第7話 学校と算数

 –未知流−

 

 慶太と孤児院の手伝いをしていてふと思った。

「ねぇ、この国には学校ってないのかなぁ」

「どうかなぁ。何で?」


「ここの子ども達は、学校行ってないじゃん」

「そういえばそうだなぁ、孤児院ってそんなもんなんじゃないか?」

「日本の児童養護施設の子ども達は学校行くよね」

「日本と比べてもなぁ‥‥‥」



「地域や家庭によって違うわ」

 ナディシアに聞いてみたら、そんな答えが返ってきた。

「ここは王都だから学校はあるのよ。ウチの子ども達も通ったわ、私もね」

 

 王都は他の地域より恵まれているのか?確かに、日本の東京は他の地域よりインフラとか便利さとかにおいては恵まれているのかも知れない。それと同じか。


 ナディシアの息子さん達は二人とも王宮勤めのエリートだ。それなりの高等教育も受けたのだろう。


「他のところは?」

 地方へ行けば行くほど、学校に通える環境は少なくなる、彼女は残念そうに言った。


「孤児院の子ども達は学校に行けないんですか」

「ここの子ども達が?そんな贅沢ぜいたくは許されないわ。教育にはお金がかかるのよ」

 贅沢なのか。


「十五歳になったらここを出ていかないといけないんですよね、その後はどこに行くんですか」

「色んな場所で働くのよ。ここでずっと神に仕える道を選ぶ子もいるわ」


「読み書きも出来ないまま卒院してもろくな仕事につけないじゃないんですか」

 私は何故かだんだん腹が立って口調が強くなって来ていた。


「そんなの普通よ、ここの子ども達だけじゃないわ!」

 ナディシアもつられたのか、けんか腰で答えた。


 なんだかむなしくなってきた。元の世界でも、教育の機会に恵まれない子ども達は、発展途上国をはじめ世界中に大勢いる。日本は恵まれているほうだ。ここでも同じか。


 そしてナディシアも恵まれた環境で育っている。分かり合えないのか。


「すみません。偉そうな言い方をしました」

 少し頭に血が上っていた事に気づいた私は素直に謝った。


「言いたいことは分からないでもないわ。でもね、この国はたぶん、あなた達が暮らしてた所とは違うわ」


 ナディシアは、わかり合おうと努めてくれている。でも私は郷に入っては郷に従えということわざを思い出した。私の考えの方が間違っているかも知れない。




「読み書きは無理でも、算数なら私たちでも教えられるんじゃないかな」

 慶太に提案してみた。


「そうだなぁ、院長に相談するか?」

「ルイードの方がいいと思う」

 ロイスを孤児院に入れてもらう時のいざこざを思い出してそう言った。ルイードなら賛成してくれるだろう。


 ルイードに根回しをしておいて、ノーディンに訊く。その作戦で行くことにした。

「明日行ってみる」

「一人で大丈夫か?」

「子どもじゃないんだから」


 翌日、院長のノーディンの執務室を訪ねた。

「またあんたか、今度はなんだ」

「子ども達に算数を教えたいのですが、許可を頂けますか」


「はあ?算数だと、何のためだ」

「子ども達が、働く年齢になってから役に立つと思うのです」

「孤児院の役割じゃない」

 ノーディンはやはり乗り気ではなさそうだった。


「子ども達にはいろいろとすることがあるから、勉強なんかする暇はないと思うがな。それに畑仕事や家畜の世話、炊事も教育の一部なんだ、分かっているのか?」


「でも、知識や教養も人間には必要です」

 私は少しだけ食い下がった。

「はあ、まったく面倒なことを思いついてくれるもんだ」

 

「ルイード司教と相談してから返事をするよ」

 孤児院も含めて全体のトップはルイードなので、自分一人の一存では決められないと言った。しめしめ、思惑通りだ。ルイードの了解は既に取り付けてある。


 翌日、ノーディンに呼ばれた。

「昨日の話だが、計画書を作って見せてくれ」

 渋々しぶしぶ受け入れた、といったところか。

「はい、ありがとうございます」


「やるのはあんた達なんだから、責任は持ってくれよ」

「はい、院長にご負担はかけません」


 ノーディンは常に責任の所在を明らかにしておきたいようだ。要するに、自分が責任を取らなければならない事態を避けたい、そんな人間らしい。ウチの職場にもいたなぁ、こんな人。


 私は慶太と話し合い、時間割を作って提出した。



 –慶太−


 未知流は孤児院で算数を教えることの了承を得てきた。なかなかの行動力だ。彼女のこういうところはほんと感心する。


「江戸時代って識字率高かったっていうじゃん」

「ああ、聞いたことある」

「あれって寺子屋が一役買ってたんでしょ」

「そうなのかもな」


「教会って寺みたいなもんじゃん」

「教会が寺かぁ?」

「だからぁ、みたいなって言ってんじゃん」

「そうかなぁ」


「神様か仏様かの違いでしょ」

「ま、いいけど」

「だからぁ、教会で算数教えるのは寺で読み書き教えるのと同じって言いたかっただけ」



 俺たちは自分たちが日本の小学校で学んだ当時のことを思い出し、試行錯誤しながらカリキュラムのようなものを考えた。


「やっぱ九九はテッパンだよなぁ」

「そうね、九九は外せないね」


 この国に掛け算九九はなかった。いや、ないわけではないが、日本語のような語呂合わせができないので、表を見て暗記するというやり方だ。元の世界の日本以外の国々と同じだろう。覚えさせたら役に立ちそうだ。


「俺小学校の時、KUNONに通ってたぜ」

「知ってる。その日は遊べなかったもん」

「なんだ、寂しかったのか?」

「そんなことあるわけない!」

 ホントは寂しかった癖に。素直じゃないなぁ。


「KUNONでやってたような計算問題用紙を沢山作ろうや」

「コピー機欲しいな」

「贅沢言うな」


 当たり前に使ってたけど、コピー機って贅沢なんだ。この世界での暮らしで改めて気付く文明の有り難み。


「九九は大っきい紙に書いて壁に貼ろうよ」

「ナイスアイデア!」

「へへっ、もっとめて!褒められて伸びるタイプなのよん」

「よしよし」

 俺は頭を撫でてやった。


 どんな仕組みなのか、どんな物語でも異世界では言葉に不自由はないらしい。これが異世界あるあるなのか。

 俺たちが日本語で掛け算九九を教えても、彼らはちゃんと自分の言語で覚えるようだ。


 算数を教えるのは楽しいけど、難しい。

 今、ここにいる十一人の子どもたちの年齢は五歳から十四歳までバラバラだ。算数は六歳以上の子どもに教えるので全部で八人。中には少し計算の知識がある子もいた。


 そんな子ども相手にそれぞれの能力、理解力に応じて教えるとなると個人授業が理想的だ。しかしそれは時間的に無理だ。彼らにはやるべき仕事がある。日本とは違うのだ。


 でも、子ども達は算数の授業に興味を示した。未知流と俺は、いろいろな小道具を使って授業を工夫した。彼らは掛け算九九も楽しみながら覚えていった。



 

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