いようにしなくちゃ。指や口を怪我したりしたら、それこそホントに殺されるわ」


 次から次へと思いついたことを口にしている。それにしても、どうしても殺されるみたいだ。


「三十人分も要るなんて、どんだけ招待するのよ。たかが小娘の誕生日会に」

 ナディシアは、たまに聖職者とは思えない発言をする。


 公爵夫妻は、祭りの屋台で売られている食べたことも見たこともない食べ物の噂を、屋敷の使用人から聞いて興味を持ったらしい。

 そして、孫娘の誕生日会で振る舞えば、孫娘の祖父母に対する株も上がり、ついでに招待客の度肝どぎもを抜けるという魂胆なのだろう。そこで、二人してわざわざ味見にやってきたというわけだ。


「まあ、俺たちの作った庶民的なファストフードが、貴族様のお口に合った事が驚きだけどな」

「まぁ、味はよかったわよ。評判よくてバンバン売れたからね。」


「不味くはないって言われたさ」

「何それ? 美味いって言えよ」

「だろ?」

「結局、珍しさが一番の理由でしょ。孫娘ちゃんと招待客を喜ばせるには打ってつけだったんだよ」

「ま、そうだろうな」


 慶太は、それよりも公爵の屋敷に乗り込める事の方が嬉しかったようだ。


☆○


「そんなことがあったのですか」

 祭り当日、公爵夫妻との事の顛末てんまつを報告すると、ルイードは驚きを隠せない様子だった。


「モートデルレーン公爵ですか」

「ご存知ですか」

「‥‥‥ええ、まぁ。‥‥‥来られたのは公爵夫妻の方ですね。息子さん夫婦ではなくて」


「ええ、ご年配の夫婦でした。それにロイスが、公爵の声だって」

「そうですか。あの屋敷に奴隷が‥‥‥」

 ルイードは一瞬だけどこか遠くを見つめるような表情を浮かべた。


 そうか、孫がいるということは、息子夫婦もいるはずだ。ルイードは、そっちを知っているのかもしれない。


「とにかく、お屋敷では失礼のないようにお願いしますね。些細ささいなことでお怒りになる方らしいですから」


 ルイードもナディシアと同じ事を言った。彼らの悪評は相当広範囲にとどろいているようだ。



 –慶太−


 俺は興奮していた。

 屋敷に乗り込んで行っても、ランボーよろしく監禁されている人たちを助け出せるとは正直思えない。だけど、少なくとも何も手を出せなかった状況より一歩進んだ。


 ロイスに屋敷のだいたいの見取り図を描いて貰い、監禁されていた場所を特定してある。

「ここが厨房。一階の一番奥です。その横に地下に行く階段があったと思う。こっちから見ると右側」


 ロイスは記憶を辿たどりながら屋敷の間取りを図に描いた。


「地下室には食品庫と不要品を入れておく倉庫があったけど、僕たちがいたところはその倉庫のもっと下」


 ロイスによると、倉庫の中に隠し扉があってそこから下に行く階段があるらしい。

 つまり地下二階ってことだ。屋敷を建てるときに初めからこんな部屋を造るのはどんな意図があったのか。貴族のやることは分からない。


 地下に行く階段が厨房に近いのはラッキーだが、倉庫のさらに下というと難度があがる。鍵も掛かっているし。


 勿論、今回彼らを救助に行くつもりはない。どう考えても何の力も経験もない俺が、真っ昼間に三人を連れて屋敷を抜け出す状況は想像つかない。ランボーになるのはまた次の機会だ。今回は場所を特定するに留める。


 屋敷には、俺と未知流とナディシアとジュールの四人で行くことになった。三十人分の料理を作るには少なすぎる人数だが、屋敷で働いているコックと給仕人に手伝わせれば大丈夫だろう。


 四人が留守をする間の教会の食事の世話は、地域のボランティア達にナディシアがお願いしてある。

 未知流とジュールには、地下室探索の計画はもう話してある。


「俺がトイレに行くふりをして地下に迷い込んだことにする」

「普通、地下にトイレはないです」

 ジュールが感情のない声で真っ当な意見を述べた。


「それは正論だね。さぁ慶太、何て言い訳すんの」

「こんな立派なお屋敷に来たことがないのでって言う」

「なるほど、プライドをくすぐるって作戦か。引っかかるかなぁ」

「ひたすら平身低頭する」

 俺は、両手と頭をテーブルに押し付けた。


「その場でバッサリってことはいくら何でもないよね。お客様呼んでる日なんだから」

「ま、何とか頑張ってみるよ」


「ナディシアにも話しておかないと、いなくなった慶太を探して変なタイミングで声をかけたりするかもよ」

「そうだな。話しておくか」


☆○


 凄く怒られた。

「何考えてんの、見つかったら殺されるわ!」

「俺一人の責任でやります、迷惑はかけません」

「迷惑とかそんなことじゃなくて、あんたの命が取られるかも知れないのよ!」

「分かってます。慎重にやりますから」


「はぁ、全く‥‥‥なんでそこまで?」

「ロイスが泣きながら、仲間を助けてくださいって」

「助けるって、どうやんの?」

「今回は地下室の場所を確認するだけです。助け出すまではいきません」


「今回はって、次回があるの?」

「それは未定です。あるかも知れないし、無いかも知れない」


「無いことを祈るわ」

「とにかく、地下室を見に行くだけです、やらせてくださいお願いします」

 俺は深く頭を下げた。

「分かったわ。こうなったら一連托生よ、協力するわ」


 一連托生って仏教から出た四字熟語では?



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