第32話 再婚と傷痕
–未知流–
慶太と二人で何時間もかけて歴史書を読んでみたが、魔法使いに関する記述は全く出て来なかった。
「どの本も神が降臨してこの国が造られたって書いてるよね」
「ああ、神話だな。日本だってそうだ」
「“神は人民に悪を為し人心を乱す悪鬼を駆逐し‥‥‥”だって」
「よくある神話だ。古事記にも化け物やら悪い神様が出てくるだろ」
「そうだよね。それにしてもどれもこれも何でこんなに分厚くて重いの!」
「仕方ないさ、四千年もの長い歴史があるんだから」
「そういえば、四千年って慶太は前から知ってた?」
「ルイードが言ってたじゃん」
「え〜、いつよ?」
「第三話を読め」
「?」
とりあえず、先ずは目次と見出しだけで魔法という字を検索し、なければ見当をつけてそれらしい記述がないか探した。
「見つからないね」
「ああ、そうだな。何か見当違いのことしてるんかな俺たち」
「うーん、歴史を探るのは間違いではないと思うけど」
「だよなぁ」
「はぁ〜」
二人して同時に溜め息をついた。
三回目に図書館に来た時、警備の騎士からの伝言で帰りに王の私室に寄るよう言われた。
適当なところで切り上げて、騎士とともに部屋を訪れると、オーティスもいた。
「何か手掛かりは見つかったかい?」
オーティスは今日も麗しくて尊い。
「いいえ、まだ何も」
「そっか」
「俺もあれからちょっとずつだが、古文書を
「えっ、そうなんですね!」
「ああ、忙しいのでちょっとしか時間が取れないが」
「すみません。お手を
「いや、俺の国の事だ。俺が知らねばならぬ。当然のことだ」
国王自ら、調べてくれてる。当然と言うが、一国の王様だ。公務に追われているだろうに。
「マリエンヌが正式に離婚したんだ」
ずっと気になっていたことをオーティスが教えてくれた。
「君たちには伝えておこうと思って、ここに寄るように頼んだんだ」
「すんなり行きましたか」
あの男のことだ、酷く抵抗したんじゃないかと感じた。
「すんなりも何も、投獄されている身だ。有無を言わせず別れさせたさ」
国王陛下が
「慰謝料たんまりとぶんどりましたか」
「いしゃりょう?」
(ははは、またこの反応だ)
「離婚の際、その原因を作ったほうが払うお金です」
慰謝料の辞書的な意味ではないだろうけど、分かり易く説明した。
「ああ、それならこちらの条件通りに支払い契約を結ばせた。あの屋敷も没収して彼女名義にしたからな。住んでもいいし、売ればかなりの金になるさ」
「マリーはあんな家に住むつもりはないだろう。嫌な思い出しかない。あの男はこの後どうなるんだい」
オーティスは、唇を噛んだ。また、妹の身に起きた悲惨な出来事を思い出したのだろう。
「死刑になるほどの罪ではないから、いずれ釈放されるが、王都追放と爵位
貴族制度はよく分からない。父を継いでも公爵として生きることは出来ないという意味なのか?
