第3話 配下の死霊、第1号誕生。「生前はメイド兼○○○でした。よろしくお願いします」

 マヤ・ニアポリートは、強烈な眠気に襲われた。


 赤ん坊だから、すぐ眠くなる――という理由だけではない。


 魔力放出は、かなりの疲労をともなう修行法なのだ。




 目を覚ますとさいわいにも、体内の魔力は全回復していた。


 これで再び修行ができると、マヤはニンマリ笑う。


 体内の魔力を探ってみると、格段に増大していることが分かった。


 幼い頃のほうが伸びやすいという話は、本当のようだ。


 0歳から魔力修行を始められる者など、普通はいない。


 1番魔力が伸びる時期を、マヤだけが修行についやせるのだ。


 どこまで強くなれるのか、楽しみでしょうがない。


 疲労など、全く気にならなかった。




 魔力循環。


 魔力放出。


 そして睡眠。


 このサイクルを、赤ん坊マヤは延々と繰り返す。




 ときどきが、乳を飲ませにきた。


 乳母は普通の人間ではない。


 牛の耳と尻尾、つのを持つ獣人の女性だった。


 牛らしく、乳房も大きい。


 出る母乳の量も、人間とは比べ物にならなかった。


 しかしマヤは、そんな牛獣人の母乳を凄まじい勢いで吸い上げてゆく。


 魔力修行すると、腹が減るのだ。




「うもぉ~! マヤお嬢様! そんなに強く、吸わないでください! 痛い! 痛いですもぉ~!」




 乳母に悲鳴を上げさせ、時には脱水症状寸前まで追い込んでしまうマヤ。


 やたらと乳を吸う割に、排泄の頻度と量は少ない。


 体内で魔力回路の成長に変換されてしまうためなのだが、マヤ本人すら原理は分かっていなかった。




 魔力修行を開始して、3日目。


 恐ろしいことにマヤの魔力量は、成人であるニアポリート夫妻をすでに上回っている。




 ここで面倒なことに、彼女は気付いてしまった。


 魔力量が、増え過ぎているのだ。


 体内で魔力を循環させる修行法はともかく、体外放出は不味い。


 放出できる量が増えてきたので、そろそろ魔力を感知される恐れがある。


 異常な魔力の成長速度を、ニアポリート夫妻や屋敷の使用人達に知られてしまう。


 【死霊術士ネクロマンサー】の【天職ジョブ】が発現してある程度の戦闘力を得るまでは、こっそり魔力を伸ばしたい。


 マヤはそう考えていた。




 彼女が取った対処法は、魔力を少しずつゆっくりと体外に放出するというもの。


 これならばまず、気付かれないだろう。


 その代わり、成長効率は悪い。


 全く伸びない、というわけではないのだが。




(やっぱり、いっに魔力を放出する修行をやりたいわね。最初の頃みたいに)




 いっに極限まで魔力を放出する修行法は、宮廷魔導士でも嫌がる過酷なものだ。


 しかしマヤは疲れよりも、魔力の成長が遅くなることのほうが耐えがたかった。




 不満に思いながらも、細々と魔力放出を続けていたある晩の出来事だ。




『なんてほうじゅんで、濃厚な闇属性の魔力……』




 誰もいないベビールームに、澄んだ女の声が響いた。


 ニアポリート夫妻はもちろん、使用人達さえも寝静まった時間であるにもかかわらずだ。




 壁をすり抜け、あやしい光が室内に進入してくる。




 人魂――死霊だ。


 マヤの魔力に、引き寄せられたのだ。




 マヤは興奮と緊張を、同時に覚える。


 【死霊術士ネクロマンサー】は、死霊を使役できる【天職ジョブ】。


 この人魂は、味方になってくれるかもしれないのだ。




 しかしマヤはまだ、【死霊術士ネクロマンサー】の【天職ジョブ】が発現していない。


 使役するどころか、り殺される危険もあった。




 死霊が、マヤの近くまで飛んでくる。




『すごい……。近くにいるだけで、力が増していく。これならやがて、実体を持てるかもしれない』




 死霊の輝きが増す。


 どうやらマヤの体から放出されている魔力を、吸収しているようだ。




 マヤは閃いた。


 この死霊に魔力を分け与えれば、体外放出したのと同じトレーニング効果を得られるのではないかと。


 ニアポリート夫妻や使用人達に、異常な魔力を気付かれることもないだろう。




『……さらに強い力が、流れ込んできた。意図的に、魔力を分け与えてくれたというの? この赤ん坊は、いったい……?』




 死霊はマヤの顔近くまできて、静止した。


 赤ん坊の表情を、観察するかのように。




 死霊に向かって、マヤはほほみかけた。


 赤ん坊であるため、まだ上手く喋れない。


 しかしコミュニケーションが取れる自我はあるのだということを、伝えたかったのだ。




『なぜでしょう? この赤ん坊には、不思議とかれてしまう……。まさかこの子、【死霊術士ネクロマンサー】なのでは? ……お願いがあります。貴女あなたが成長して動けるようになったら、死霊術でワタクシに肉体を与えてはいただけないでしょうか?』


 冷静な口調。

 だが死霊の声には、強い想いがにじみ出ていた。




『どうしても、肉体を得てやりたいことがあるのです』




 ――そんなのお安い御用だ。


 喋れない代わりに、マヤは手足を動かしてみせた。


 死霊にも、了承の意図は伝わったようだ。




『ワタクシの名はレイチェル。レイチェル・オライムス。今はまだ肉体を持たない身なれど、る限りあなた様の力となりましょう』




 レイチェル・オライムスの人魂は、こうべを垂れているようにも見えた。






『特技は諜報と暗殺。生前は、王家直属の工作員だったもので。メイドとして潜入する任務も多かったため、家事も得意です。……よろしくお願いします、お嬢様』





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