第19話 クアッドスペル

 空を覆い尽くすスカラベゾンビの群れを見て、カイン・ザネシアン辺境伯が心配していたのは領民達のことだった。


 自分も命の危機的状況だというのに、である。




 マヤはそのことに、好感を覚えた。


 「好戦的で乱暴者な、化け物辺境伯」といううわさは、やはり間違いなのだ。


 辺境伯軍は魔物と戦う機会が多く、カインも自ら前線におもむくことが多い。


 戦争抑止の面から、国境沿いの諸国に軍事的圧力をかけるよう王命を受けることもある。


 「好戦的」、「乱暴者」という評判は、そこからきているのだろう。


 少なくともマヤの目には、民のことを想う良い領主に映る。




「旦那様、ご心配には及びません。全て焼き払ってしまえばよいのです。……ゼロサレッキ」


『お任せください、お嬢様』




 マヤの呼び声に応じ、ごうしゃなローブをまとったがいこつが異空間から出てくる。




「マヤ嬢が【死霊術士ネクロマンサー】というだけでも驚きですが、まさか死霊の魔導士リッチまで従えているとは……。しかしそのリッチが宮廷魔導士級の大魔法を使えたとしても、あれだけの大群を焼き尽くすのは不可能でしょうな」


 【剣鬼】クレイグ・ソリィマッチは、リッチの恐るべき戦闘力も熟知しているようだ。


 しかしそれでも、スカラベゾンビの群れを掃討するのは無理だと判断する。




『ふっ、私も甘く見られたものだ。平和な時代の軟弱な宮廷魔導士どもと、いっしょにしないでもらおうか?』


 念話の魔法で、ゼロサレッキはクレイグに反論した。


 白骨化しているので、発声する器官を失っているのだ。




『それに私1人でやると、誰が言った?』


「なっ!?」




 ここまでは冷静だったクレイグだが、さすがの彼も驚いた。




 マヤが指を打ち鳴らすと、さらに3体のリッチが出現したのだから。




「リリスコ、ナーガノート、トノルミズル。ゼロサレッキと協力して、あのうるさい虫どもを焼き尽くしなさい」


『了解だぜ、お嬢様。派手にブチかましていいんだな?』


『我々リッチ4人掛かりの大魔法を受けるとは……。あの虫どもには、同情しますね』


『お嬢様、魔力ちょうだい。どうせなら、火力を最大までブーストして撃つよ』




 マヤは無言で、4体のリッチへ向け手をかざした。


 濃厚な闇属性魔力が渦を巻き、かつての大魔導士達に吸い込まれていく。




『うほっ! キタキタ! お嬢様の魔力は、たまんねーな』


『ああ……。ゾクゾクしてしまいます』


『コレが欲しくて、お嬢様の配下やってるんだよね』




 マヤの魔力を受け取ったリッチ達に、変化が現れた。


 白骨だった彼らは、みるみると肉体を再生させてゆく。


 皆、凄まじい美形の男達だった。


 そんな彼らは、マヤからの魔力を受け取ってこうこつとした表情を浮かべている。


 4人とも、けしからんあで姿すがたである。


 中でもリリスコは胸元をはだけさせ、鍛え上げられた胸筋をさらしていた。


 女性が見たら、興奮のあまり倒れてしまいそうだ。




「ほらほら。アヘってばかりいないで、仕事をしなさい。魔力はドンドン注いであげるから」


「「「「おおせのままに!」」」」


 肉体を再生させたリッチ達は、肉声で答えた。


 そのまま彼らは、広域殲滅魔法の呪文詠唱を始める。


 詠唱中も莫大な魔力が、リッチ達へと流れ込み続けていた。




「何という魔力。軽く宮廷魔導士20人分はある。マヤ嬢が、注いでおられるのか? いけませぬ! そんなに魔力を大量消費したら、干からびて死んでしまいますぞ!?」


「なに言ってるのよ、クレイグ。この程度の魔力だったら、三日三晩注ぎ続けても死にはしないわよ」




 平然と言い放つマヤに、クレイグの片眼鏡モノクルがずり落ちた。




 カインは無言で、マヤのいっきょしゅいっとうそくを見つめている。


 全身鎧姿なので、どんな表情を浮かべているのかは分からない。




 マヤが上空へと視線を戻したところで、リッチ達の魔法が完成した。




 【死霊術士ネクロマンサー】は合図として、魔法名を声に出す。




「【クラスターフレア】」




 閃光がまたたいた。




 続いて無数の爆発が巻き起こり、空が炎で覆い尽くされる。




 数拍の間を置いて、地上に爆風が到達した。


 【クラスターフレア】はかなりの高空で炸裂したにもかかわらず、まるで台風のような余波だ。


 熱風を受けて、地上にいる者達の肌がチリつく。


 マヤの黒髪と黒のドレスは、爆炎に照らされてあかね色に染まっていた。


 スカラベゾンビ達は、全滅だ。


 マヤが不死者アンデッドの気配を探ってみても、自軍のものしか感じられない。




「綺麗な花火ね」




 ドレスと髪を爆風ではためかせながら、マヤは感想を漏らした。






『そうだな……。本当に、綺麗だな……』




 カイン・ザネシアン辺境伯は、空を見上げてはいない。


 かぶとで覆われた顔は、マヤへと向いていた。






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