第17話 旦那様、差し入れです

 カイン・ザネシアン率いる辺境伯軍は、すでに大森林の中にはいなかった。




 遭遇した魔物達に押され、森林の外まで後退していたのだ。




『何としてもこの平原で、あの魔物達を食い止めろ! すぐ背後は、ウィンサウンドの都市防壁だぞ!』




 魔導具越しでくぐもった、カインの声が響き渡る。


 今日も彼は、全身鎧姿だった。


 手に持っているのは、大きな武器。


 長いを持つ、戦斧バトルアックスだ。




 辺境伯軍が対峙している相手は、狼型の魔物だった。


 しかし普通の狼型魔物とは、大きく見た目が異なる。


 まずたいは、獅子や虎のように巨大だ。


 がんに眼球が存在せず、小さな牙がびっしり生えた口となっていた。


 さらには胴体部分にまで、無数の口が開いている。


 普通の魔物とは、比べ物にならないまがまがしさだ。


 そんな連中が、50匹以上の群れとなって襲い掛かってきていた。


 屈強な辺境伯軍でも、すでに何人かの戦死者を出してしまっている。




「ぬうん!」




 執事にして【剣鬼】、クレイグ・ソリィマッチが剣を振るう。


 今日の彼は、執事服の上から胸当てを装備していた。


 クレイグの得物をマヤが見たら、「日本刀だ」と思うことだろう。


 だがこの乙女ゲーム世界に、日本国は存在しない。


 極東イーストエンド地方にある、小さな島国由来の剣――カタナだ。




 銀閃が走り、狼型魔物の1匹が真っ二つになった。


 しかし――




『馬鹿な……。真っ二つにされたのに、死なないとは……。しかも、再生が始まっている!』


「斬っても血が出ず、生命が感じられない……。お館様。こやつらは、不死者アンデッドですな」


 片眼鏡モノクルの位置を指で微調整しながら、クレイグは冷静に分析する。


 しかし不死者アンデッドだということが判明したところで、状況は好転しそうになかった。


 狼型不死者アンデッド達は、強すぎる。


 相手が務まるのはクレイグだけで、他の戦士達では太刀打ちできない。




不死者アンデッドどもめ! 父と母が命をかけて守ったこのウィンサウンドを、貴様らの好きにはさせぬ! ……クレイグ! 左翼の敵を、頼めるか?』


「しかしそれでは、お館様を守る者が……」


『構わん! 自分の身も守れぬ男に、領地が守れるものか! 今は俺の安全より、戦線を維持するほうが重要だ。民を守るぞ! ザネシアン辺境伯家は――』


「『王国の盾』……でしたな。御意! お館様、どうかご無事で!」




 クレイグは超人的な脚力を発揮し、疾風はやてのようにカインの視界から消えた。


 左翼から突破してくる敵を、単独で阻止しに向かったのだ。




『タダーノ! スナガル! 俺達はこの地点を、死守するぞ! 3人もいれば、何とかなる! 不死者アンデッドどもに、抜かれるな!』


「了解しました! ……ぐわっ!」




 いっしゅんの出来事だった。


 カインの前方に居た戦士2人が、血飛沫を上げて崩れ落ちる。




『タダーノ! スナガル! くそっ!』




 戦士達2人を切り裂いた黒い影は、カインへと襲いかかった。


 彼はバトルアックスを振り回して応戦するが、かすりもしない。




『ええい! 魔力によるパワーアシスト付き全身鎧フルプレートは、反応が遅れ……うわっ!』




 カイン・ザネシアン辺境伯は、大地へと押し倒されてしまった。

 

 鋭い爪の生えた前足を使い、全身鎧を押さえつけているのは狼型不死者アンデッドだ。


 この魔物の牙や爪は、辺境伯軍戦士達が身に着けていた鎧をやすやすと貫いていた。


 全身鎧に包まれているカインも、簡単に食い殺されてしまうだろう。




『俺は……ここまでか……。父上、母上、領地を守り通せず、申し訳ありません……』




 唾液でぬらぬらと光る牙が、カインののどもとに突き立てられようとした時だった。




 突然周囲が、薄暗くなる。


 太陽の光が、何かでさえぎられたようだ。




 次の瞬間、いきなり狼型不死者アンデッドが吹き飛んだ。




『……は?』




 状況が飲み込めないカインは、間の抜けた声を漏らした。




「妻の私より先に、夫を押し倒さないでくれますか? ……って、聞こえてないか。見えない距離まで、飛んで行っちゃったわね」




 聞き覚えのある女性の声に、カインは身を起こして背後を振り返る。




 するとそこには、太陽の光を遮るほどの巨大な存在がたたずんでいた。


 人型をしているが、身長は軽く見積もって20メートル近くあるだろう。


 巨人族、と呼ばれる者達のサイズだ。


 ただカインの目の前にいる存在は、普通の巨人族とは明らかに異なる。


 完全に白骨化している、骸骨兵スケルトンだ。


 がんには、青い炎が揺れていた。




 巨人骸骨兵スケルトンの肩には、女が乗っている。


 黒髪と漆黒のドレスが、風に揺らめいていた。




『マヤ・ニアポリート嬢! どうしてここに!? ……危ない!』




 狼型不死者アンデッドが2匹、マヤと巨人骸骨兵スケルトンの背後から現れた。


 2匹は大きく跳躍する。


 恐るべきジャンプ力だった。


 狙いは巨人骸骨兵スケルトンの肩に乗っている、無防備なマヤ。




しつけのなってないワンちゃん達ね。……やっておしまいなさい、スカルタイタン」




 スカルタイタンと呼ばれた巨人骸骨兵スケルトンは、無造作に腕を振るった。


 余波で暴風が吹き荒れる。


 凄まじい破砕音と共に、狼型不死者アンデッド達は殴り飛ばされた。


 彼らは数百メートルの距離を飛行して、大森林の中に落下。


 木々がなぎ倒されるのが、遠目に見えた。




 先ほどカインを襲っていた狼型不死者アンデッドも、こうやってスカルタイタンが殴り飛ばしたのだ。




「旦那様。援軍という名の、差し入れを持ってきました」






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