「ルイード司教にも、この事を報告しに行こうと思うのですが、あの‥‥‥」
オーティスは、ちょっと言い
「マリーは、ルイード司教と一緒になりたいんじゃないかと思うんだ」
うん、それは、私もそう思う。
「司教はどうだと思いますか」
オーティスはそれが訊きたかったのか。
「司教も同じだと思います」
私はそう思ったからそう言った。
「俺が司教だったら
慶太は違った。
「何故だ?マリーが出戻りで子持ちだからか?」
「そんなことでは躊躇わないですよ」
「じゃあ何で?二人は愛し合ってるじゃん、誰が見てもそう思うよ」
「愛してるからこそだよ、未知流」
「どゆこと?」
「司教はサラリーマンだぞ。司教だと言ってもしがない地区教会の。マリエンヌを養えるか?貴族の娘さんだぞ。使用人も要るだろ。屋敷も要る。今の司教の報酬では無理だろう」
そっか。リーマンで庶民の慶太は、現実的なことを考えている。正直司教の報酬の額は知らないし慶太も知らないだろうけど、普段の生活を見てるとものすごい額を貰っているとは思えない。教会の財政自体も
「司教は伯爵家の出だということじゃないですか。貴族の暮らしが庶民のものと全く違うって事も知っている」
「しかし、マリエンヌは‥‥‥」
オーティスが、何か言いかけた。
「マリエンヌ様が、炊事や洗濯をしてるところを想像出来ますか」
「‥‥‥出来ないな」
「ルイード司教は、家からの援助を貰えないのかなぁ」
私はまた思ったことを口にしていた。
「それは分からないが、俺なら、プライドが許さない」
慶太はそう言って、
–慶太−
図書館では何も情報を得られなかった。あとは王家に伝わる門外不出の古文書を、国王自ら調査してくれているらしいのでそれに賭けるか。
マリエンヌとルイードが結ばれて欲しいとは俺も思う。
ただこの時代、貴族が庶民の生活を出来るとは思えない。
これは長老から聞いた話が、二人が恋をしていた十二年前、そのまま結ばれたのならルイードは伯爵の親からの援助を受け、マリエンヌを妻として迎えられるくらいの住まいと暮らしを保証されていたのだろう。貴族の子どもとはそういうものらしい。
しかし、その恋は実ることなく二人は引き離され、傷心のルイードは、伯爵家と縁を切って生涯を神に捧げる道を選んだ。今更、親に頼ることは、俺ならばしない。
「これはあくまでも、俺の意見です。ルイード司教がどう考えているかは、分かりません」
そういうと、国王もオーティスも、深く頷いた。未知流はまだ納得がいかないようだった。
次に王宮を訪れた時には、国王が調べていると言っていた文献に何か発見は無いかどうか聞きたかったので、警護の騎士に頼んで私室を訪れた。
「何かあったのですか」
国王陛下は、王妃とともに私室にいた。二人とも何故か沈んだ表情をしていたので訊いてみた。
「ああ、娘が怪我をしてね」
娘といえば王女だ。上に二人の王子がいると言っていた。
「えっ、酷い怪我なんですか」
「庭で遊んでて、転んで顔に怪我をしたんだ。いや、もう手当も済んで、元気なんだが」
「顔に‥‥‥
王妃は泣きそうな顔をしていた。
「女の子だからな。顔に傷痕があっては‥‥‥」
「可哀想なのは、息子たちなのです。追いかけっこしていて、三歳の妹が転ぶのを助けられなかったって、自分たちのせいだと思っているようなのです」
「護衛の者たちも責任を感じていて」
扉の外にアリアムが立っていた。彼もその一人なのかも知れない。
「子どもの事だ。走り回って転ぶのは普通の事だ。俺だってオーティスと木登りをしていて、何度も落ちて脚なんか傷だらけだ」
「男の子ならまだしも、女の子だし、顔なので‥‥‥」
「国中の腕のいい医者に相談したのだが、傷痕が残るのは避けられないだろうと」
王は溜め息を漏らした。
「娘にも息子たちにも、痕が残ることを言い出せなくて」
王妃はついに涙声になった。
慰めの言葉も出なかった。
現代の技術があれば、切り傷の痕なんか形成手術で簡単に綺麗に治せるだろう。しかし、この世界では‥‥‥。
でも、俺は頭の中に何か引っかかるものがあった。傷痕を治す。傷を治す。何だろう。
「あっ、治癒魔法!」
「ちゆまほう?」
「はい、傷を治せる魔法使いが牢獄にいます」
ロイスから聞いたことがある。
「僕の回復魔法は、モノにしか使えないけど、おじいさんの治癒魔法は、人間とか動物に使えるんだよ」
ロイスを可愛がっていた奴隷仲間のおじいさんの話だ。
公爵たちは、治癒魔法を怪我をした馬や猟犬や家族に対して使わせていた。傷は綺麗に消えたという。
「だけど、そんな魔法が使えるなら、お前たちの傷も治せたんじゃないか」
ロイスはここに来た時、傷だらけだった。虐待の跡だ。
「自分たちに使うことは禁止されていたんだ。魔法を使うと疲れちゃうから」
魔法は体力を消耗させるようだ。
国王と王妃にこの話をした。
「そんなことが出来るのですか」
「魔法で治すなんて考えたこともなかったからな。よく教えてくれた」
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