【マヤ・ザネシアンは最強過ぎて乙女ゲーの悪役令嬢が務まらない】～転生して赤ん坊の頃から魔力を鍛えた廃ゲーマーは無敵のアンデッド軍団を従え無双する。追放先で魔王ムーブするつもりが不死女神と崇められた件～

第１８話 その日俺達はヴァルキリーに背を向けて、ネクロマンサーの手を取った

『スカル……タイタン？　その巨大な骸骨兵（スケルトン）は、マヤ嬢……君（きみ）が動かしているのか……？　まさか……君は……』

　スカルタイタンの肩上にいるマヤを、呆然と見上げるカイン。

　マヤは少し、寂しかった。

　カインはまだ心を開いてくれないが、ザネシアン家の使用人達とは良い人間関係が築けてきている。

　しかしそれも、今日で終わりだろう。

　忌み嫌われる【天職（ジョブ）】の力を、振るってしまったのだから。

「レイチェル」

「はっ、ここに」

　瞬時に姿を現したレイチェル・オライムスに、カインは驚いたようだ。

　全身鎧が、ピクリと震える。

「貴女（あなた）はクレイグの援護に向かいなさい」

「クレイグ様の？　かしこまりました」

　言うが早いか、レイチェルの姿がかき消えた。

　ひと呼吸遅れて、遠くから魔物の断末魔が聞こえる。

　レイチェルはクレイグの元へ向かうついでに、進路上にいた狼型不死者（アンデッド）達をバラバラに切り刻んだのだ。

「レイチェルったら、いつもより張り切っているような……。私の気のせい？　……さて、どうしたものかしらね。スカルタイタン１人だけでも楽勝だけど、これだけ敵の数が多いと掃討するのに時間がかかってしまうわ」

　マヤは視線を、カインの背後へと向けた。

　先ほど狼型不死者（アンデッド）にやられてしまった、辺境伯軍の戦士２人が倒れている。

　すでに息がないのは、明らかだ。

　しかし――

「そう……。貴方（あなた）達はまだ、戦いたいのね。感じるわ。死してなお、辺境伯領を守りたいという強い意思を。……資質は充分ね」

　マヤはスカルタイタンを屈（かが）ませると、ヒラリと大地に降り立った。

　すると彼女の周りに、光の球が尾を引いて飛び回り始める。

　人魂――死霊だ。

　【死霊術士（ネクロマンサー）】でもない限り、普通は目視できない存在。

　しかしカインの目には、ハッキリと人魂が見えていた。

　マヤの体から溢（あふ）れ出る闇属性魔力に反応して、死霊達が可視化されているのだ。

　人魂の数は、どんどん増えてきた。

　その中心でマヤはゆったりとしたステップを踏み、踊る。

　彼女の動きに合わせ、死霊の光が渦を巻いた。

『綺麗だ……』

　呆（ほう）けたようなカインの声が、マヤの耳に届く。

　マヤは少々、腹が立った。

　セクシーなベビードール姿を見せてやった妻には『綺麗だ』と言わず、人魂に対しては言うのかと。

「辺境の戦士達よ。貴方達が望むのなら、私が力を貸してあげる。【死霊術士（ネクロマンサー）】たる、この私が。……一（いっ）緒（しょ）にいきましょう。死の向こう側まで」

　マヤはふわりとターンを決めた。

　それに呼応して、人魂達が散らばる。

　散った人魂のうち２つは、すぐ近くで倒れていた戦士２人の遺体へと吸い込まれていった。

　残りは戦場の各地へと、飛んで行く。

　この戦いで狼型不死者（アンデッド）達に殺された、戦士達の元へと向かったのだ。

　変化はすぐに起こった。

　息絶えていたはずの戦士２人が、静かに起き上がる。

『タダーノ！　スナガル！　生きていてくれたか！』

「……いいえ、お館様。我々はもう、死んでいます」

　タダーノと呼ばれた戦士の肌は青白く、生気が感じられなかった。

　瞳孔の色も、血のように紅（あか）く変色している。

　すでに彼らは、人ではない。

「奥方様、感謝いたします。これで我々は、戦い続けられる」

　タダーノとスナガルは、走り出した。

　新たに出現した、狼型不死者（アンデッド）の眼前へと。

　タダーノが剣を振るうと、狼の首が簡単に飛ぶ。

　さらにスナガルが、棍棒（メイス）で狼型不死者（アンデッド）の胴体部分を叩き潰した。

　生前とは、比べ物にならない膂（りょ）力（りょく）だ。

　これでは、狼型不死者（アンデッド）の高い再生能力でも追いつかない。

　カインが周囲を見渡せば、遠くでも狼型不死者（アンデッド）がやられていた。

　ゾンビ戦士は、タダーノとスナガルだけではないのだ。

　さらにスカルタイタンが、狼型不死者（アンデッド）達を虫けらのように踏み潰していく。

「死霊の戦士達よ、敵を蹂（じゅう）躙（りん）しなさい。辺境伯領に仇（あだ）なす存在を、許すな」

　マヤが指示を下すまでもなく、ゾンビ戦士達は狼型不死者（アンデッド）の群れを圧倒していった。

　【死霊術士（ネクロマンサー）】たる彼女は、配下の不死者（アンデッド）達を操り人形（マリオネット）のように操ることもできる。

　だがほとんどの場合、死霊達の判断と意思を優先させていた。

　今回もマヤは、ゾンビ戦士達の思うがままに戦わせている。

　戦いの素人である自分より、戦士として生き抜いた彼らの経験を重視しているのだ。

　マヤの判断は、功を奏した。

　あっという間に、狼型不死者（アンデッド）達の群れは全滅した。

　遠くからレイチェルとクレイグ、生き残った辺境伯軍の戦士達が駆け寄ってくる。

　皆が合流し、勝利を分かち合おうとしたその時だった。

「お嬢様！　上空を！」

　レイチェルに警告されるまでもなく、マヤも空を見上げた。

　狼型とは別に、新たな不死者（アンデッド）達の気配を感じ取ったのだ。

『な……何だアレは……？　虫……？』

　魔導具越しの声でも、カインは明らかに動揺しているがわかる。

　空を覆い尽くすように飛来する、虫の大群。

　一（いっ）匹（ぴき）一（いっ）匹（ぴき）の大きさは、中型犬ぐらい。

　しかしとにかく、数が多い。

　羽音がうるさくて、会話がしづらいほどだ。

「スカラベ……のようですな。狂暴な虫型の魔物です。人肉を好みます。通常は迷宮（ダンジョン）の深い階層に生息し、人里に現れたケースはないのですが……」

　冷静ではあるが、クレイグ・ソリィマッチの声は緊張をはらんでいた。

　彼やレイチェルは、近接格闘戦を得意とするタイプ。

　空を飛ぶ魔物には、有効な攻撃手段がないのだ。

　それはスカルタイタンや、ゾンビ戦士達でも同じこと。

「普通のスカラベじゃないわね。不死者（アンデッド）化している。……面倒だわ」

　ただでさえ虫の魔物というものは、倒しにくいものだ。

　手や足、頭を潰しても、まだ動き続けることが多い。

　不死者（アンデッド）化したら、しぶとさに拍車がかかっているはずである。

『このままでは、ウィンサウンドの住民達を守り切れない……。何か……何か方法はないのか？』