第5話 魔法と奴隷

 −未知流−


「お兄さんも? ってことは、もしかして君も魔法が使えるの?」


 他に魔法が使える人を知っているの?と聞くよりも、この少年が魔法使いなのではないかという直感からそう尋ねた。


「僕が使える魔法は壊れた物や汚れた物を元に戻すことだけなんだ。お兄さんは物を消すことができるんだね?」


 勘は当たった。

 私は、厨房から汚れた布巾ふきんを持ってきて少年の前に置いた。少年が軽く手をかざすと、あっという間に布巾は使用前の白さを取り戻した。


「すごいじゃん」

 慶太の披露したコイン消失マジックはただの手品だけど、これはホンモノの魔法だ。


 少年は慶太を仲間だと思って安心したのか、ぽつりぽつりと身の上を語り始めた。

 それは現代日本人の私たちには衝撃的な話だった。


 彼の名前はロイス、歳は分からないと言ったが、多分十歳くらいだろう。自分の特異な能力に気づいたのは四歳くらいの時だった。一歳上の姉が壊したおもちゃを何気なく触ったら元に戻った。姉は大喜びしたが、両親はそうではなかった。


 悪魔の子、両親はロイスをそう呼んでしいたげた。ロイスの異能を隠し続け、近所の人や友だちからも遠ざけた。弟もいたが、ロイスだけがうとまれた。


 そのうち知らない人が家に来て、ロイスを連れ去った。彼は売られたのだ。六歳の誕生日の二日後だったそうだ。


 売られた先は裕福な貴族の家で、彼はそこで奴隷どれいとして飼われていた。


 その家にはロイスの他にも三人の魔法使いが奴隷として使役しえきされていた。ロイスの魔法は、復元魔法(人には使えない)だが、物を移動させる魔法、作物を早く成長させる魔法、怪我を治す魔法、それぞれがただ一つの異能を持ち、家族や使用人の為に使わせられていた。


 彼らは地下の暗い部屋に閉じ込められ、粗末な食事を与えられて、必要がある時に連れ出されて仕事をさせられた。

 身体的な虐待も行われていたようだ。ロイスの身体には無数のあざや傷があった。


 ロイスは彼らの中で一番年下だった。彼はその小さな身体をうまく利用し、すきを見て逃げ出した。


「こんな小さな子が奴隷なんて」

 ロイスの話を聞きながら私は涙が止まらなかった。この位の歳の頃、私は何をしていただろう。家族や友達に囲まれて、お金持ちではなかったが何不自由なくぬくぬくと暮らしていたと思う。少なくとも両親からの愛情だけは感じていた。


「僕も、君と同じですよ」

 ジュールが少年の手をとり、そう言った。

「えっ、そうなの?」

 慶太と私は驚いて顔を見合わせた。少年も驚いたようだ。

「はい、僕も小さい時に親に売られた身です。魔法使いではありませんが」


 ジュールの話では、彼は身売りされた後いろいろな働き場所を転々とし、数年間過酷な労働を強いられてきた。


 ある日高熱を出したジュールは雇い主に見限られ放り出された。ふらふらと彷徨さまよっていたところをナディシアが見つけて教会で保護した。今は料理番をしながら神に仕えている。


 ジュールが少年を抱えて教会に連れ帰ったのは自分と同じ匂いがしたからなのかも知れない。

「でも僕は、監禁はされていませんでした。この子は‥‥‥」

 ジュールは声を詰まらせた。


 後に聞いた話では、人身売買はこの国では昔はよくあった事らしい。今私たちがいるこの街は、王都でもあり比較的豊かだが、周辺の村では自分の子どもを売って生計を立てる貧しい親も少なからずいた。売られた子どもは、働き手として安い賃金で使われていた。


