第19話 悪魔と定義
–未知流−
ロイスは孤児院に帰らせた。
「クレアルには、花瓶は新しい物と取り替えたから心配ないと伝えておいてください。ああ、それから、後で院長に割ったことを自分から報告しなさいとも言っておいてくださいね」
ルイードが気を利かせてそう言った。
「そうだな、それは大切な教育的指導だ」
院長も同意した。
「さて、マリエンヌ様、ロイスは奴隷同様の扱いだったと聞きましたが、貴女もご存知だったのですか」
「はい‥‥‥」
マリエンヌの話はこうだった。
今から十二年前に、彼女がモートデルレーン家に嫁いだ時、屋敷にはすでに三人の奴隷が監禁され、魔法を利用されていた。この時はまだ奴隷制度は禁止されてはいなかった。
二年後にマリエンヌは、長女を出産し、その子が六歳の誕生日を迎える頃、ロイスが連れられてきた。ロイスもちょうど六歳だった。
「こいつは物を元通りに出来るんだ。便利な奴隷が手に入ったもんだ」
「こんな小さな子どもを、あの暗いベッドもない部屋に?」
マリエンヌは反対した。
「お前が家の事に口出しするんじゃない、高い金を出して買ったんだぞ」
公爵にも息子にも、そして公爵夫人にもマリエンヌは逆らえなかった。
マリエンヌだけは、彼らの魔法を利用しなかった。それどころか時々地下室に忍び込んで、彼らにお菓子を与えたりした。
「ロイスは私の娘と同じ年齢なんです。なのに魔法使いというだけで親に捨てられ、あんな部屋に‥‥‥」
マリエンヌは、
「ある日、ロイスがいなくなって大騒ぎになって。靴も履いていないしまだ子どもなのに、どうしているのか心配していたのですが。ここで、‥‥‥ルイード様の教会で、預かって頂いてたなんて、これは神の巡り合わせなのですね」
マリエンヌは、右手を左胸に置いて目を閉じた。
「彼らが見つけて連れ帰りました」
ルイードが、立っている私と慶太の方に目をやりそう言った。
「ありがとうございます」
マリエンヌは、私たちを見上げて頭を下げた。
「いえ、たまたまです」
(連れて帰ったのジュールだけどな)
慶太がマリエンヌに見つめられてボーッとなっていたので脇腹をつねってやった。
マリエンヌはクリーム色の落ち着いたデザインのドレスを身につけ、ゆったりと三つ編みにした美しい金髪を左肩に流していた。とても貴族の身分の女性には見えない地味な格好だけど、庶民とは違う何か品格のようなものが
「公爵様がたはロイスを探さなかったのですか」
慶太は、照れを隠すように質問した。
「奴隷制度と人身売買が禁止されましたので、大っぴらに探すことは出来なかったようです。ただ、残った三人はひどく鞭打たれました」
彼女はまた声を詰まらせた。
「魔法使いについて、貴女の考えをお聞かせください。貴女も魔法使いは悪魔だとお考えですか」
マリエンヌを気遣ってルイードは話を変えた。
「‥‥‥分かりません。でも、少なくともロイスと他の三人は、決して悪い人ではありません。むしろ悪いのはモート‥‥‥」
マリエンヌはそこで口を噤んだ。
「ロイスはとてもいい子です、素直で、優しくて。私は彼が魔法使いだって知ってたけど、彼を悪魔だなんて思ったことは一度もありません。院長は、何故彼を悪魔だと言ったのですか」
私は会話に割り込んだ。
「‥‥‥この国では、魔法使いは悪魔だと言われておる、だからわしもそう言ったまでだ。ロイスが優しい子だというのは、わしも認めておる」
院長は、最初ロイスの受け入れを拒んだが、五ヶ月の間彼を見ていて、考えを改めたようだった。
「だったら何故?」
「さっきの質問に答えてやろう。悪魔の定義だ。アーマ神の教えでは、悪魔は悪しき超自然的存在という定義だ。ロイスのやったことは
「ノーディンさん、悪魔の定義はそれだけではありません。第一義に残虐非道で人に災いを
ルイードが司教らしく知識を
「ロイスはその定義には当てはまりません」
「わしらは子どもの頃からずっとそう教えられて来た。魔法使いは悪魔だと。わしの親も、またその親もだ」
ノーディンは
「私も同じです。恐らくこのロンデン王国では長年に渡ってそのような教えが伝えられてきたのでしょう」
ルイードはノーディンの意見を認めた。
「何故なんですか」
私はどうしてもそれが知りたかった。
「分からん。理由など考えたこともなかった」
ルイードは、ゆっくりと口を開いた。
「ここでその話を続けても、結論は出ないでしょう。しかし、先ほどマリエンヌ様も
「ここの責任者は司教です。私は司教に従いますよ」
ノーディン院長は、意外にもすんなり引き下がった。
「二度と魔法を使わないようにもう一度よく言ってきかせます」
慶太が強く誓った。
–慶太–
「ああ、もっとお話していたいのですが、もう帰らなくては」
「今日ここに来たことをクリスタン卿はご存知なのですか」
「いえ、あの方は今日は父親と狩りに出かけています。私は実家に用事があると言って出て参りました」
マリエンヌは夫に束縛されているのかもしれない。
クリスタン卿はルイードとマリエンヌの事を知っているだろうと長老は言っていた。彼はルイードがこの教会にいる事を知っているのだろうか。もし知ってたら、マリエンヌがここに来ることを嫌がるだろう。
「そうなのですね。お気をつけてお帰りください。ロイスのことはご安心ください。これからもここで預かります」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
「まるでご自分のお子さんのように仰るのですね」
ルイードが微笑みながら言った。
「本当に私の子どもだったらよかったのに」
マリエンヌは寂しそうに立ち上がった。
ルイードは教会の正面入り口までマリエンヌを見送りに行った。院長は執務室から出たらさっさと自分の部屋に帰って行った。
「二人にさせてあげなさいよ」
俺も見送りたかったが、未知流が耳打ちしたので、俺と未知流も仕事に戻りますと言って、ルイードの執務室の前で別れを告げた。
「マリエンヌさんを味方につければ、監禁されている三人を助け出すことが出来るかも知れんな」
「ああ、鍵を外しておいてもらうとか?」
「うん」
「でも、公爵や息子にバレたら、彼女が殺されるかも知れないわよ」
「そりゃマズイ。彼女は死なせたくない」
「何よ、ホントにメロメロじゃん!」
「違うってば。ルイードを悲しませたくないってことだよ」
「どうだか」
「とにかく、危険だな。マリエンヌ様を巻き込むのは無しな」
「様!とうとう
「尊いだろう。お前も今日見て分かっただろ」
「まぁね、入って来た時天使だと思ったもん」
「だろ?」
「だからって、崇めなくても‥‥‥」
未知流は頬を膨らませた。
「何だよ。そっか、
「妬いてなんかない!」
「未知流も可愛いぞ」
「ふん!」
「今日の晩御飯何かな〜」
未知流の背中を押して厨房に入って行った。
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