第20話 嘘と後悔

 –未知流−


 マリエンヌはその後何度か教会を訪れた。ロイスの顔を見に、と彼女は言っているが、ルイードに会いに来たに決まってる。


「こんにちは、ロイス」

「若奥さま、こんにちは」

 マリエンヌは教会に来るとまずはすぐに孤児院に向かい、ロイスに挨拶をする。


 他の子ども達も美しいマリエンヌの周りにわらわらと集まってくる。マリエンヌは、他の子ども達にも、腰を下ろして目線を合わせにっこりと微笑んで挨拶をする。ロイスは自分が彼女の知り合いであることが誇らしいようだ、マリエンヌに殊更ことさら甘える素振りを見せる。


「ここでは子ども達が算数を習ってるのですね。私の通っている王宮の教会の孤児院では、やっておりませんわ」


 モートデルレーン公爵を始め、身分の高い貴族の屋敷は王宮に近い場所にある。その辺りの貴族は皆んな王宮の教会に通うのだろう。寄付金の額も多そうだ。このローザン地区教会とは破格の違いがありそうだ。


「それも彼らの発案ですよ」

 ちょうど算数教室が終わったばかりで、講堂から出てきた私を指して、ルイードが説明した。


「あの焼き鳥とホット‥‥‥何でしたか、あのお料理を考えたのもあなた方でしたね」

 マリエンヌに微笑み掛けられると女の私でもドギマギする。


「ホットドッグです。考えたというか、私たちの国で普通に食べられているものです」

「外国から来た方々だったのですね」

「まぁ、そんなところです」

 適当に誤魔化した。


「王宮の孤児院の子ども達にも、教育の機会をあげられたらいいのに」

 マリエンヌは溜め息をついた。


「そうですね。この国の全ての子ども達が同じ環境で生きて行けるといいですね」

 ルイードは彼女を温かく見つめて言った。

「ロイスは、ここに来れて良かった」

 マリエンヌは心底嬉しそうだった。


「今日はどんな理由をつけて出て来られたのですか」

 ルイードは気にしているのだろう。

「今日も実家に行くと言って参りました」


 そんな嘘がバレたらどうなるのだろう。私はちょっと気に掛かった。


「お父上もお母上もご息災ですか」

「‥‥‥実は母が伏せっております」

「ご病気なのですか」

 ルイードが心配そうに尋ねた。


「両親は私をあの家に嫁がせたことを後悔しております。特に母は気に病んで、とうとう身体を壊してしまいました」

「‥‥‥」


「私が悪いのです。私が、クリスタン卿の事を悪く言ってしまったから‥‥‥」

「貴女のせいではありません、マリエンヌ様」

「いいえ、私が我慢するべきだったのです」

 マリエンヌは慟哭どうこくした。

「マリエンヌ様!」

 ルイードは彼女の肩に手を置いた。


 ルイードは、きっと、二人だけなら彼女を抱きしめたかっただろう。だけどここは孤児院の中、子ども達も近くにいる。私もいる。


「さあ、休み時間は終わったよ。みんな次の仕事に戻ろうね!」

 私は、子ども達を連れて二人から離れた。

 ロイスがマリエンヌの手を離したがらなかったが、無理やり引っ張って行った。


「 オーティス様は、お元気でいらっしゃるのですか」

 ルイードは、マリエンヌを落ち着かせるために話題を変えた。


「兄は‥‥‥兄もひどく悲しんでいます」

「 オーティス様は、貴女を心から愛しておられましたから」

「私は、私は本当に貴方と‥‥‥」

「マリエンヌ様‥‥‥」



 –慶太–


 今日もマリエンヌは“ロイスに会いに”来た。


 マリエンヌは夫とその父親が狩りに出て家を留守にするタイミングで、公爵夫人に実家に帰ると告げて屋敷を出るらしい。実家の母親の具合が悪いからというのを口実にしているので公爵夫人も大目に見ている。