「魔法使いはやっぱりいるんだ」

 異世界物語にはたいてい魔法使いが登場する。でもこの国に来てから、そんな話は聞かなかった。


「魔法使いは、悪人だとされています。この国では国民として認められていません」

 ジュールは少年をあわれむように見つめてそんなふうに言った。


「だけど、なんで嫌われないといけないの?」

 少なくともロイスの使う魔法は便利以外の何ものでもない。便利だからこそ、その貴族は彼らの能力を独占していたのではないか。

「詳しいことは分かりません」


「ウチの家族にいたら、汚れた服やら、壊れた家電やらガンガン元に戻してもらうけどな」

「だよなぁ。他の人たちの能力も絶対役に立つよな。」

 慶太も同様の感想を持っていた。


 ロイスは魔法が使える。

 この国では魔法使いは忌み嫌われている。

 とりあえず、他のみんなにはこの少年の異能のことは言わないでおこう。


 私は魔法使いが忌避きひされるようになった経緯いきさつを知りたいと思った。



 −慶太−


「マジか‥‥‥」

 俺はしばらく茫然自失としていた。ロイスの話は想像を絶するものだった。言葉を失うと言う表現はこんな時に使うんだ。


 少なくともこの教会や地域の人々は、裕福でないにしても、普通の暮らしを送っているように見える。ロイスのような苛酷な境遇の話は聞いたことがなかった。

 奴隷制度がまだ生きている。ここはそんな時代なのだ。そんな場所に俺たちはいるのだ。


 ロイスは魔法が使えることで、親から虐げられた。魔法使いでなければ、普通の家族として愛されたに違いない。何でそんなにいとわれるのか。


 この少年を奴隷の身に戻したくはなかった。ここで預かることはできないものか? 


 この教会には孤児院が併設されている。

 親が死に身寄りがなくなった子ども達が身を寄せている。この国の全ての教会に孤児院はあるようだ。ここではノーディンが院長を務めている。


 宿舎は教会の裏にあって、そこで十四歳まで暮らすことができる。彼らは宿舎のそばにある畑で野菜を育てて食料にしている。家畜もいる。

 地域の人たちが彼らの世話をしにきてくれるし専用の職員もいる。

 

 ここの孤児院の規模は余り大きくはない。定員は十二名だ。多分ベッドの数なのだろう。

 今は十人しかいないので、ベッドは余っている。ロイスを住まわせることはできるだろう。

 俺は未知流と一緒にロイスを連れて孤児院に行った。


 孤児院に繋がる渡り廊下でちょうど院長のノーディンと出会った。

「この子を預かって欲しいのですが」

 魔法のことは話すことを躊躇ためらわれたので、奴隷のことだけ話しておいた。


「奴隷として監禁されていた? それは本当の話なのか。出鱈目でたらめを言ってタダで住まわせて貰おうという手なんじゃないのか」


 迷惑そうな顔でそう言われた。以前、そんな子どもを受け入れたら、金目の物をって消えたことがあったらしい。

 ロイスは怯えて未知流の後ろに隠れた。


「怪我をしていますし、嘘をついているとは思えません。駄目ですか、部屋は空いてると思うのですが」


「部屋の問題じゃあないんだよ、本当だとしても逃げて来たんだろう。わしの孤児院で問題を起こされては困るんだ」



「何かあったのですか」

 ルイードが通りかかって話に割って入った。

 ノーディンは、バツが悪そうに目をらした。


「困っている人を救うのはアーマ神の思し召しです」

 ルイードは、初日に出逢った時と同じ事を言った。

「部屋が空いているのなら、受け入れてあげてください」


「だいたい、この二人を受け入れるのも反対だったんだ、思った通り厄介やっかいを持ち込んできたな」

 ノーディンは俺たちを指してそんな爆弾発言をした。


 そうだったのか。どうりで、なんか冷たくあしらわれてるなと思ったよ。

「ノーディンさん、神の使徒にはそぐわない発言です」

「ふん、何かあってもわしは責任を取らないからな」


 ノーディンは、捨て台詞ぜりふを吐いて教会に戻って行った。

「見苦しいところをお見せしました。彼はまだまだ修行が足りないようです。神への信仰心だけは強いのですが」


 ルイードはまだ若く四十歳代でここの責任者となった。ノーディンは、ルイードよりだいぶん年上だけど、位は下だ。位は下だがルイードに対して横柄な言葉遣いをする。ルイードは、誰に対しても丁寧な話し方をする。人格の違いが、地位の差なのか。


 未知流と俺は、ロイスの身の上について、ルイードにもう一度説明した。魔法の件は伏せておいた。


「奴隷と人身売買は、この国ではもうとっくに禁止されているのですが」

 ルイードは悲しそうにそう呟き、胸の刺繍の上に手を置いて祈りの言葉を口にした。


「あなたに神のご加護がありますように」

 ルイードはロイスの手をとって微笑んだ。


 十年ほど前に王様が交代して以降、人身売買は禁止され、奴隷制度も撤廃されたそうだ。しかし、法の網をくぐる奴等はどの世界にもいるようだ。


 孤児院の四人部屋の一つに連れて行った。二段ベッドが二つと小さな物入れが四つあるだけの狭い部屋だ。

「ベッドに寝てもいいの?」

 ロイスはベッドを見て目を見開いた。


 監禁されていた時は冷たい床に薄い敷物を敷いて寝かされていたそうだ。俺は再び言葉を失い、未知流はまた涙ぐんだ。


 二段ベッドは上下とも空いていた。

「上と下、どっちがいい?」

「上に寝てみたい!」

 ロイスは子どもらしくそう答えた。


 ロイスには他の人の前で魔法を使わないように念を押して約束させ、俺たちは孤児院を後にした。

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