第12話 貴族と罪
–未知流–
「人身売買と奴隷制度が違法なら、警察に訴えればいいじゃん。その貴族と、子どもを買った人と、ついでにロイスを売った親も捕まえてもらおう。そしたらまだ監禁されている人たちも解放されるでしょ」
慶太からロイスの話を聞いて、私はそう息巻いた。
談話室は今夜は慶太と私の二人だけだった。
「簡単に言うなぁ。貴族制度がまだある国だぜ。利権とか
慶太は
そうだった。異世界物語に出てくる貴族にも
簡単に人が殺される、貴族同士でも、家族の中でさえ。でもそれは物語の中の話だ。
ここは異世界だが、現実だ。現実のはずだ。
「警察ドラマでよくあるやつ?金と権力を持つ者が警察や検察の上層部と繋がりを持っていて、犯罪を揉み消したりする」
「ま、お前は漫画や小説の読みすぎだけどな。ドラマや小説の話がどこまで真実に近いのかは分からん」
「貴族にも位があって、確か公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵という順番だったはず」
異世界ものの話にはこの爵位の身分違いが物語のキーになることがよくあるので覚えていた。
「身分が高い貴族は絶大な権力を持ってるんだよ」
貴族はそれぞれ、自分の領地を持っていてそこに住む領民を
この国の貴族にそのような爵位があるのかは知らないが、多分均一ではないだろう。どんな社会でも身分の上下はあるはずだ。社会はそれでバランスをとっている。昔のインドのカースト制度がいい例だ。
身分が高いほど、利権やコネを持っているはずだ。ロイスが監禁されていた貴族が高い身分の貴族だったら厄介だ。
「あれ?警察っているの?」
「日本の警察みたいな組織は無いのかなぁ。広場に騎馬兵が立ってるだろ。あれが犯罪を取り締まると聞いたぞ」
「騎士団か!異世界あるあるだ」
「そのあるあるは知らんけど」
「第一騎士団は市民を守り、第二騎士団は王宮勤めで国王とその一族を守り、第三騎士団は魔獣を退治するエリート集団なんだよ!」
私は大好きな異世界BL小説の設定を話した。
「でね、超イケメンの第三騎士団長とそこに間違って召喚された日本人の社畜がね、恋人同士になるんだよー」
私は調子に乗ってそのBLのストーリーを語ってしまった。
「
慶太が声を荒らげた。
私は、はっと我に返った。巫山戯てるつもりはなかったが、不謹慎な言動だった。
「ごめん。悪かった」
素直に謝ったけど、重い空気になった。
「いや、俺こそ悪かった、言い過ぎた」
慶太は気まずそうに目をそらした。
「いや、私が悪い。ロイスのことは深刻な話だもん」
「なんか俺、自分が無力なのが悔しくてイラついてた」
慶太は本当に落ち込んでいる様子だった。
「でも、王様が代わってから、ちゃんと法律で禁止されているんでしょ?」
私は話を戻した。
「そうなんだけど、理想と現実の違いっていうか治外法権っていうか、法律の力が及ばないところがあるってことだ」
「警察に言ってもダメってこと?家宅捜索して現場を押さえればいいじゃん」
「その前に警察の上部から、貴族に情報が行くだろ」
「そっか、それで地下室から別の場所に移すのか」
よくあるパターンだ。
だけど、そんなこと本当にあるのかな。
「そもそも、警察って組織があるのかどうか」
「江戸時代だって似たような組織があったんじゃん」
私は日本史の知識を思い出して言った。奉行所って警察みたいなものだったはずだ。
「ここはもっと昔なんじゃないか?」
「そっか、中世だったら江戸時代よりずっと前か。じゃ、
「ああ、それも警察みたいなもんだったな。でもなぁ、日本と比べてもなぁ‥‥‥」
そりゃそうだ。何の意味もない。
「しかも、監禁されているのはこの国で人権を認められていない魔法使いだ」
「そうだった!」
以前ジュールに聞いた事を思い出した。
「犯罪者を監禁してたって事になるのね、それなら犯人
「そんな法律があるならな。俺は逆に監禁の大義名分を主張されそうな気がするけど」
「悪者を懲罰として閉じ込めていたんだ、とか?」
「うん」
「実は、長老に訊いたんだ」
慶太はやるせない顔をしてそう呟いた。
–慶太−
ロイスの話を聞いたあと、俺は何か出来ることがないのか真剣に考えた。
人間を奴隷として監禁すること自体は完全に違法だ。ならば犯罪者として捕えられないのか。
教会に戻ると長老に出会った。高齢のため居室にいることが多いのだが、たまにこうして教会内を
「ウェイドンさん、一つ質問していいですか」
俺は思い切って尋ねてみた。この国の事情に詳しいだろう年長者の意見を聞きたかった。
「監禁罪で貴族を捕えることはできますか」
「‥‥‥それはロイスという子どもの件か」
長老は、俺をじっと見つめたあとゆっくりと口を開いた。ロイスが奴隷として監禁されていた件は教会の職員全員に伝えている。
「そうです」
「難しい問いじゃ。答えるなら、相手によるとしかわしには言えない。貴殿の国ではできるのか」
「日本では、監禁罪でも虐待でも人身売買でも、証拠があればどんな地位の者もそれなりの罰が与えられます」
「そうか。ではこの国は遅れていると考えるか」
「そうではありません。私の暮らしていた世界でも、主権者の意のままに人民が虐げられている国があります」
「この国では今も強い権力を持つ貴族が、金にものを言わせて好き勝手にやっておる。法律なんぞ関係なくな。それを
「国王!」
「そう、国王。アーマ神の御心には沿わぬことじゃが」
長老は静かに目を閉じ、左胸に手を置いて祈りの言葉を唱えた。
俺は長老から聞いた話をかいつまんで未知流に伝えた。
「なるほどね。国王の命令なら、逮捕できるのね。逆に言えば、それ以外は無理だってことか」
その通りだった。
江戸時代の将軍は、大名よりも権力がある。国王が将軍だとしたら、領土を持つ貴族は大名みたいなものか。大名は自分の領土では好き勝手できる。貴族もそうだ。貴族は自分の領土・領民を意のままにできる。その貴族よりも強い力を持つのは国王だけ。
どういうルートで国王に訴えるのか。そもそも一般庶民が国王に進言することなど出来るのか。そもそも俺たちは、この国の人間でもない。異世界から来たいわばエイリアンである。
国王を味方につける?
それしかないのか?
しかも監禁されているのは、国民に忌避されている魔法使いだ。仮に彼らが助け出されたとしても、次は牢獄行きになる可能性が大きい。
行き詰まった。
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