第2話 ジャージと学ラン
−未知流−
「え、慶太なの?」
「未知流?」
慶太も起き上がって辺りを見回した後、自分のほっぺたをつねった。王道だよなぁ。変な感心をした。
「ここ、どこ?」
「わからん」
「何で高校生なの?」
「何で高校生じゃないん?」
どうやら私は三十五歳のままらしい。クソッ、何で慶太だけ?
いや、何でそこを悔しがる?
「慶太だけずるい!」
心の叫びがつい口に出た。
「何が?」
「何でもない」
慶太も混乱しているようだ。しきりに首を
そりゃそうだ。この状況をすぐに受け入れられるほどの経験値はないはずだ。
とにかくここがどこなのかを知りたかった。
二人が居たところは質素な家屋の裏庭のような場所だった。ささやかな畑と古い井戸のようなものがあり、そのそばの草むらで私たちは目覚めた。
畑には馴染みのない野菜が育っていたが、井戸は
「
井戸を
この家の住人が家の中にいるのかどうかは分からなかった。見渡せば辺りには同じような家と畑が拡がっているが、人影は見えない。
情報を手に入れるためにしばらく歩き回ることにした。
天気は快晴、暑くも寒くもない。
太陽は真上にあった。
「わぁすごい。広いし綺麗!」
家の横の路地を抜けると視界が急に開け、大きな広場に出た。広場はほぼ円形をしており、真ん中に噴水があった。
大きな円の円周上に、中心を向いて多くの店舗が立ち並んでいるといった形だ。
路地の道は舗装されておらず、
(スリッパを履いて寝た覚えはないぞ)
当たり前だ。部屋の中で靴を履いている西欧人でも、ベッドの中では裸足の
慶太はスニーカーを履いていた。
さっき私たちが通ってきたような路地が数軒ごとの建物の間から円の外に向けて伸びていた。ここは大きな市場なんだろう。たくさんの人々が行き
私たちは円周に沿って反時計回りに歩いた。
見たこともない野菜や果物が並ぶ店、雑貨屋、服屋、帽子屋。料理店からは良い匂いがしてきた。調理道具らしきものを置いた店は金物屋か。靴屋、鍛冶屋、薬屋、肉屋、魚屋、花屋。
街はとても
「東京ドームくらいかな」
慶太は、広場の大きさを日本人ならではの尺度で表した。
「そこまで大きくはないでしょ」
「東京ドームの地べたくらい」
慶太は妙な表現をした。起き抜けでまだ頭がよく回転してないのかも。
「地べたって、野球グラウンドってこと?」
「そう」
「ドームよく行くの?」
「うん、野球
「まだ巨人ファンなんだ」
「未知流は?ドーム行く?」
「うん、
「ああ、アイツらまだやってんだ」
高校の時からの推しのグループは今だに健在で、ドームコンサートを年に一度やっている。
「メンバー少し減ったけどね」
ほとんどの建物は平屋か、せいぜい二階建てで、三階部分があってもそこは屋根裏部屋のようだった。
「高い建物がねぇってのはこんなに空が広く見えるんだなぁ」
「東京人だなぁ」
「あっ、見て見てあそこ。丘の上、あれお城じゃない?」
「どこ?あ、ほんとだ。城壁っぽいな。凸凹してる。なんか塔みたいなんも中に見える」
慶太も私も視力がいい。
遠く小高い丘の上に、高い城壁のような建造物が見えた。そこにに至る
「てことは、ここは王国か」
私はもう、ここが異世界かもしれないと感じていた。
「なんかワクワクして来た」
「この状況でワクワクできるお前の図太さって尊敬するよ」
「だってお城だよ。王子様やらお姫様が住んでるかも知れないじゃん」
「観光用の城かもしれんぞ」
「夢がないねー」
「この状況自体が夢だよ」
街ゆく人の顔と服装から、日本ではないのがわかった。
ほとんどの人の肌の色は白く、金髪か茶色かシルバーの髪で、綺麗な真っ白い髪の老人もいた。黒髪の人は余り見かけなかった。
瞳の色は青か茶か緑色をしていてその濃淡はさまざまだった。たまに赤や紫色に近い色の瞳の人もいた。そして皆、彫りの深い顔をしている。
「俺、なんか見られてる?」
「黒髪と黒い瞳が珍しいのかもね」
