第45話 まだ、9000ぐらいしかおりません

 マヤ達は5人で、洞窟のさらに奥を目指す。


 1人増えているのは、レイチェルだ。


 毒竜ラスティネルを相手に、気配を消して隠れていても仕方ない。


 竜は極めて敏感な、魔力感知能力を持っているのだ。


 いかにレイチェルでも、隠れ切れるか怪しい。


 ならば最初から姿を現して、マヤの近くでしっかりガードしようという考えである。




 ゲオルグと麗花リーファは、異空間に帰ってもらった。


 あの2人を出しておくと、喧嘩を始めるのでやかましい。




 いっこうはハイペースでドンドン進み、短時間で瘴気の洞窟最深部へと到着した。




 そこにあったのは、光の面で構成された大きなピラミッド。


 カインの母フィリアが、自分の命と引き換えにラスティネルを封じた結界だった。




「母上……」


 結界の青い光を見て、カインは思い出してしまった。


 同色だった、母の瞳を。


 今その瞳は、カインへと受け継がれている。




 思い出に浸る充分な時間を置いてから、マヤはカインを現実へと引き戻した。


「それで……。どうやって、封印されている毒竜ラスティネルを倒すのですか? 何らかの手段で、いったん結界を解くのですか?」


「ああ。母上の結界は強力だが、パスワードとなる魔法文字ルーンを刻むことで即時解除できる術式になっている。……皆、準備はいいか?」


 もちろん、全員で毒竜と戦う準備のことだ。


 しかしその時、クレイグが申し出てきた。




「お館様、お願いがあるのですが……」


「どうしたクレイグ? こんな時に……。言ってみてくれ」




 クレイグはいきなり洞窟の床にかたひざを突き、深くこうべを垂れた。




「毒竜ラスティネルと、いっちをさせていただきたい」




 討伐隊のメンバー全員が、沈黙する。


 結界を構成する光のピラミッドだけが、「どうするの?」と言いたげに輝いていた。




 長い長い沈黙ののち、カインは返答する。




「クレイグが自分の手で、毒竜をほうむりたい気持ちは分かる。お前は父上と母上に忠誠を誓っていたし、片目の視力も奪われているしな。だが、それでも……」


 当代辺境伯は、首を横に振った。


「そんな危険な真似は、許可できない。お前が勝てなかった場合、大切な味方を1人、むざむざ死なせてしまうことになる」


 両親のかたきだから、自身の手で討ちたい――という理由ではなかった。


 あくまで、討伐隊の指揮官として。


 より確実に領地の脅威を排除するために、いっちを却下したのだ。




 クレイグは無念そうに、拳を握りしめた。




 だが、そんな時だ。




「カイン様。ワタクシからも、お願いします」


 レイチェルが膝を折り、いっちのたんがんに参加したのだ。




「レイチェル殿……。どうして……」




 クレイグは驚いた。


 自分は彼女から、嫌われているとばかり思っていたのに。


 何より、レイチェル・オライムスが忠誠を誓っているのはマヤ・ザネシアンのみ。


 他の者に、膝を折ることはない。


 カインにも、最低限の敬意しか払っていなかった。


 死霊軍団筆頭戦士レイチェルが膝を折り、こうべを垂れて嘆願する。


 その重みを、クレイグもカインも理解していた。




「クレイグ様が未来に進むためには、必要なことなのです」


 レイチェルは、さらに深く頭を下げる。


 それでも、カインは渋った。


 【剣鬼】クレイグ・ソリィマッチの強さは知っているが、相手は毒竜ラスティネル。


 危険極まりない相手だ。


 戦士としての師であり、仕えてくれる大切な執事であり、家族同然であるクレイグを、死なせるわけにはいかない。




「もし危険な状態になれば、ワタクシがすけに入ります。ですので、どうか……」




 カインは視線を、マヤへと向けた。


 【死霊術士ネクロマンサー】は、無言でうなずく。


 ――ウチのレイチェルが助太刀に入ると言っているのだから、大丈夫。


 マヤの表情は、そう言っていた。




「……仕方ないな。その代わり、手出し無用とか言わないでくれよ。危なくなったら、助けに入る。皆で毒竜を、袋叩きだ。マヤにも、万を超える不死者アンデッド軍団を召喚してもらう」


「旦那様。私の配下もさすがに万はおりませんし、洞窟内にそんな大軍は入りません」


 マヤとカインが笑ったこと。


 いっちの許可が降りたことで、空気が和らいだ。




「お館様……。ありがとぞんじます」


「負けたら減給だぞ? ……俺の分まで、頼む。どうか、父上と母上の仇を……」


「……御意! 必ずや!」


 クレイグは片膝を突いたまま、カタナを眼前に掲げた。


 その姿勢のまま、勝利の誓いを立てる。




「それじゃ、封印を解くぞ」




 カインは結界の表面に、指を走らせた。


 青い光の面に、桜色の文字が刻まれてゆく。




「パスワードは、母上が好きだった言葉なんだ」




 魔法文字ルーンはこの世界共通言語である日本語とは異なるが、マヤにも読める。


 地下牢引き籠り時代に、死霊術研究を進めるために学習したのである。




 カインの指先がつむいだ言葉は、こうだ。




『季節が巡れば、花は何度でも咲き誇る』




 パスワードが完成した瞬間、ガラスが割れるように光のピラミッドが崩壊した。




 中には影が。


 ――意外と小さい。


 クレイグ以外の面々は、そういう印象を受けた。


 だがすぐに、勘違いだと気付く。




 ラスティネルは体を小さく丸め、眠っていたに過ぎないのだ。




 毒竜は、結界が消えたことに気付いた。


 ダークグリーンのうろこに覆われた巨体を、ゆっくり起こす。




 やはり大きい。


 圧倒的な威圧感だ。


 平然と相対していられたのは、マヤとレイチェルくらいのものである。






 竜のあぎとが、大きく開かれた。


 聞いているだけで、魂が凍り付くようなほうこう


 大気が激しく震える。

 



 毒竜ラスティネルは黄金色に輝く瞳で、討伐隊の面々を見下ろしていた。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る