 屋敷を出る時は公爵家の馬車に乗り実家まで行く。実家までは二十分くらいだ。三時間後に迎えに来るように伝えて、今度は実家の馬車で教会まで行く。教会までは三十分。しかも、教会から少し離れたところで馬車から降りるという。


 実家のブライスコート伯爵と夫人、つまりマリエンヌの両親には、気晴らしに街に出てくると言って出るらしい。両親は、娘がクリスタン卿に虐げられていることに胸を痛めているので、快く見送る。


 教会でルイードやロイスに会って話してから、今度は乗り合い馬車で実家まで帰る。その後迎えに来た公爵家の馬車でモートデルレーンの屋敷に帰る。


 何という用心深さだろう。

 そうまでしてでもルイードに逢いたいのだろう。


☆○


 俺は子ども達と孤児院の畑で野菜の収穫をしていた。冬の前の最後の収穫だ。


 この国には冬の季節が約三ヶ月ある。

 極寒になるらしい。しかも三か月のうち『雪の月』と呼ばれる一ヶ月は、大雪が降り、人々は殆ど身動きが取れなくなる。この冬を乗り切れば、また温暖な季節が九ヶ月続く。


「これ位あれば、この冬を乗り切れるかな」

 一番年長のネリーが収穫したグリーム(万能野菜)を数えながら言った。


 俺には初めての冬だったので、どの位あれば乗り切れるのかさっぱり分からなかったが、流石にここに何年も暮らしているネリーは、もうすっかり大人顔負けの知識を持っている。


 マリエンヌを見て、ロイスが飛んで行く。

「若奥さま、カルビンお爺さんはお元気ですか」


 ロイスは、前から心配していた奴隷仲間のお爺さんの事をマリエンヌに尋ねた。

「元気よ、あなたが無事に暮らしていることは伝えました。喜んでいましたよ」

 マリエンヌは、腰を落としてロイスに視線を合わせる。


「ああ、良かった」

 ロイスは俺にちらっと目をやり、

「ケイタ先生が、いつかみんなを助けてくれるんだよね」と言った。


「まぁ、そうなのですか」

 マリエンヌが目を輝かせる。

「チャンスがあれば、ですが。実は、先日公爵のお屋敷にお訪ねした時に、地下室を探索したんです」


 俺は少し躊躇ためらったが、思い切って告白した。

「ああ、それであの場所に?」

「はい、一応場所を確認しておこうと思いまして」


「あの、私に協力させてください」

 マリエンヌは俺にそんなことを切り出した。


「ケイタさん、その話は初耳です。執務室で聞かせてくださいますか」

 ルイードは眉間にしわを寄せている。そうだった。ルイードには話してなかった。




「マリエンヌ様、貴女は関与すべきではありません」

 ルイードの口調は強かった。


 執務室に移動して、奴隷解放計画の一部始終を説明した。一部始終と言っても地下室の隠し扉を確認しただけなんだけど。


「危険過ぎます。貴女が協力した事がクリスタン卿に知られたら、どんな目に合わされるか」

 ルイードは心からマリエンヌを思いっている。


「夫を、奴隷監禁の罪で捕える事はできないでしょうか」

「‥‥‥貴女はそれを望んでいるのですか」

「‥‥‥」


 マリエンヌはうつむいた。

「貴女も同罪になるかも知れないのですよ」

 ルイードが畳み掛けるように言った。


 確かに、マリエンヌは奴隷監禁の事実を知っている。日本の法律なら、犯人隠匿罪だ。


「私はどうなっても構いません。あの屋敷に監禁されている方々が不憫ふびんでならないのです」


「いけない。絶対に、それは駄目です」

 ルイードは珍しく動揺し、強く反対した。

「とにかく、貴女をそんな目には合わせられない」


「俺もそう思います。マリエンヌ様に被害が及ばない方法を何か考えます。もう少し辛抱してください」

 俺は何の考えもなしに、そんな実現出来そうもない事を約束してしまっていた。


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