第26話 ティッシュと領地

 –未知流−


 思い出した。

 オーティスは、ルイードとマリエンヌが孤児院で話していた時に出た名前だ。ルイードが、マリエンヌの家族の事を聞いた時に、

「オーティス様は、お元気でいらっしゃるのですか」

 確かにそう訊いてた。



「なぜ妹を、マリエンヌのことを知っているんだ」


 私たちは、祭りの際のモートデルレーン公爵夫妻との出会いから、彼らの傍若無人ぶりも含め、マリエンヌとルイードの間に起きた事件を詳しく語った。勿論、ルイードがその二日後に襲われた話も。


「そんな事が!」

 王妃は言葉を失い、国王の腕にすがった。


「マリーはルイードの教会に通っていたのか」

 兄が言った。マリエンヌは、マリーと呼ばれているようだ。

「あ、でも二人きりになることは一度もありませんでした」

 私はルイードをフォローした。

「ま、一応聖職者だからな」

 当然だというようにジョルテロアが言った。

「ルイード様は司教におなりになったのですね」

 国王も王妃も、幼馴染みのオーティスも全員、ルイードの事を知っていた。


「俺も当時マリエンヌを好きだったんだよ」

 国王は、チラッと王妃に目をやってそんなことを告白した。

 ジョルテロア第二王子がオーティスと出会っ時、マリエンヌは三歳。愛くるしかった幼児は十八歳の美しいレディに成長し、ジョルテロア 王子の心を惹きつけた。

 

「わたくしは、存じておりましたよ」

 ミーナが国王を見つめて言った。ミーナも負けないくらい美しい。

「ああ、でも俺には君という婚約者がいたからね」

 王家だもの、生まれた時から婚約者がいてもおかしくない。


「仕方なく諦めたのですか」

 上目遣いでちょっと問い詰める口調。

「そうじゃない、君の魅力の方が彼女を超えたんだ」

 国王はミーナの手をとって手の甲にキスをした。

 何を見せつけられてんだ、私たち。


「ルイードと結婚するとばかり思っていたのだが、あのちんちくりんの野郎が‥‥‥」

 (国王、口をお慎みください)


「僕の両親が悪いんだ。公爵家だからって」

「でも、それを今は後悔しているんだろ?それでお前の母上様はお身体を崩された」

「今更後悔したって!最初から僕は反対だったんだ」


「それで、今、マリエンヌ様は?」

 王妃が一番気になっている事を訊いてくれた。

「モートデルレーンの屋敷に行っても、留守だとか、来客中だとか、いろいろ理由をつけて会わせようとしないんだ。手紙を書いても返事も来ないし」


「監禁または幽閉されている恐れがあります」

 慶太が淡々と言った。

「嫉妬に狂ったあの男ならやりかねないな」

 国王は、クリスタン卿を嫌っているようだ。


「で、ルイードを襲った犯人は、まだ分からないんだな?」

「はい。身長百六十五センチくらいの男ってことが分かってて、あと足跡と指紋は取ってます」

「しもん?」

「はい、指紋」

「何だそれは」

「えっ?指の、紋様です」


「もしかして、この世界ではまだ指紋の知識が無いのですね」

 慶太が言った。



 私は一つの実験を思いついた。

「紙とインクと要らない布をご用意出来ますか」


「お安いご用だ」

 国王陛下は、書き物机からインクと紙を出した。

「要らない布‥‥‥ハンカチでいいかな」

 刺繍のついた高級そうなハンカチを持ってきたので、丁重にお断りして、慶太のカバンに入っていたティッシュを使うことにした。


 ティッシュにインクを含ませて(下の高級そうなテーブルにインクが付かないように、ティッシュのビニル袋を敷いた)、まず私の人差し指にインクを付けて、指紋を紙に写した。スマホの指紋認証の設定をするときのように指をゆっくりと左右に動かしながら。