私はセミロングの髪を茶色に染めているが、慶太は高校生らしい黒髪短髪だった。彼は人々の注目を浴びていた。
「なんだ、イケメンだからじゃねーのか」
「はいはい」
金色のボタンがついた真っ黒い学ランが目を引いたのかも知れない。
背は高い人もいるが、私くらいの身長の人や小太りの女性もおり、時々すらっと細身で頭1つ抜きん出て高い男性もいた。
つまり、人それぞれということだ。現代日本人とそれほど変わらないと感じた。
服装は、中世のヨーロッパを思い起こさせるような感じだ。女性は長いスカートに長袖のシャツ、男性はほとんどがズボンとシャツに短い上着を身につけ、革のブーツを履いていた。
店先で物を売っている人たちは皆、袖を
車は一台も通らず、馬に乗った兵士のような人が広場の
時々馬車も見かけた。飾りのついた立派な馬車には、高級そうな服装を身につけた人々が乗っていた。簡素な馬車は、いわゆる乗り合い馬車かも知れない。
「観光用の馬車じゃあなさそうだな」
時代は自動車が発明される前のようだ。
噴水の近くでは、大道芸人が技を
敷物を敷いてその上に品物を広げ売っている者たちもいた。
「電柱と電線がないね」
「そうなんだよ。地下に埋設してるんじゃないよな」
「うーん、馬車が走ってるということは、まだ電気がないって考えた方が正しいかと」
日本の街でよく見るごちゃごちゃした電線が一つもない空はとてもスッキリしている。
「えっ?高校時代にタイムスリップしたんじゃなくて、電気の無い時代にいるの、俺たち?」
間違いない。やっぱりここは今流行りの異世界というやつだ。
−慶太−
俺は高校の学ランを着て学生カバンを持っていた。カバンには教科書や筆箱の他に一台のガラケーが入っていた。
「うわっ懐かしい〜、高校生になって初めて買ってもらったやつだ。三年間大事に使ってた」
「使える?」
「圏外だ」
バッテリーは満タンだが、充電器がないので、そのうちゼロになるだろう。
「残念。でもちょっと見せて。電話帳に私の名前あるでしょ」
「あるさ」
“ミチル”とカタカナで載っていた。いま使っているスマホにもそのまま受け継がれている。
当時付き合ってた彼女の名前もあった。こっちは今のスマホにはない。
自分では分からなかったが、俺は学ランを着ているだけでなく、身体ごと高校生に戻っているらしい。そう未知流が教えてくれた。
「まんま高校生じゃん。」
体力も身体能力も戻ってるなら、高校時代のように走れるかな。少し走ってみた。俺はサッカー部だった。
「軽い!」
「いいなぁ」
未知流が
「いいのか⁉︎」
俺の高校の制服は今はブレザーに替わっているが、俺がいた頃は学ランだった。まだ着れるんだなと、体型の変化がないことに満足感を覚えていたが、身体ごと高校生に戻っているなら当然だ。
未知流は古びたジャージの上下を着ていた。
「何で制服着てんの?」
「知らねーよ。お前こそ何でジャージなん?」
「寝て起きたらこうなってたから、ジャージだよ。普通じゃん」
「普通寝る時はパジャマだろ。何でジャージなんだ?てか、それ高校の時のじゃん、名前ついてるぜ」
「夜中にコンビニ行きたくなった時、ジャージの方が便利なんよ。それに、高校卒業してからジャージなんか着ることなかったから、これしか持ってないのよ。あんた制服着て寝てんの?」
「んなわけねーじゃん。寝る時はスウェットだよ」
「パジャマ着て寝んじゃないの?」
「夜中にコンビニ行きたくなった時便利だろ」
「同じじゃん。じゃ、寝て起きたらここにいたわけじゃないの?」
「いや、俺もフツーにスウェット着て寝て、起きたらここにいた。何で制服なんだろな、しかもカバンまで持って。てか何で俺だけ高校生なんだ? あ、ここ教会かな?何か聞いてみる?」
高校二年に戻って、思いを伝えたいと願ったから高校生になったんだという可能性は、俺の記憶からすっぽり抜け落ちていた。
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