 ティッシュの残りで指の汚れを拭き取り、次に慶太が同じことをして、次に国王、オーティス、最後にミーナと、一枚の紙に五つの人差し指の指紋が並んだ。

「よく見てください。五つとも模様が違います」

「本当だ!」

 国王の指紋以外はてい状紋、国王だけが渦状紋だった。


「人間の指紋は一人ひとり全部違うのです」

「それならその指紋が残っていれば、犯人を断定出来るんだな」



 –慶太−


 俺は最初にオーティスを見た時、何処かで会ったかなと思っていた。見覚えのあったのは瞳だった。瞳の色が妹のマリエンヌと同じなのだ。言われてみれば、顔立ちもそっくりだ。美男美女の兄妹という事だ。


 彼女の兄だと分かった時、俺はこれまで行き詰まったいろいろな事案に、解決の糸口が見つかる気がした。


「あの、陛下、実はもう一つ、国王陛下にお願いしたい事があるのです」

 俺は、ここに来た一番の目的を切り出した。


「モートデルレーン公爵は、奴隷を監禁しています」

「何だって⁉︎」

「しかも、監禁されているのは魔法使いです」

「魔法使い!」


 俺は、ロイスとまだ監禁されている三人の事を詳しく話した。

「ええっ、あの家に?それはマリーも知っていたのか」


 オーティスは、何も知らなかったようだ。

「はい、でも実家にも話さないよう口止めされていたのではないでしょうか」

 推測だけど当たらずとも遠からずだろう。


「陛下、奴隷制度と人身売買は前国王の時代に禁止されたと聞きました。モートデルレーン公爵を罪に問うことはできないのですか」

「難しい問題だな」

「何故ですか、法律に違反しているのですよね」

「相手が公爵だと、話は別だ」

 国王は、目を逸らした。

 俺はまた、理不尽な現実に打ち砕かれそうだった。


「そもそも、その法律を作る時も、貴族から猛反対されたんだ」

「貴族から?」

「奴隷を使っている貴族がそれだけ沢山いたという事だ」

 まだ議会など無い時代、国王の決めることに反対出来るのは貴族だけだ。


「だけど、国王は、その法律を通したんですね、それは何故ですか」

「俺の父は、ずっと奴隷制度に反対していた。同じ人間なのに、何故そんな扱いをされないといけないのか。人身売買も同じだ。人の命をモノと同じように扱うことに嫌悪感を持っていた。自分が即位したらすぐに作りたい法律だったんだ」

「反対派はでも、まだいるのでしょうね」

「それは、多分いるだろうな」


「待てよ。その奴隷たちはどこから連れて来られたんだ」

「それは知りません」

「自分の領地から連れてきたのなら、それはその領地の支配者の勝手だ。だが、他の土地から連れてきたのなら、それは法にたがうことになる」


 公爵や伯爵など位の高い貴族は、それぞれ自分の領地を持っている。身分が高いほど広い領地を持っている。領民からの税金(年貢)で貴族の生活は成り立っているから、領民が多いほど貴族は潤う。江戸時代の大名制度と似たようなものなのか。


 この王都キヨルスに居を構えている貴族も、必要があれば自分の領地に時々赴おもむき、領民を支配している。モートデルレーン家はこの王都の西側一帯に広大な領地を有していると国王は言った。


「では、その奴隷たちの出身地を調べて、公爵家の領地以外の出なら、彼らを救出出来るのですね」

「ああ、その通りだ。だが、彼らは魔法使いなんだろう。それはまた面倒な話だ」


「国王陛下、そもそも、何故この国では、魔法使いが忌み嫌われているのですか」

「それは‥‥‥俺には分からない。父から教わるべき事を俺は全く知らないままなのだ」

 国王はやはり、今まで俺が尋ねた人たちと同じ事を言った。


「俺が知っている事は、見つかった魔法使いは捕えられてここの牢獄に繋がれているということだけだ」

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